戦い
時間は少し戻るーーー
クレハには白いのと家で待っているように言われたが、白いのは住んでいた洞窟に身を隠させた。もし、自分が指揮者だったら、こちらにも伏兵を差し向けると考えたからだ。
白いのは残ろうとしたが、後で牛をもう一度狩ってやると言ったら素直に従った。予想が外れればそれでいい。
ただ、時間が来たら逃げろというクレハの願いは聞くつもりはない。こちらに伏兵がきたら、相手は一対一で戦うつもりなんてないはずだ。
いや、最初は一対一でやったとしても、危なくなれば必ず搦め手を使ってくる。ならばクレハは時間通りに戻って来ることはないだろう。
こちらはこちらで準備をしておこう…クレハには後で謝らなければいけないな。そう考え軽く息を吐いた。
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総勢23名を率いる男は、憮然とした表情で目の前にある家を見る。ここにいる小娘を捕まえてこいという長からの命は、村の23人の男を駆り出すような大事なのだろうか?
いや、こんなことをするために戦士階級はいるのではない。こんなことは村の若造にでもやらせればいいのだ。そう不満に思いつつも、長の命令に従う。あの長が、今の集落で一番強いのは確かだからだ。
しかし、5番手に甘んじるつもりはない。いずれはあの長を倒して、自分こそが長になるべきだろう。男はそう考えると、自分が与えられた目的を果たすため先頭に立ち、戸を開け放つ。
家の中は真っ暗だ。明るい所から、暗い所に入ってきたため、一瞬視界が奪われる。次の瞬間、自分の首に熱い感触が走った。
何かと思い、首を触ろうとするが、その前にバランスを崩し頭から思い切り地面にぶつかる。身体に力を込めるが力が入らない。
そして、暗闇に慣れてきた視覚が写し出したのは、首が斬られ、血を吹き出す自分の身体だった。驚愕して目を見開くが、パクパクと口が動くだけで他は何もできない。そして、そのまま意識を失った。
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一番強そうな鬼が先頭で入ってきた。鬼どもと真剣にやるのは、この世界に来た初日以来だ。クレハとは何度か手合わせをしたが、アレは人間用の技だ。そもそも、クレハと真剣で打ち合った時も、白いのの身内である可能性があるので殺すつもりはなかった。
初戦では苦戦したが、化け犬や牛男などと戦う内にあちらとは違う戦い方が身についている。
あちらにいる時も、どこを斬れば死ぬか経験則で知っていたが、近頃はどの辺りを斬ればいいか、感覚的に分かるようになったのだ。確信したのは牛を狩った辺りからだが…
自分がどこまで成長できたのか、この鬼どもで試させてもらおう。とはいえ、数が多いので奇襲させてもらう。
気配を消し床にしゃがみこむような姿勢をとる。入ってきた鬼の目が暗闇に慣れる前に、その鬼の首を一閃する。両断した感触を手に感じながら、首のない鬼の脇をすり抜け、後続の鬼どもに斬りかかる。
後続の鬼どもは、先頭の鬼の首から血が吹き出ているのを呆然と見ていた。こちらの攻撃にも対応できていない。
鬼どもが体制を立て直したのは、俺が鬼どもを三匹ほど斬り殺した後だった。立て直したと言っても、俺を敵だとやっと認識し、攻撃して来るだけで、連携もクソもない。
こうなればこちらのものだ。当初は丈夫さと攻撃力が脅威だったが、何処を斬れば死ぬか感覚的に分かるのだから人間と斬り合うのと対して変わらない。
人間の攻撃だって、武器を持っていれば当たれば死ぬ。まぁ、鬼のように掠っても致命傷になるような攻撃をできる者はほとんどないが…。
ただ、その攻撃力についても触れさせなければ意味はない。速度は速いが、技の多彩さはない。殺傷能力は前世の比ではなく掠ることも許されないが、それがいい緊張感を持たせてくれる。次々と鬼を斬り殺しながら、初めて剣を握った時のことを思い出す。
それは思い出すことも嫌な暗い過去であったが、成長の物語でもあった。いつからだろう。人を斬ることが単純作業のように思えるようになったのは…。いつからだろう…誰と戦っても…誰に勝っても成長が感じられなくなったのは?
そうだ!こうでなければ、俺は今…成長している。忘れていた万能感が心を支配する…気がつけば鬼どもの屍のみが転がっていた。
「ふーーーっ」
息を吐き、息を吸う。呼吸を整え状況を確認する。どうやら斬ることに夢中になりすぎたらしい。悪い癖だ。そのせいで疎まれたのに…
約束の時間までもう間もない。急いで、クレハの元に向かわなければ。これでクレハが死んだら、白いのに顔向けできない。走りながらそう考える。今更だが白いの中心に物事を考えている自分がいた。