親子
後ろに殺気を感じて瞬時に抜刀したはずだった。
しばらく打ち合った後、相手の首が胴体から離れる手前で…自分の首にも巨大な鉈が突きつけられていた。互いに動きが止まる。
(馬鹿な…いつからだ?いつから後ろにいたんだ?まったく気配を感じなかった。)
何故こんな事態になったのか…
その日、やることがなかったため白いのに
「何かしたいことがあるか?」
と軽い気持ちで聞いたのがまずかった。白いのは涙ぐみ…
「…お母さんに会いたい。」
こんな重い言葉が出るとは思わず、したいことあるか?と軽い気持ちで聞いてしまった。正直後悔している。出来ることなら聞かなかったことにしたい。
ただ、聞いてしまった以上は何もなかったことにはできない。仕方なく、それじゃあ探しに行くかと言ってしまった。
その後、笑顔で準備をする白いのに言われるがまま母親と住んでいたという家の周辺を探索することになった。
「ヤーノスケ!早く!早く!」
「急かすな…家は逃げやしねぇよ。」
家は村落からかなり離れた位置にあった。とはいっても…縄張りを示す家の柵が見つかっただけで、肝心の家は見つからない。
ここまで山道を半日以上歩いてきた疲れから、丁度いい切り株を見つけ一休みすることにする。まだまだ元気一杯の白いのには適当にその辺りを探索させることにした。
暖かな日差しの中で、眠くなり無防備に意識を手放してしまったらしい。こちらに来てしばらく経つが、完全に気が抜けている。まぁ、何か近づいてくれば気付くとは思うが…
辺りを見回すが、白いのの姿が見当たらない。アイツの方向音痴を思い出し…しまったと思った瞬間、悪寒を感じて瞬時に抜刀する。
振り向きざまに相手の攻撃を避け、攻撃する。急所を正確に斬りつけたはずがギリギリで避けられる。攻撃を受けるのではなく、完全に避けられたのはこの世界に来て初めてだ。
相手の反撃を紙一重で避け、逆袈裟に反撃する。相手もそれを紙一重で避けながら攻撃を仕掛けてきた。
それを避けると同時に突きを放つ、相手は猫の様に身体を捻りそれを避けた。身体が柔らかく反応速度が桁外れだ…厄介な相手だ。
攻防を終え技術ではこちらに分があると感じた。相手も紙一重でこちらの攻撃を避けているが、こちらが相手の挙動を予測して最低限の動きで避けられているのに対して、相手はただの 反射で避けており、無駄な動きも多い。
(ただ、身体の強度を考えればこちらが不利だろうな…とにかく先に攻撃を当てなければ…話にならん。)
互いに様子を見るが、先に動いたのは相手だ。その攻撃に技を合わせ大木を斬るつもりで力を込める。
相手の首が胴体から離れる間際…自分の首に巨大な鉈が突きつけられていることに気づき、刀を止める。
『なんと…気配を消して先に攻撃したのに相打ちに持ち込むとはな。…どうだここは引き分けということで互いに引かないかい?』
「いきなり攻撃してきておいて…よく言う。引くならそちらが先だ。」
『それは悪かったが、武装したよそ者が自分の縄張りに入ってくれば攻撃もしたくなる。それに、首に武器を突きつけて脅すだけのつもりだったのだ。現に殺すつもりならいつでもできる。』
なんだ…気づいていたのか。それなら駆け引きは意味がない。一見すれば互角に見える状況だが、肉体の強度と腕力が違いすぎる。
向こうが少し力を込めればこちらは死ぬが、こちらが攻撃しても死にはしないだろう。まぁ、重症には違いないが…それに、紙一重の戦いをしながら相手から殺意は感じなかった。むしろ、落とし所を探すような感じだった。
「それは確かにそうだ…分かった同時に引こう。」
同時に刃を引き、刀を納め相手を見る。おそらく鬼どもと同じ種族だろうが、見た目は大きく異なっていた。
やや曲がった二本の角、人にしては高い背は鬼どもと同じであったが、肌の色がやや青みがかっていなければ人間で十分に通用しそうであった。
何よりこの鬼は雌だ。長い黒い髪に青磁のような滑らかな肌…金色の目…人間の基準で見ても美しい容姿をしている。
『で・・・子供がこんなところでなにをしているんだ?』
「子供じゃ…」
『…でも、君は小さい…君は村落の子じゃないね?意味は分かるが言葉も違うようだ…はぐれたのか?」
「ああ…そんなもんだ。」
子供というのは撤回されないようだ。とはいえ子供と思わせた方が警戒も緩むか?
『なるほど…なら。今日は泊まっていきなさい。村落の者に見つかると厄介だ。彼らはハグレを嫌うからね。村落に禍をもたらすって言ってね。』
断ろうとしたが…色々と考えた後で、俺は招きに応じることにした。
招かれた家屋は大小の木を組み合わせて作られており、真ん中に大きな囲炉裏がある。外観や作りは農村の家屋に似ているが、壁は板や漆喰ではなく大小の木をまとめて組み合わせただけの質素なものだ。ただ、一人で住むにしてはかなり大きい印象を持った。
「なかなか立派な家だな。」
『ああ…ここに住み始めてからコツコツと作ってきたんだ。村落のどの家と比べても遜色ないよ。』
褒められたことが嬉しかったのか、優しい気ながらも無機質な口調に初めて感情が浮かんだ。
「一人で住むには広すぎるな…誰かと一緒に?」
『ああ…本来なら娘と一緒に住んでいたんだが…半年前から姿が見えないんだ。集落の長が変わってからこの辺りは物騒だから…早く見つけてやりたいのだけど…』
表情を暗くして話し始めた雌鬼に違和感を覚える。(ん?何処かで聞いた話しだな。)
「娘って髪が白で、角が一本だったりするか?」
『ん?何で知ってるんだ?』
「いや、さっきまで一緒にいた。」
ガシッ!言うが早いか、肩を鷲掴みにされる。すごい力だ白いのの比じゃない。
『ど…どこだどこにいるんだ!あの子は?』
「痛い!いたい!離せ…親子揃って馬鹿力が…」
『す…すまない。』
白いのの母親にことの顛末を話す。デカイ犬に襲われていたこと、しばらく一緒に住み世話をしたこと。
『なるほど…感謝する。一人娘…であまり構ってやれない負い目もあって、つい甘やかしてしまってね。迷惑を掛けただろう。申し訳ない。』
何と常識的な親だろう。どうしたらあんなちゃらんぽらんが育つのか?
「いや…気にするな。俺も故郷を離れた寂しさを感じずに済んだ。」
『そうか、そう言って貰えると助かるよ。それで…重ね重ねすまないが、あの娘を一緒に探してもらえないだろうか?恥ずかしい話しだが、方向音痴でな…私自身が迷子になってしまうんだ。』
前言撤回…蛙の子は蛙だ
「構わない。元々、アナタを探してアイツを引き会わすつもりだったからな。」
『それは助かる。それでは早速お願いするよ。そうだ…私の名は、クレハ…集落の者にはハグレのクレハと呼ばれている。君の名は?』
「富士見 八乃介…まぁ、八乃介とでも呼んでくれ。」
『氏持ち…?分かった…ヤーノスケ殿よろしく頼む。』
それから夜明けまで捜索し、迷子になって半べそをかいている白いのを何とか見つけることができた。
これで共同生活も終わりかと思うと、少し寂しい思いもあるが、落ち着いたら今度こそ人を探す旅に出よう。