Pleasant
「随分楽しいよ」
私の言葉に二人は固まった。この時代に生まれ変わってからまだ一週間も経ってはいないが、この環境は驚くほど私の肌に馴染む。若返れたのもこっそり嬉しいしアクロバティックな動きが出来る体も素晴らしい。料理だって遜色無く出来るしモンスターを倒してお金を稼ぐなんてまんまゲームだ。子供の頃に読んだ漫画みたいな世紀末な世界で私は特別な存在になれている。物語の脇役から主人公に。可愛いあの子達は居ないけどきっとこの時代でも素敵な出会いは有るはずだ。困った事に私自身の事では不満は一切無い。
「命懸けで戦う事もか?」
「ああ。むしろ私は死のうとしていたくらいだし」
「仲間を失うかも知れない」
「それはとても怖い。でも人は平和な世界でも死ぬ時は死ぬんだ」
勿論死ぬほど嫌だが、避けられない事なのは理解している。中身は婆だからね。
「人の悪意も満ち満ちてるぞ」
「むしろ人なんて悪意が無くても人を苦しめるもんだろ? 覚悟は随分昔に済ませたさ」
婆だからな。分かってるんだ。全ての人間は平たく馬鹿で他人を傷付ける。もちろん私自身も予期せず誰かを傷付ける。そんな物なんだ、人生は。
「心は痛まないのか?」
「ずっと私の心は悲鳴を上げてきた。今はずっと穏やかだよ」
それでも私がこの世界を嫌になって逃げ出したくなる日は来るかも知れない。でも、一回は逃げ損ねた。次が無い保証は何処にも無い。
そこまで言って何故か私は泣いていた。衝立の向こうのハルさんも私の嗚咽には気付いたかも知れない。
強がってみせても前世の私は傷付いていた。どうしようもない事なのに、そう分かっているのに。両親を、兄貴を、兄さんを、あの子達を失って私は……。世界を恨むほど強くなかったから、逃げるしか、出来なかった。
博士が私を気遣ってくれる。
「生まれ変わったばかりのミズキの精神は全く安定していない。余り深い質問はしない方が良いな」
「すまん、ミズキ」
「いや……良いさ」
私にとって、思った以上に人生はキツかったんだな。そう思うと少しだけ、本当に少しだけ胸が締め付けられた。
◇
私はいつの間にか眠ってしまったらしい。布団の暖かさにすがりつつも目を覚ますと…………私のベッドにもたれかかってハルさんが寝ていた。
「ぴぃやっ」
凄い変な声が出たがハルさんを起こしてはいけない。慌てて口を、両手の平を重ねて抑える。そうした後で「幼女か」と、自分にツッコミを入れた。
ハルさんの寝顔を見ていると不思議と胸が熱くなる。何時からだろう? 私はもう恋なんかする事は無いんだろうな、と思っていた。
人は皆好きだ。大好きだ。でも私は何の悪意もない他人に傷つけられる事にも、傷付ける事にも飽くほど経験が有る。人は好きなのにどうしてもそれが重くなる。逃げ出したくなってしまったんだ。
でもやっぱり私は人が好きだった。何を考えてるか分からない博士でも、馬鹿だけど優しいヒロユも、ギルドの人達も、ファタリテートの皆も、そして、ハルさんも。…………本当は分かってる。そんな人達皆に何処か暗い所が有ったり、無意識に人を傷付ける部分が有ったり、そんな事は長く生きてるんだから分かってる。ただ、私が弱いから耐えられないだけだ。
だけど。
この人生だけは私は、せめて人から目を反らさずに生きていこう。少しだけ、少しだけ強く生きられる気がするから。
私は眠るハルさんの頬に、そっとキスを落とす。それが恋になるのかは分からないまま。
◇
「お早う」
「……うん、姉さん、もう少し寝させ……て?」
「ハルさんのお姉さんっているの?」
寝惚けて前世の記憶でも思い出したのかも知れないな。ハルさんの寝言を聞いてしまった。ハルさんは頭をゆっくりもたげて先に起きていたネグリジェの私を寝惚け眼のままマジマジと見つめてくる。恥ずい。
「おわわっ! み、ミズキ!」
「昨日は激しかったね」
「ななななな、何があっ?!」
「戦闘が」
そこまで言ってからかわれているのに気付いたんだろう、ハルさんは私の鼻を摘まんできた。
「いだだだだだ……ごみぇんなふぁい!」
「ミズキい……」
駄目だ、これは本気で怒ってる。しかし私は性格だけは悪いんだ。
「あと、御馳走様」
「何が?」
「寝てるハルさんの頬にキスをしました」
「ふあっ?!」
言ってから自爆した事に気付くんだよね。顔があっつい。パタパタと手のひらで顔を扇ぐ。
「さて、そう言えば狩りに行くんだったね」
「ああ。ああ、俺このまま寝てたのか」
「心配してくれて有り難う。愛してる」
「ああ、あああああ!?」
「着替えるから出ていってね」
くふっ。本当に私は性格だけは悪いな。さあ、本当に着替えなくては。
地下とは言え、砂漠の朝は酷く冷え込むし、外出時に日差しを避けるにはやはりコートやマントが必要だ。軽く着られるショートワンピを着てから寒さを抑えるカーディガンを纏い、最後に何時ものダッフルコートの赤ずきんになって私は部屋を出る。
ハルさんがスッゴい嫌そうな顔をしていたので笑い転げそうになった。鼻を摘ままれた。
「お前ら仲良いな……。あ、こんな時はあの台詞か」
「嫌な予感しかしないが何だ?」
「ゆうべはお楽しみでしたね! っていだだだだっ!」
カガミ博士も鼻を摘ままれた。物理でやり返すのは良くないぞハルさん。全く子供だな~。……私の考えを読んだのかまた私の鼻も摘ままれた。
「鼻が高くなったらどうする!」
「それ以上可愛くならないから大丈夫だ」
「……」
かわっ……。思わず黙る私を見てハルさんは厭らしく口角を吊り上げる。やられた。
「ハルさんの朝飯は抜きだな。ベーコンエッグと温野菜たっぷりのスープとチーズサラダの予定だったが……」
「ごめんなさいもうからかいません」
胃袋を掴んだらだいたい勝ちだ。前世でもこれで大分勝利をもぎ取ったからな。
「私も食えるのか?」
「ああ、台所貸してくれ博士」
「良いだろう」
私の料理は晩酌時のツマミを除けば概ねシンプルで馴染み深いものに一手間を加えるスタイルだ。その一手間が奇抜だったりするが。
ベーコンエッグは油は引かずベーコンに焼き目を付けてから卵を乗せて火を弱火に落とし、水では蒸さないで低温調理でぷるぷるに仕上げ最後に胡椒やオレガノを加えるとか、温野菜のスープには出汁をしっかりと取って塩と醤油、酒などで味付け。マイタケやレタスなんかの変わり種も入れて独特の香りがするクローブもしくはオールスパイスと、胡椒、オリーブオイル(どれもギルマスにもらった)を加える。チーズサラダはレタス、水菜にかなり薄切りのトマト、リンゴスライス、粉チーズか細切れチーズに手作りのオリーブオイルメインのドレッシングをかけてシャキシャキのサラダにしたり……。ご飯は蜂蜜を入れて炊いてある。お漬け物は軽く湯がいた白菜に醤油と塩こぶを加えて揉み込んでいる。ドリンクは暖かい玄米茶。
朝は味噌汁って人もいると思うけど私はある拘りがあって今は味噌汁は作らない。
他にもベーコンエッグにクミンパウダーやガーリックパウダーを少量隠し味に使ったり色々やってるけど、まあそれは良いか。手早く三人前を作って博士とハルさんに提供して、私も席に着く。
「うまっ!」
「良い腕してるな」
「まあ地味な料理ばかりだけどね」
派手な料理は本当に無理だ。気合い入れたら出来るけど。手間がかかる料理って作り置き出来る煮物を除いては居酒屋だと出し辛いし、お酒のツマミも飲みながら作るからだいたい短時間で出来る物がメインになる。
一口スープを啜り、おもむろに博士が告げる。
「今日のBブロックの探索は私も同行するからな」
「危なくないの?」
「こう見えてもAHなんだが」
そうだった。彼女も人造人種AH。つまりカガミ博士は研究者ながらも戦える人なのか。私より小さいし、度数が入っていないファッションではあるのだがインテリ眼鏡な外見のせいもあって、全然そんな風には見えないのだが。
SFは割と人気無いですよね。なろうだから?
もうすぐSFの世界に手が届くからかも知れませんね。