牛男
牛男の攻撃は早く、防御もしっかりしてくる。ただその攻撃は、唐竹割り、袈裟斬り、横薙ぎの3種類しかなく読みやすい。
最初はその速さに驚いた。だが、もうだいたい攻撃は覚えた。牛男の攻撃を紙一重で避け、体重の乗った足を斬りつける。
出血は少ないが、牛男がバランスを崩す。牛男の防御は攻撃よりもさらに単純だ。攻撃が当たりそうになると関節付近の発達した骨で受けるのだ。その動作は寸分の狂いもなく繰り返されている。それ故に読みやすい。
そして、関節の近くには必ず腱がある。避けるのを見越して途中で軌道を変えて腱を切ったのだ。
鬼もそうだが、こっちの生き物は体が堅い。腕や足を切断するのは困難だ。そして、致命傷を負うまで戦意を喪失しない。
だから、鬼や化け犬との戦いで考えていたことが功を奏した。考えてきたのは2つだ。一つは化け犬戦や先ほどやったタメを作り攻撃力をあげること。もう一つは、今やった腱を切る方法だ。
攻撃力は牛の耐久力が強すぎて役に立たなかったが、いくら戦意があろうとも、構造上動けなくしてしまえばいい。腱を正確に切るのにコツはいるが、全体を攻撃するよりもずっと少ない力で機動力を奪うことができる。
その後は、牛男の機動力を徐々に奪い。動けなくなった頃合いで、トドメを刺した。攻撃の組み合わせが単純で助かった。もし、もっと頭を使える奴だったら紙一重の勝負になっていただろう。
「ヤーノスケ強い」
嬉しそうに寄ってくる白いの。その頬を引っ張る。
「おい…なんだあれ?食えねーだろうが、あんなもん!だいたいどう考えても、集落の奴らじゃ勝負にならないだろ。美味いって嘘だろ。」
「いらい!いたい!はなふぃて!だって、普通…集落総出で罠を張って狩る。」
「総出って…お前…」
確か…あの集落80人くらいいなかったけ?
「ハグレだから…ワタシも母さんと遠巻きにみてただけだし…あと…こんな強いの狙わない…もっと弱ったのを狙う。」
ああ…そうだな…もっと慎重になるべきだった。鬼どもが狩れるなら大丈夫だと考えていたが、総出で狩るなど考えてもいなかった。
そういえば、コイツは、こちらから情報を聞き出さないと必要なことも言わないんだった。
「はぁ…食えない獲物を狩るためにこんなに苦労したのか…。」
「ん〜?牛美味しい。一度、集落の人と物々交換で食べた!」
そういうと牛男に近寄り、解体をはじめようとする白いの…やめさせようと考えて…やめる。まぁ、毒はないみたいだし、あいつが食べる分にはいいだろう。俺は食べたくないが…。
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その後、血抜き等の処理をした牛は、冷やすため近くの小川に沈める。仕留めたあとに放っておくと体温で痛んでしまうそうだ。
白いのはテキパキと作業していく、本当に興味があることには集中するのな。
皮袋にいくつかの部位を入れて持って帰るらしい。
「しばらく置かないと美味しくないんじゃなかったのか?」
鮮度が大事だと思っていたが…どうやら肉の場合は死んですぐは堅くなるらしい。
「肝とかは、新鮮な方がいい。」
「そうなのか…?まぁ、俺は食わないぞ。」
「どうして?美味しいのに」
たわいもない会話をしながら寝ぐらに戻ると、白いのは食事の準備をはじめる。俺も自分の分を作る。俺は、いつもの木の実の粥だ。
木の実の粥を啜っていると、なんとも言えない良い匂いが漂ってくる。
どうやら白いのが、持って帰ってきた肉を串焼きにして焼いているらしい。
(ぐ…確かにうまそうな匂いだ。)
どうやら肉が焼けたらしい。満面の笑みでこっちに焼けた肉を持ってきた。
「えっと…こっちが心臓で…これが肝…それでこれが腸…美味しい。」
どうやら食べてみろと言っているらしい、期待に満ちた目でこちらを見てくる。
仕方ない…確かにうまそうな匂いだし…しっかり焼いてあるようだし、少しくらいならいいか。
一口大に切られて、串に刺さった心臓を恐る恐る口にする。
「…うっ!」
あまりの事に立ち上がる。う…うまいなにこれ!思わず次々に口に運んでいく。
なにこれ、すごいうまい。噛むと旨味が溢れてくる。しかも弾力はすごいが、噛み切るのは容易だどんどん食べられる。
「フヘヘへ…」
ガッつく俺の様子を見て、嬉しそうな白いの…悔しいが確かにうまい。
次は肝に手を伸ばす。口に入れると濃厚な旨味と甘みを感じる。うまい…臭みもなく食べやすい。
そして、最後の腸に手を伸ばす。口に入れた瞬間は、炭火で焼かれたパリッとした表面の感触が小気味いい。それでいて、噛むと中から肉汁が溢れ出てくる。脂の甘みが食欲をそそる。
気がつくとあっと言う間に食べ終わっていた。俺よりも早く食べ終わっていた白いのを見る。
「まぁ…なんだ、美味かったぞ。」
「でしょ!」
すごい得意気にそう言うと、俺に近寄ってきて、ご褒美とばかりに、俺の膝を枕に寝転ぶ。まぁ、今日はいいか…そう思い、脂でテカテカになった口の周りを拭いてやる。
「にへへ」
嬉しいのか恥ずかしいのかよくわからない顔で笑う白いの。頬を擦り付けてくるのでおそらく嬉しいのだろう。
こんな生活も悪くもない…そう思いながら、白いのの頭を撫でながら微睡みに落ちていった。