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転生番長と、可憐なる姫(おんな)騎士  作者: 庭野 ワニ(23)
曲がる事だって大事だろ!?ああ、子供って難しい……
12/26

うしろゆびさし組




 ――しかし、異変はすぐに起きた。


「最近……オイラの勉強道具が、突然なくなっていたりするんだ……」


 俺は、それからまたしばらくして、ゴンゾウに相談されていた。

 なんだかんだ言って、アリエスはこのゴンゾウに少なからず苦手意識もあるらしく、彼と話す時は俺に肉体を貸して、扱いを任せている事がある。今日は、俺が相談に乗っていた。


「……それは、自分でなくしたわけじゃねえんだな?」


「ああ。その筈だよ。……ほかにも、鎖鎌が隠されたと思ったら、鎖のところにこまごまと大量の紐が結ばれて返ってきたり、オイラの読んでいた書物が何故か各ページごとに交互に折り目をつけられていたり、服がほんの一部だけ濡らされていたり……凄く不気味な事がよく起きてるんだ……」


「うーん……そいつは、厄介だな。ほぼ、間違いなく、誰かの悪意ある行いと受け止めて良いと思うぜ……」


 俺は、話を聞いて、そう睨んだ。

 すると、俺の中のアリエスが言う。


(そうですか? なんだか、それにしては、あまり実害はなさそうですが……)


(――いや、これは、きっと陰湿な悪意だと思うぜ。犯人は、それが“悪意”や“敵意”だとわからないラインで、ちょっかいを出している。得体の知れない“誰か”が、ゴンゾウに対して“何か”をし続けている事を、暗に知らせ続けているんだ……)


 俺は、それから自分の推理を話した。

 少なくとも、ゴンゾウはこれまで負い目があって、この国で自分を歓迎しない人間が絶対にいるような、肩身の狭い立場にある。そんな状況で、この正体のわからない、嫌がらせなのか、悪意敵意なのかもよくわからない“何か”をされると、意味や理由はわからくとも「誰かが自分を狙って何かやってる」という意識だけ残る。

 人は、どうしてもそういう得体の知れないちょっかいをネガティブな悪意に捉えて精神にダメージを負うものだ。犯人は、おそらく、そうしてゴンゾウが負い目を感じたり、精神を刺激されたりして、ちょっとずつ参っていく事を、狙っているのだ。


(――で、一番悪質なのは、それが悪だとわからないようにやる事だ。もし、これで犯人がバレたとしても、追及されれば“別に悪意はないし”だとか、“いや鎖鎌に紐を結んで飾ってあげただけだし”などと、いくらでも言い逃れられる……。そういう悪意に鈍感になっちゃならねえ……本当に弱い声を見過ごしちまうからな……。小さな声を見つけて疑うのも、人の上に立つ人間の務めだ)


(難しいですね……)


(ただ、誰にでも出来る簡単な方法を一つ共有するなら――ああいう不安がっている声は無視しちゃならないって事だ。いま、現実に、ゴンゾウは困ってるだろ? じゃあ、困らせている問題があるって事さ。そして、その相手は、他人が嫌がるような事をしながら、いざ捕まった時の事まで考えて逃げ道や言い訳まで作っている、小賢しい奴だ……)


(な、なるほど……そういう事象について詳しいですね……)


(ああ。こういうのは、千葉の国では別に珍しくねえ。まあ、当然、あっちゃならねえ事だが、人がちょっと集まるとこういう事は起こるもんだ。千葉で暮らしていれば、目を背けられるもんじゃねえ)


 ――この事象を、千葉県の言葉で言うと、“イジメ”(いじめ、虐め、苛め、IJI^ME、威治芽)。

 心の弱者が、集団にて、何某かの理由で気に食わなかった相手に向けて、心理的に追い詰められるような遠回しな策を張って精神攻撃したり、優位な立場からの罵声を浴びせたり、時としてその肉体を攻撃したりと、あらゆる手でじわじわと追い詰める悪意の事を指す。


 我が御弥高校でも、残念な事ながら、これはたびたび発生する。焼きそばパンを買いに行かされたり、恐喝されたり、上履きを隠されたり、ロッカーの中にカエルやコウモリやガンダムデスザイズを入れられたりする……というイジメは、俺のもとにたびたび相談が来る。

 話が暗くなるのでここでは具体的な例は言えないが、もっと悪質な物も膨大に発生していて、それは既に重度の刑事事件と呼べる物さえある。……振り返ると、とし子がかつて家無し子だった頃に受けてきたのも、まさしくイジメだろう。

 悲しいが、そこに集団がある以上、それはどうやったって食い止める事ができないものと承知しつつ、俺は番長として自主的に取り締まっているわけだ。それでなんとか、校内では、俺の目の届く物は少しずつでも消して、抑圧してきたつもりだ。

 ――で、それはやはり、今この難民たちの間でも、わかりやすく起きているわけだ。俺は、ここの民はもっとおおらかな連中だと思っていたのに。


(……言われてみれば、私にも、かつて学び舎では、そんな目に遭った苦い想いもあります。笛やリップクリームが盗まれていたり……男の子に突然、偶然を装いつつも作為(さくい)っぽいふるまいで髪や首筋を触られたり……)


(心中察する)


 ただ、それは多分、イジメとはまた違う、同じくらいおぞましく悪質な何かだろう。もし、その時に相談されていたら、犯人を探して殴ってやりたいくらいに腹が立つ。

 ともかく、ゴンゾウが、こちらを見た。長々と思案気になっていた(というか頭の中でアリエスと話していた)俺に話しかけづらかったようだが、いま、もう一度口を開いた。


「これも、話していいかなぁ? ……極め付きは、この前、読んでいる書物の中にこんな手紙が入っていたんだ」


 ゴンゾウは、懐から、手紙を出した。

 そこには、こう書いてある――「こノ、くニから、デてゆケ」、と。そう、あまりにも拙く書いてあるが、「この国から出て行け」という意味だ。


(……!)


 利き手ではない手か、何重にも手袋をした手で書かれたようなぐにゃぐにゃした文字だった。長らくこの“スウィート・ピィ”で暮らしていてわかったが、ここでは天文学的偶然によって、日本語と全く同じようにひらがな、カタカナ、漢字に相当する字を常用している。なのに、これは不自然にひらがなとカタカナを混ぜているなんて、あまりに不気味だ。

 あんまりにもあんまりなのは、「ノ」を上から下にではなく、「ン」「シ」のように、下から上に書いているという事である。俺でも、流石にカタカナの書き方は知っているが、これはおかしい。

 筆跡だけではなく、知能の程度すら隠すように工夫しているようだった。よほどバレたくないらしいのだ。

 しかし、意味と悪意は伝わるように書いている。

 そうだ。ここまで来れば、確信できる。これは、イジメだ。しかもイジメである事を自覚したうえで、追及されないように、客観的にも――あるいは自分の中でも――正当化できるような先手を打ちまくったイジメだ。


「……わかった、ゴンゾウ。かつてはお前を痛烈に批判したが、今の俺はお前の味方だ。前を向いて踏み出すのなら、もうお前はこの国の仲間……。俺に相談するのにも、よほど勇気が必要だっただろう。話してくれて、ありがとう……。とりあえず、出来る事は全部協力するさ」


「あ、ありがてえ……姫様!」


 ゴンゾウも、俺の言葉を聞くとそう言って喜んで出て行ってしまったが、まあ良い。とにかく、俺はこいつについて調査だ。それから、後々の事を考えて、「王国いじめゼロ運動」などを企画しよう。

 さて、犯人探しも時には大事だ。そうでないと、片付かない問題や、治らないトラウマがある。

 見つかった犯人には厳重注意し、ゴンゾウに謝ってもらい、仲直りの握手をしてもらう。居直るようなら、それこそまた殴るしかないが……そんな奴が、この国にいない事を願いたい。


(…………)


 と、俺は、なんだか、その時のアリエスの様子がおかしいのに気付いた。


(どうかしたのか、姫さん)


(いえ。……いま、言いそびれたのですけど、犯人がわかっちゃったので……)


(――待てっ! いま、何と言った?)


 犯人がわかっただと? それは本当か!? 本当なのか!? 俺には、ここまでの話で犯人がわかるなど、全く信じがたい。

 まして、アリエスはあれだけ悪意に対して鈍感だったというのに。


(姫さん、このスピードで犯人がわかったのか!? さては名探偵だなっ!? ここまでのヒントでわかるとは、流石、お姫様だぜっ!!)


(あ、いえ……これは、そんなミステリーもののような文脈で見てはダメです……そういう真っ当な推理は期待しないでください……。もし、これがミステリー小説なら、我々の国のミステリー執筆に関する法律――“オーラ・バトラの二十則”に違反しますから)


(な、なるほど……この国には、ミステリーを書くのに法律があるのか……)


 流石、文化の国。エンターテイメントのクオリティについては、異様に厳しいらしい。


(まあ、何しろ、ここまで伊神番長にとってヒントはなし……逆に、私にとっては、ヒントだらけなので、私がわかるのは当然です。――すべて、私のみが知る事……単に、私は、この文字と同じクセや、点の書き方やらハネの間違いなんかを全部知っているから……)


(えっ!? そいつはつまり……)


 今言ったアリエスの言葉を思い返す。

 このアリエスにだけ、わかる事。それがいくつかあるのは何となく察するが、しかし、その中でも、字の癖がわかるなどと言われては、よほど身近な人間しかいない。

 そう言われると、犯人の候補は僅か。……というより、身内である、セラフか、エリサという事に……。


(――というか、率直に言います。犯人はセラフです)


(セ、セラフだって……!? あの子が!? 本当なのか!?)


 勝気で明るく、多少だけ気は強いながらも、人当たりも良い次女、セラフ。姉アリエスの胸をよく風呂で揉んだり、民ともニコニコと話して社交的であったりする、庶民の間でも評判の良いセラフ。

 そう、流石に即座には信じられなかったが、アリエスの言う犯人らしい。だが、アリエスも、身内の告発は覚悟あっての事に違いない……事実なのだろう。俺がいかにその言葉を疑ったところで、アリエスはそんな悪質な冗談を言わないだろうし、確信がなければ妹の仕業だなどと言わない。

 ……そうだ。考えてみると、エリサの事を誘拐した犯人を「タダでは置かない」などと、以前言っていたのを記憶している。

 俺がこの国に来て初めての日の事で、すっかり忘れかけていたが、妹を誘拐されたセラフが、いまだにその事を根に持っているのもおかしくはないような気はしてしまう……。セラフがゴンゾウを見る瞳は、仲間として迎え入れているようには見えなかった。


(……たとえば、実は、“ノ”の書き方なんかが、むかし、お母様のクローゼットに落書きされた文字と全く同じなんです……)


(そうかい……この字の癖は、わざとではなく、本気で間違えてたのか……)


(……ええ。それにしても、まったく、あの子は……いつからこんな陰湿なやり方を覚えるようになってしまったのか……)


 と、アリエスは呆れ気味にため息をつく。セラフがやった証拠や動機を見つけただけではなく、もっと根源的に、セラフならやってもおかしくないという、近親者ゆえの確信があるようだったのだ。

 仮にも肉親が犯人と知った彼女を追い詰めない程度に、俺は人間の悪意のシステムについて、自分の考察を述べてフォローする事にした。


(いや、人っていうのは、そういうもんさ。立場が偉くなり、美しい言葉を吐き、周りに良く見られてしまうほど……弱さを出せなくなってくる。良いヤツほど、潔白を讃えられ、性格を褒められ、正しい側に立つ事の喜びを知っていくんだ。そのたびに、自分の中の醜さや罪を、どうしても隠したくなっていってしまう……)


(そうかもしれませんね……)


(俺の世界だって、普段人の上に立って素敵な言葉を吐いている、教師や政治家みたいな人間ほど、己が悪事を犯した時に周りに言えなかった。美しい言葉を真実で吐いて人に称賛される嬉しさにすがって、自分の嘘や悪意をなかった事にしたがる。……だから、嘘に嘘を重ねて、ただずるずると堕ちて行ってしまうんだ)


(……しかし、私は、たとえ何があっても、セラフにはこれから、そんな姫にはなってほしくない)


 アリエスが言う。その言葉も、確かに本心のようだった。


(そうだな。それを知るには、俺たちや今のセラフのように、若い時の方が丁度良い。傷つかず、罪も犯さず、学びもせずに、ただ漫然と大人になってからでは遅いんだ……)


 俺は、そう思う。

 人というのは、誰だって、嘘をついたり、隠したり、何かを傷つけたりしてしまうものだ。かく言う俺だって、今は己自身の存在を隠して、アリエスの中にいて、アリエスの名を騙っている一人だから、嘘をつく事なんて責められない。ここは少々言い訳させてもらうが、民にこれを明かすか否かは、慎重にならざるを得ないのだ。

 しかし、もし、それを明かさねばならぬ時が来たなら、俺は騙していた全員に頭を下げる覚悟はある。いや、そうであるはずだと思う。


 だが、何よりの問題は、正しい事実を伝え、己の罪を打ち明かして、謝る覚悟がない事だ。

 最後まで他人の痛みも知らず、自分の罪も知らず、誰かの罪を叩いて貶めるばかりの“外側”に立ってしまう事が、もしかすると、この世界で最も罪深い。そうなると、潔く謝りもせずに、年を重ねて、立場ばかり偉くなってしまう。俺は、それが恐ろしい。

 このままセラフが大人になっていくのは、やり直しのきかない段階に向かって、やり直しの聞かない嘘を抱え、重ねながら、一歩一歩近づいていく事と同じなのだ――。

 そして、本当に根深い闇を植え付けられたまま成長してしまった心は、歪な形に気づかれないまま大木になる。その時には、もう枝を切り形を整える事が難しい手遅れの状態になってしまうのだ。

 ……俺は、俺の言葉でセラフに、それを教えるべきか悩んだ。

 が、アリエスは、そんな俺の悩みを言う前に、口を開いた。


(……実は、セラフと暮らしていて、ずっと後悔している思い出が、一つだけあるんです)


 それから、彼女は、ある思い出について語り始めた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆


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