学園地獄(B面)
「はぁ……はぁ……さあ、あんたの部下どもは、百人ほどいたが、何とか全滅させたぜ……」
――と、今の台詞の通りになるまでに、なかなか時間がかかった。
正直、少々きつかった。ゴンゾウや、ちょいちょい後ろでモンスターをやっつけてくれていた民たちがいなければ、俺一人で戦うのは、無理だっただろう。これは本当にありがてえ。
やっぱり、俺たちはこのまま一人じゃ無理だと思いつつも、俺は最後の一人であるコオラを睨んだ。
俺は、こいつと違って一人じゃない。手下でも、盾でも、数でもない……信頼し合える仲間だけが、そこにいてくれる。
そうだ、目の前のこいつとは違う。――いま、コオラは仲間が全滅しているのに、随分涼しい顔をしていた。
「あらら……ほんとにみんなやられちゃいましたねぇ。偏差値が低いうえに、盾にもならないとは……やっぱり、生きる価値がない生ゴミどもですよ、こいつらも……。アリエス姫、折角だから、どうです? 僕の高い偏差値を分けてあげますから、あなたも僕の盾として雇われてくれませんか?」
「てめえの道具なんかにはならねえ!! 俺にとって必要なのは、隣で戦える仲間だ……てめえのように上と下しか見られねえ男じゃねえっ!!」
(その意気です、伊神番長っ!)
アリエスも、俺の頭の中で応援してくれている。
「はぁ。溜息が出ます。頭が悪いくせに……。頭が悪い人間は、僕のような人間の下で、命令を聞いていればいいんですよ! 偏差値が低いんだから!!」
「……確かに俺は頭は悪いかもしれねえが、てめえの為に戦った仲間をゴミのように扱うほど落ちぶれちゃいねえっ!! 歯を食いしばれ、コオラ!! 次はてめえの番だっ!!」
俺は、勢い任せにコオラの元に駆け寄った。
あの余裕をかましている顔に向けて、一発、こいつの部下たちよりも重いパンチを叩きつけてやろうと、俺はスピードを上げた。
しかし――その刹那、俺の動きは止まった。コオラは、どこに隠していたのか、見覚えのあるモノを俺に向けたのだ。
「――やっぱりあなたは偏差値が低いですねっ!! ……偏差値の高い人間は、直接戦わず、この“魔ッ砲”という武器を使うんですよ!!」
「なっ!?」
身体が固まる。俺は、それを差し出された瞬間、思わず足がすくんだ。
それは、かつて、俺を殺した武器――拳銃と、ほとんど同じ形状をしていたからだ。……あの時の光景が重なる。この世界にも、銃があるというのか。
「これは、炎の魔法で爆発するように仕掛けられた宝石を、敵に向けて高速で発射する道具です。魔法学の基礎を応用した、偏差値の高い武器ですよ。そして、これは残念ながら、いくら強い生物であっても……まともな認識能力で避ける事はできないような速度で発射されるように出来ています。姫も終わりですね! あっはっはっはっはっはっ!! 偏差値偏差値偏差値!!」
「くっ……笑い声が偏差値の奴に成す術がねえとは……!」
思い出す。――俺が死んだ時の事。
心臓を貫く痛みと熱さ、確かに俺の認識できるスピードを超えた恐怖。頭に浮かんだ様々な事象が、俺に立ち向かわせる気力を削いでいた。
いや、今の身体がもし、伊神敏也、俺自身のモノだったなら、俺は猛虎のように怒り任せにあいつに立ち向かっていったかもしれない。――だが、少なくとも、他人の身体を借りている今、それは、できなかった。挑戦の為に賭けられるのは、己の命までだ。アリエスは賭けられない。
(どうしたんです、伊神番長……あんなハッタリを前に……)
(いや――あれは、元の世界で、俺を殺した武器だ。立派な機構で動いている。つまり、あそこから発射する弾丸に当たったら……最悪、死ぬっ!)
(えっ!? 嘘でしょう!?)
そうだ。俺だけならまだどうにか、一か八かの特攻ができる。しかし、俺の身体はアリエスのもの。このまま突っ込んで、アリエスを死なせてしまったら……。
一か八かに賭ける事は、もうできない。
どうすればいいんだ……そう考えた、その時だ。
「――あっ!? 僕の魔ッ砲が!?」
何かが横から旋風を巻き起こし、目の前のコオラが持っていた拳銃は、それによって吹き飛ばされた。――いや、旋風というよりは、形がある何かの残像だった。
そう……見れば、それは、鎖鎌だ。
ゴンゾウが遠距離から鎖鎌を振り回し、コオラの持っていた拳銃をピンポイントで吹き飛ばしたのだ。さすがア界一の腕である。
「ゴンゾウ……!」
「――アリエス姫、ありがとう……! オイラ、あんたの言葉に救われたよ! だから、オイラ……あんたの役に立つ為なら命を賭けられるよっ!」
「いや……俺の方こそ、助かった! ありがてえ!」
これほど助かる事はない。
何しろ、ゴンゾウだって、多分百人を相手に戦ってヘトヘトだっていうのに……。そうだ、落ちこぼれて、逃げて、旅をして、いま自分の国でもない場所の為に戦ってくれたゴンゾウは、今、コオラに一矢報いたのだ。
「さあ、行くんだ! 姫様!」
「ああ! ――今……俺とゴンゾウは、友になった! 昨日の敵は、今日の友!! いま芽生えた熱い友情を前に、拳銃は無力っ!! もう二度と食らってなるものかっ……いくぞっ!!」
目の前のターゲットを捕捉。
あいつは丸腰。そこに向かって、思い切りやる事は決まっている。――ぶん殴る!
「ああ、偏差値の低い連中が、来るな……来るんじゃないっ!!!」
「これが、前に進む事を知っている人間の一撃だっ!!」
ドガシャブルルルゥェェェォォゥガォォンッ!!!!!
俺の拳は腰から回転をかけて稲妻のようにコオラの瞳の間にめり込む。コオラのかけていたメガネは粉々になる。その下にあった顔はひしゃげたようにつぶれ、僅か一撃ながらも、相当大きなダメージを与えた手ごたえがあった。
……コオラはもう、今の一撃で反射的に泣いている。それは、あまりに醜い涙だ。自分の為に生きてきた人間が、自分の為に流す涙だ。これまで、俺は美しい涙をいくつも見てきた……そいつと比べて、どれだけ汚い涙か!
「う、うわああん……! 痛い……痛いじゃないですか! た、体罰はダメです! 体罰はよくありません……! ぼ、暴力に訴えかけるなんて、そんなレヴェルの低いやり方は、推奨されるべきではありません……!」
と、コオラは言った。
なるほど、頭に血が上っていたが、彼の言う事も一理ある。――が。
「ああ、俺もそう思うさ。……愛を教えるにも、殴る以外の愛が一番良い。体罰ってのは、最低最悪の手段だ。……だがな!! 愛も、友も、何もわかってねえ、てめえみてえな野郎は放ってはおけねえ……!」
「い、いや、他人の事なんて、放っておけばいいじゃないですか……! そうだよ、僕の事なんて放っておいてくれよ、関係ないだろ! 僕の高い偏差値を、君にあげるからさ!」
「いや――考え付く限り唯一の方法でてめえの罪を教えるのも……人がやらなきゃならねえ道理だ。だから、てめえには……もう一撃だっ!!」
コオラの襟首をつかんで立ち上がらせると共に、頬の向かって思い切り一撃。
「べんざぢっ!」
この断末魔の言葉とともに、コオラは数メートル吹っ飛ばされた。
……とりあえず、これで無事、やって来た敵を全滅させるのには成功したようだ。今回も、なんとか、“スウィート・ピィ”は防衛成功。そして、新しい仲間が加わった。俺たち、前線で戦った人間は、それによって、互いを祝福し合っていた。
一緒に戦って、悪い奴らに勝つ事の喜びを、みんな少しずつわかってきたのかもしれない……。
――またしばらくして、俺たちは気絶した敵兵に水をかけて、無理矢理起こした。挑もうとする奴も含め、「もういいだろう、帰りな」と説得して、これ以上追い詰めたり、殴ったりはしない。良い夢を見ていたのかもしれないが、起こしてすまないな。
戦いが終われば、俺たちはみんな、人と人だ(モンスターもいるが)。全力で向かい、傷つき倒れた相手には、手を差し伸べる。俺は、今まで様々な暴走族や不良たちとも、何度もそうして分かり合ってきた。戦い終わって勝敗がつき、目の前の敵と目が合った時、俺たちはそれまでの敵意が嘘のように、なんでもない友人同士のように笑ってしまうのだ。
「さすが姉様ね……あれだけいた敵を倒してしまうなんて」
次女のセラフも戦闘には出なかったが、やってきて、その様子を腰に手を当てて複雑そうに見つめていた。起きた敵兵に少々強い言葉で注意を呼び掛けている。「もう金輪際攻めて来ないでね!」などと、お小言のように言っていた。そういう性格なのだろう。
そんな中、コオラが水をかけるまでもなく、自ら身を起こした。
「……へ、偏差値の低いバカども! 今更、敵となれ合いやがって! 偏差値の低い連中同士、虫けらのように群れを作るのがお似合いだなっ!」
こいつはまだ言っている。結局、何をしようと治らないんだろうか。
ついに雇い主を殴りに行こうとする、柄の悪いモンスターたち。彼らもきっと、偏差値を得るより大切な物に気づいたのだろう。
「やめろ。あんな奴、放っておけ。これ以上、殴る価値もない。……偏差値も全てじゃねえが、暴力だって全てじゃねえ」
しかし、俺はもう、あいつに充分すぎるほどの一撃を見舞わせたつもりだ。
それに、俺は別に、あいつがあれだけ嫌な奴になったのは、コオラだけの責任ではないと思っている。これ以上殴ったって意味がねえ。――で、それはそれとして、用がある。
「――だが、コオラ。とりあえず、てめえらの親玉、アクィナにこれだけは伝えろ。……攻めて来るなら、“てめえが来い”。そして、攻めて来ねえなら行ってやるから、“てめえの居場所を教えろ”ってな……!」
「くっ……覚えていろ、アリエス! ぼ、僕は……偏差値の高い勝ち組なんだ!! 誰でも簡単に使える暴力でしか解決できないお前らなんて、所詮、負け組だっ!! そんなお前らに、僕が負けて良いはずがないんだ……!! ははは、ははは……っ!!」
コオラだけは、俺の要求に返事もせず、我先にと逃げ出していった。
周りのモンスターや敵兵士の中には、倒れている仲間に声をかけたり、肩を貸してやったりする奴らがこれだけいるというのに……。その逃げていく後ろ姿を、俺たちは全員見ていた。
逃げ行くあいつの事を、なんだか、みんな笑っている。敵も味方も。
だが、俺は笑わなかった。……いや、笑えなかった。
「……あいつ、可哀想だよな。他人の物差しでばっかり育てられる、子供が大事にされねえ国に生まれちまって……結局、それがあいつの中で絶対になったまま、それ以外のモノの計り方がわからないまま、大人になっちまったんだ……悪いのは、あいつだけじゃない、あいつを生み出した、キィチの社会って奴なのかもしれねえな……」
(ええ……そうかもしれません。知識以外にも、大切な物は様々あるのに。それを知らない者は、いくら知識があっても、自分の為にしか……いいえ、あの様子ではもしかすると自分の為にすら使えない……)
「……だが、知識や知恵は、立派な宝だ。俺は羨ましいよ。俺には、昔からそいつがねえからな……。あいつみてえに、賢くて、偉いってのなら、その力をもっと良い方に使ってくれりゃあ……」
――俺は思う。
そこにいる、ゴンゾウや、本気のぶつかり合いの中で、どこか俺たちとの間に奇妙な絆の芽生えた雑魚たちも、それに気づいているだろう――俺は云った。
「良い仲間に、なれたかも、しれねえのにな……」
敵だろうが、なんだかんだと、仲間になる時はなるし、ならない時はならない。
「仲間ねぇ……本当になれんのかしら」
セラフが言う。
いや、俺は、仲間になれる奴は、ちゃんと迎えるさ。
――なんだか知らんが、その日、スウィート・ピィの住人は、三十人増えた。
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