初春
襲われている。鬼娘を見て…期待外れだと落胆する。さっさと帰って寝よう…そう思い、その場を後にしようとする。助ける義理もない。
「ひ…来ないで!」
ただ、必死に棒を振り回し抵抗する少女の姿に…見捨てることに後ろめたさを感じる。
姿が人に近いからだろうか?
それとも、孤独に耐えられなかったのだろうか?
ただの気まぐれか?
俺は何の得もないのに、思わず刀を引き抜きその化け犬どもを強襲した。
犬と似ているが、かなりでかい。しかも5匹…善意だけで相手にするのは、割に合わない。
「くそ…」
俺は悪態をつきながらも…1番近くにいる化け犬に狙いを定める。化け犬がこちらに気付き、迎撃態勢に入ろうとするが…次の瞬間には化け犬の首は胴から離れていた。
首のない胴が2、3歩進み倒れこむのを気配で感じながら…もう一匹の攻撃を躱わす。そして、その足を狙い攻撃する。
「キャン」
足を斬られ鳴き声をあげる化け犬、そしてバランスを崩したところに、返す刀で首を刎ねる。…残りの三匹は、二匹がやられたのを見て慌てて走り去って行った。
奇襲が功を奏した…鬼どもと同様に硬い感触だった。まるで大木を切ったような気分だ。鬼どもと戦ってなければ、予想以上の硬さに失敗していたかもしれない。
こっちの世界の生き物はでかくて固い奴が多いのか。そんなことを思いながら、刀の血を拭い、白い個体を見る。
「ひ…」
怯えた目でこちらを見る鬼娘…なんだ?助けたのにこの反応は…。まぁ、仕方ないか…ここにきて鬼娘を見る。青みを帯びた白い髪に、グレーの瞳、鬼というよりは雪女といった風体だ。
あれ程、気になっていた角も、その可憐ともいえる容姿のせいで髪飾りにしか見えない。
「おい…何でこんなところにいるんだ?集落からだいぶ離れてるだろ?」
「?…?」
不思議そうにこちらを見る白い個体…こちらが意味を理解できるなら、もしかして相手にも伝わるかと思ったがそうではないのか?
「…わたしたち…ハグレ…お母さんが見つからない…。」
化け物たちと同じ言葉でボソボソと話す白い個体…どうやらこちらの言葉の意味も伝わるらしい。
「そうか…、ほら」
そう言うと、持っていた食べ物を与える。どうやら腹が減っていたらしい。嬉しそうに干し肉を頬張り始めた。
その間に、その場を離れることにする。流れで助けてしまったが、迷子のガキの世話をする余裕はない。
しばらく歩くが、白い鬼娘は俺についてきてしまう。会話をして恐怖が和らいだのだろうか?そして、俺の横に来ると…
「あなたは何?わたしと同じ肌の色…」
ジーっと俺を見る。どうやら俺を自分と同じだと思ったらしい。
「いや、違う…俺は」
「違う?何が違う?一緒」
なんて説明すればいいんだ?見れば確かに白い個体は人に似ている。と言うか人にしか見えない。違いを説明しようにも思いつかない。もう…いいや…疲れた。とにかく帰って寝よう。
俺は、説明することを諦め、結局は白い個体が寝ぐらまで来るのを許した。
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朝目を覚ますと、例の白いのが一緒に寝ていた。どういうことだ?確かに別々に寝たはずだ。
いや…それよりも、こいつが俺の寝床に入って来たのに気が付かなかったのが問題だ。誰かが近寄ってきて気が付かないなんて、前世じゃあり得なかったことだ。
慣れない森を歩き回って疲れが溜まっていたのだろうか?
考えながら、白いのを見る。背丈は俺より低い…人の女であれば普通だが…化け物の中ではかなり小さい…と言うか見れば見るほど人にしか見えない。
気持ちよさそうな顔しやがって…まぁ、躾は最初が肝心だ。寝床は別々だと決めた以上…決まりを守らなかったこいつには仕置きを与えねば。
「おい!起きろ。」
「…んー、もう少し…」
「少しじゃねぇ!起きろ!」
「んうー!」
俺は力ずくで起こそうとする。しかし、白いのは起きるどころか、俺の手を振り払い、そのまま手で俺を払いのけた。
「ぐわっ…」
驚くべきことに、それだけで俺は10尺(約3.3m)ほど吹き飛ばされた。どうやら見た目はひ弱そうでも、俺よりずっと力が強いらしい。やはり、化け物だ。
「ゲホッ…くそ…」
起こすことを諦め、朝食の準備を始める。
今日は、木の実と残り少ない米の粥に干し肉をいれたものだ。辺りに食べ物の匂いが立ち込めると…眠そうに目をこすりながら、白いのが起きてくる。
「おい、そこに座れ。」
食べ物をくれるのかと、嬉しそうに寄ってくる白いの。元々二人分作っているのでそれはいいが…
「何で、自分の寝床じゃなくて俺の寝床で寝てたんだ?」
「んー寒いから」
「おまえ…今までも誰かと寝てたの?」
「…私はハグレだから、いつもお母さんと一緒、家族なら一緒に寝るのが普通。」
「俺はおまえの家族じゃないの!だから男と女が一緒に寝ちゃダメなんだ。わかったか?」
「家族じゃない?ダメ…?」
少し俯きながら涙ぐむ、白いの…当然のことを言っているのに、何だこの罪悪感は…
しばらく沈黙が続く…何も言わず、出来上がった粥を器に入れて渡してやる。
黙って食べ始める白いの…食べ終わると口を開く。
「でも…あなた、子供。だから一緒に寝るのいい。」
名案とでも言いたそうにそう言った白いの
「おい、誰が子供だ!俺は元服してるし、お前よりも絶対に歳上だ。」
自分の正確な年齢なんざ分からんが、少なくとも八つぐらいは離れている。
「…でも小さい?わたしと一緒」
「お前らからしたらね。俺の国じゃこれぐらいが普通なんだよ!」
…くそ。
「そうか…わかった。」
いまいち分かってなさそうに答える白いの
「そういえば、名前も名乗ってなかったな…俺のことは八乃介とでも呼んでくれ。お前は?」
「ヤーノ・スケ?……私、名前ない…条件揃うまで名前付けない。」
「そうか…」
そういえば、俺も拾われてから新しい名前をもらったな…懐かしさを感じながら思わず…
「俺が名前をつけてやろうか?」
「名前くれるか?」
急にソワソワし始める白いの…何だ名前くらいで大袈裟な。
「そうだな…考えとくよ。」
白…そう言えば、あの人の家に咲いてた白い花はなんて名前だったか?
「約束?約束」
嬉しそうに俺の腕を掴みそう言う白いの
「わかった。わかった…約束な約束」
まぁ、少し考えてみようか。
さて、今日は何をするかなーーーー。