新しい生活2
朝…訓練のためクレハと打ち合う。刀を使う訳にも行かないので、木の棒での打ち合いだ。
クレハの繰り出す連撃を避け、反撃に転ずる。クレハが紙一重でそれを避け、俺に肉薄する。俺はあえて距離を置かずに、迎え入れた。
クレハの重い一撃を棒で受け流し、やや重心が崩れたところで、体重の乗った足を払う。大きく崩れた重心を戻そうとした勢いを上手く利用してクレハを投げ飛ばす。
力の差は大きいが、組み打ちの技術を用いてやれば投げることは難しくない。鬼どもも相撲のような力比べは行うようだが、力に頼りすぎている。
投げられながらも体制を整えクレハが立ち上がる。
「イタタ…何とも不思議な技だ…力ではこちらが上のはずなのに、気付くと投げられている。」
「白いのもだが、お前らは力に頼りすぎだ。」
そう口に出すが、明確な決着はついていない。剣の攻防で分が悪かったので、組み打ちに逃げたのだ。棒とは言え、あの馬鹿力で叩かれればタダでは済まない。
それに対してクレハの方は当たれば痛い程度のダメージしかないのだ…。
「ふふ…君みたいな子供にそんなこと言われるとはね。素手でも剣でもほとんど負けたことなんてないんだが…少し悔しいな。」
「何言っている。こっちの台詞だ。」
「どうしてだい?こうして私を制している君が、なぜ悔しいんだい?」
「お前…一度も本気で打ち込んでないだろう。」
これは初めて会った日からだが、クレハの攻撃は殺気が抜け落ちている。まぁ、もし殺すつもりで打たれていれば、俺は迷わずクレハの首を落としにかかっていただろうから、相打ちで死んでたかもしれないが…
「そりゃそうだ。子供に本気で打ち込むのは大人気ないだろ?怪我したらどうする?」
お前らの子供の基準で手加減されても大怪我すると思うけどね。とは言えそれは問題ではない。加減されているのは事実だ。
「だから…俺は子供じゃないと…はぁ、もういい…やめだやめ。」
話を聞かないのが分かりきっているので、話を打ち切る。こちらも、犬や鬼に使ったタメを作り威力を上げたり、腱を切ったりする技はやっていないし、ある程度は鬼の武術の傾向も分かった。とりあえずこれで良しとしよう。
「そうだね。あの娘も腹を空かせているだろうし、家に戻って昼飯にでもするか。」
「そうだな…そう言えば疑問に思っていたんだが…なぜ白いのは名前がないんだ?」
「ああ…この辺りの風習でね。精霊に守ってもらうため、産まれた時に条件を設定して、それを満たした相手じゃないと名前を付けられないんだ。」
「条件?」
「そう…娘ごとに条件は違う。そして、その条件は言ってはいけないんだ。言ってしまうと魔除けの効果がなくなってしまう。それに不思議と条件を満たさないと名付ける気が起こらないんだ。」
「そうなのか…。」
迷信だろう。ただ、そう言えば…俺は白いのの名前がないと聞いた時に名付けるつもりだったのに、ずっと放置してたな…まさかな…付けたいと思った花の名前を知らないだけで偶然だよな。
「あと…そう言えば…集落と関係が悪いと言っていたがどうして悪くなったんだ?」
「うーん、長が変わった話しはしたよね。本来は私のように集落から離れて暮らすハグレは許されないんだけど…前の長は、私が作る薬草の質がいいから一定数を集落に収めることで大目に見てくれてたんだ。ただ、新しい長は、それを許さないと言い出してね。」
「許さない?」
「うん、集落に住むか…あの娘を自分に差し出すかって条件を付けてきたんだ。集落では女は男の財物に近いから、保護する男がいないと共有物扱いで酷い扱いを受ける。そもそも、この辺りに先に住んでいたのは私の祖先のはずで、彼らがどうこう言うのはおかしいのだけどね…争いを避けるために薬草を納めてきたのだけど、その取り決めを忘れてしまったらしい。」
「そうか…ありがちな話だな。でも白いのを差し出せって…まだ子供だろう?養子にでもするのか?」
「うん…この辺りでは10歳を過ぎると婚姻しててもおかしくない。それに、長の奴はあの子がお気に入りらしいから、自分のモノにしたいんだろうね。もちろん、ふざけんなって突っ撥ねているけどね。」
「それはそうだな、それでそのクソ野郎の動きは?」
「今のところ何もないね。長は強いけど…私と同じくらいだし、力づくでは来ないと思う。なんせ、同族同士の意見の相違は一対一の戦いで決めるから…万が一、女に負けたら立つ瀬がないし、そんな危険は避けるはずだよ。」
「そうなのか?」
「うん…慎重な奴だからね。一番怖かったのはあの娘を連れ去られることだけど、今は君が見てくれているからね。それにあの娘には精霊の加護があるから、さっき言った条件を満たさないと手を出せない。つまりは現状維持をしていればいい。」
「それならいいが…」
話を聞いて嫌な予感がした。伝統や掟を守る奴ならいいが、相手が強硬策に出る可能性も捨てきれないのではないだろうか?前の世界の…自分の都合がいいように決まりを作り変えていった天下人の顔が頭によぎる。
なら新しい長がそうではないと言い切れるだろうか?まぁ、俺より長を知るクレハがこう言っているのだから口を出すのはやめておく、変に不安を煽っても仕方ない。
でも、俺は俺でしっかりと対策を立てておこう。そう思い…クレハ邸に戻る足を早めた。




