集落2
リードバックは集まった4人の側近たちに、自分の考えを伝えていた。戦いを重んじる鬼族であれば、リードバックを諌める者がいてもおかしくはないが、4人は卑しく嗤い、リードバックの考えに賛同した。
「それなら簡単にあの親子を手に入れられそうですね。」
頭部が岩に変形したような角を持つ細身で長身の男が軽い調子で同意を述べれば
水晶の結晶のような形をした角を持つ、長よりも更に大柄な男は…
「しかし…今までの長は何をしていたのか。やはり聡明なリードバック様がお考えになることは素晴らしい。」
と賞賛の言葉を送る。
巻角を持つ男は…
「それで、集落が安定するのならよいですな。」
最後に水牛のような角の男が卑しく嗤い。
「どんな声で泣くのか…どんな顔をするのか…早くハグレの這い蹲る姿が見たいものです。」
男達は、あの美しいハグレ…クレハを自分達に与えると言った長の言葉に簡単に同調した。
鬼の世界では力が全てだ。その中で長を除けばこの村でこの4人に勝てる者はいない。しかし、男達はクレハに勝てないことを知っていた。
自分達より強く美しい雌…出来ることなら手に入れたいと鬼族ならそう思うのは自然なことだ。特にこの4人はクレハが手に入るなら、どんな汚い手でも使うだろう。
実行に移していないのは汚い手を使っても勝てないこと分かっているからだ。腐っても4人は鬼族の強者である。戦わなくても、実力差が分かってしまうのだ。
ただ、長が戦ってくれるなら話は別だ。互角の戦いであれば、少しの加勢で勝ちは転がり込む。欲しくて欲しくてしょうがない物が、少しの危険で手に入るのだ乗らない手はない。
5人の男達は卑しく嗤い、襲撃の準備を始めるのだった。
ーーーー数日後、リードバックはクレハに決闘を申し込んだ。4人の側近は立ち合いの名目で四方に配置している。リードバックが合図を送れば、四方から攻撃する手筈になっていた。
『しかし…用心深い君がよく私と決闘する気になったね。性格は最悪だけど、頭は悪くないと思っていたのは勘違いだったかな?リードバック』
「様をつけろクレハ…いくらハグレとはいえ集落の長に対して失礼だろ。」
巻き角の男がそう口にすると、クレハは可笑しそうに笑い。
『集落の長?私は集落に組したつもりはないよ。私に勝ったらいくらでも偉そうにすれば良いさ。勝てればだがね。』
「貴様〜〜言わせておけば!」
「…やめろ!」
今にも摑みかかりそうな巻き角の男をリードバックは静止した。そして、クレハの方を向き剣を抜き放つ。
「直ぐにその減らず口も叩けなくなる。この俺様と一対一で戦うのだからな。」
『その自信が何処から来るのか?約束通り私が勝ったら変なちょっかいは出すんじゃないよ。』
クレハも鉈のような大剣を抜き放つ。クレハはリードバックの兵20数名が自分の家に向かっていることは知っていた。この動きは予想外だが、八乃介には危なくなれば逃げるように言ってある。
(ヤーノスケは攻撃力は低いが避けるだけなら私より上だ。殺すことは無理でも足止めして、あの子を連れ出すくらい余裕だろう。)
クレハの誤算は、リードバックが掟を守り一対一で戦うと疑わなかったこと…八乃介が20人相手に十分立ち回れる程度の実力があると考えた点である。
もし、クレハがリードバックが掟を破ること、八乃介の実力が予想通りでないことを知っていれば…もっと違う戦い方があったのだろうが…。
クレハは大きく踏み出すと、リードバックに斬りかかる。それを剣でいなしながら、リードバックも攻撃してくる。
ガッキィィイイイイン!!!ガッキギギギギィイン!
巨大な金属の塊がぶつかり合う音が響く。
リードバックは八乃介のように避けるようなことはしない。クレハの攻撃を剣で受け、時には空かし攻撃を返してくる。
丈夫な大剣を使っているから出来る芸当だ。刀は折れるものと考えて闘う八乃介には考えられないことだ。
とはいえ、剣が折れなくても八乃介は同じ戦法をとったであろう。何故なら、体重の軽い八乃介が鬼の攻撃を受け止めれば、吹き飛ぶか吹き飛ぶか吹き飛ぶかしかないからだ。
だから、クレハと長の戦いはクレハと八乃介の戦いとは全く別物になる。互いが攻撃する度に、金属がぶつかり合う異音が辺りに響き、身体が軋む音を本人達だけが聞いていた。
この戦いの理屈は非常に簡単だ。より早い攻撃を、より重い攻撃を、より堅強な体を持つ者が勝つのだ。
当初は側近の4人にも注意を払っていたクレハはいつの間にかリードバックのみに注意を払うようになる。実力が拮抗しているのだ。
早さではクレハ…攻撃力と堅強さではリードバック、互いに手を止めることなく撃ち合い続ける。数分が過ぎ、少しずつ手傷が増え始めた。ここでリードバックは岩のような角を持つ長身の男に合図をする。
槍を得意とするその男は、音もなく近寄るとリードバックの攻撃に集中するクレハの右腕を槍で貫いた。
『くぅか!…』
声にならない声を出して、剣を取り落としたクレハはリードバックの攻撃を転げながら辛うじて避けて距離を取る。
『…どういうことだ一対一ではないのか?それでも、誇り高い鬼族の戦士か!」
半分切れかけた右腕を庇いながら、リードバックを非難するクレハ…ここに至ってもクレハは部下が暴走しただけと考えていた。
「ふん、ハグレの貴様に掟など守る必要はない。今、大人しく降るなら命だけは助けてやる。」
『ふざけるな!…まさか、最初からこのつもりだったのか?』
クレハは信じられないものを見るようにリードバックを見る。こんなことがあっていいのか?鬼は個の強さこそ最上とする。このような所業は長であっても絶対に許されない。
『集落の者が知れば、お前は長ではいられなくなるぞ。』
「そんなもの知られなければ何のこともない。」
そう言うとリードバックはクレハに近づいてくる。さらに、それに合わせるように側近4人がクレハを取り囲んだ。
クレハは自分が時間までに帰って来なければ八乃介たちに逃げろと伝えていた。
(もし、私が死んでも…あの子さえ生きていれば、それでいい。左手だけでも側近の一人くらいは道ずれにしてやるさ。)
そう考え、クレハは立ち上がり抵抗しようとする。
その時、リードバックとクレハの間に鬼の頭ぐらいの物体が投げ入れられる…いや、それは鬼の頭そのものだった。
リードバックが目を剥く、その首に見覚えがあったからだ。20人の兵を率いて家屋を抑える役目を与えた男…実力だけでいえば側近と同等の力を持つ男だった。
その男を誰が?あの小娘が?残りの20人は?リードバックが様々な疑問を感じていると、一人の子供が暗がりから姿を表す。
「おいおい、一対一の勝負だって言うから見物に来て見れば…女一人に男五人がかりとは感心しねぇな!」
角も生えていない。少女にも見える…ただ、ハグレの小娘ではない。驚いたのは、その鎧や武器の装飾の見事さだ。リードバックはその美しさに一瞬目を奪われたが、すぐに現実に引き戻されることになる。
その少女?に攻撃しようとした巻き角の側近が一瞬にして首を刎ねられたからだ。リードバックは冷たい汗が背中を伝うのを感じた。