Master
私がおやっさんより美味い物を作ったらしい、と、軽く騒動になった。ヒロユをからかって注目を集めていたからだ。また失敗したか。更にこのおやっさんがなんと、ハンターギルドのマスターだったらしく、そのマスターは私を「師匠」と呼び始めた。マスターのマスターかよ。
「なんかもっと作ってくれよ~!」
「師匠なら幾ら食材を使っても構わねえぜ!」
普通こう言うギルドでギルマスに認められるのは戦闘力とかじゃないのかね。まあテンプレートなのも詰まらないから良いんだが。結局料理をするのは私の運命みたいだ。やってみるか。
「仕方ない、チャーハンとか焼き魚とかくらいしか作らないからね?」
「それで良いぜ!」
「俺も!」
「ヒロユは金を払えよ!」
「ひでえっ!」
おやっさん……マスターには場所も材料も借りてるけどヒロユはただの客なんだから当たり前だ。
白身の魚をムニエルにしてイカと葱のソテーを同じ皿に乗せて出してやるとバクバク食い始めた。白身魚のムニエルは一般的なレシピなので割愛。カリッと焼き上げたコンソメ風味だ。イカと葱のソテーはまずはイカを一口大に切り皮面に切れ目を入れて、にんにくと酒、塩とオリーブオイルで軽く炒め皿に一旦避け、その汁で葱を炒めるのがポイント。余熱が入るからイカに火を通しすぎないように気を付けて。葱を全体に熱が充分通るように炒めたら一旦火を止める。その後蓋をして数分休めてからイカを戻して絡めて熱を通したら胡椒を振って出来上がり。箸で綺麗に盛って汁はスプーンで適量かけておく。
それらを二人が食べる間に厨房に有った作り置きの鶏ガラスープで出汁を取ったワカメスープを作り、もう一品は卵とチャーシュー、にんにくと、少し多めに葱、調味料は塩胡椒、軽く粉末出汁を使った簡単なチャーハンを作ってやる。葱は途中と最後の二回に分けて入れる。鰹節を少し乗せてふんわり薫らせても良いな。
二人はスープで口を潤しながらガツガツチャーハンを食った。これは少し残してスープチャーハンにしても美味しい。チャーハンの隠し味には砂糖が使ってあるんだが気付かなかったようだ。後でレシピを教えたら二人とも驚いていた。チャーハンに砂糖を入れるのは中華料理屋では良く使われている隠し味だ。
二人の様子を見て他の、初めて会ったハンター達まで私に注文してくる。……なんだかんだ言っても私は料理屋の仕事に未練が有ったみたいだ。楽しかった。
やがて手続きを終えたハルさんもやって来て、ファタリテートのメンバーも集まって宴会が始まった。私はマスターに後を任せて、自分もカウンターに座って最後に自分用に作った焼き魚をつつきつつ、ビールをあおる。火照った体に冷たいビールが気持ち良い。
「やるな、ミズキ」
「ハルさん」
私の隣に座ったハルさんはこちらにカードとドッグタグ、数枚の紙幣を渡してきた。ハンター証と小型アイアンイーターの討伐報酬、二万四千円らしい。有り難くいただく。
「カードに入金しておけばカードの使える店も多いし現金じゃなくても良かったんだが、初報酬だろ?」
「確かに現金で貰うと実感が湧きますね」
「だろ?」
流石はハルさん。見た目は中学生だが、気遣いの出来る大人だ。横で酒食って寝込んでるヒロユとは違うな。
「あと、敬語じゃなくて良いぞ。なんか距離を感じるし」
「じゃあ、遠慮なく」
まあ呼び方はハルさんのままだけど、私もその方が気楽だ。ハルさんは私が作り置きして並べておいたイカと葱のソテーをつまみ、咀嚼しながら皿を見詰めて小さく「美味いな」と、呟く。
それが、妙に色気が有った。
◇
暫くは私はクラン、ファタリテートと共にイーターの狩りをする事になった。博士からは時折ミッションが与えられるらしいが今は私の経過の観察があるため、特に指令は出ていないそうだ。それでも、私達AHはメンテナンスにお金が掛かる。その為ハンターとして賞金稼ぎに勤しむ事になるわけだ。
「大型イーターは見た事無いだろ?」
「ああ。ハルさんは散々討伐した感じか?」
「まあな」
「でけえからビビるぜ~ッ!」
私達はフード付きのコートのまま砂漠を駆けている。そのためその男がヒロユだと遅れて気が付いた。
「それでヒロユは小便臭いのか。ビビりすぎて毎回漏らして」
「そうそう……って違うし!」
「ビビらなくても常に漏らしてるから臭いのか」
「漏らしてねえし臭くもねえわっ!」
「AHは鼻も良いからな。俺も常々何か臭うと……」
「だから臭くないからねっ?」
いつものように私はハルさんと一緒にヒロユをからかう。鼻を摘まんでニヤッと笑うハルさんが魅力的で、釣られてついニヤリとしてしまった。そうしているうちに、まだ地上に残っている巨大な建造物が見えてきた。
「ビルも有るんだな」
「幾らかは残っているが、この辺りの物は人が住める状態ではないよ」
ビルなども流石に数百年も放置したら風化するはずだ。何かそんなドキュメンタリーを見た記憶が有る。世界から人間がいなくなったらあっと言う間にビルが風化してしまうんだよな。恐らくは氷河期が終わってから、ルビーレインの日の後にイーターが現れる前に建て直された物なのではないか。
「大体合ってる」
「殆どは建てかけで放置されてるがな」
しかし、廃墟って言うのは気が滅入るな。やがてその廃墟のビルの一つに、数十メートルは有りそうな黒い芋虫がくっついているのが見えた。
「でかい……」
「うん、中々に大物だ」
「こりゃ一千万は貰えるか?」
「一千万?!」
このイーターと言うモンスターはナノマシンや建築に使われた資材の塊でもある。大きければ討伐が困難で軍隊が必要になることもある。それをクラン単独で駆逐するとなれば、当然討伐報酬も高くなるらしい。
「一人で討伐する奴も居ない訳じゃないがな」
「ミズキも馴れたら大型のアイアンイーターくらいなら狩れるんじゃないか?」
「私が?」
一人で一千万丸儲けか、涎が出るな。まあ、回収費用はかなりかかるんだろうけど。それはファタリテートに頼めば良いみたいだ。
「今日は俺の動きを見ていてくれ。勉強だ」
ハルさんはかなりやる気のようで、しきりに武器のチェックをしている。ガシャガシャとお気に入りの玩具を弄っている少年みたいで少し微笑ましい。そう言えば……。
「そう言えばファタリテートはAHが一人しか居ないんだな」
普通のクランならAHは数人居るらしいがAランクのクランで有るにも関わらずファタリテートのAHはハルさんただ一人。気にならないのがおかしいが逆に聞きづらい事でもある。そう思った通り私の疑問を聞いたヒロユが眉を潜める。やはり聞かれたくない話だったか? その質問にはハルさんが答えてくれた。
「俺の彼女がAHだったんだがな」
……亡くなったのか、別れたか……? どちらにしろこれ以上入り込んで良い話では無さそうだ。気になるが仕方有るまい。
「悪かった」
「気にするな。俺達がマンイーター狩りをしていた時だ」
私は話を打ちきろうとしたが、ハルさんは私に話しておきたかったのか立ち止まって、その彼女が亡くなった経緯をポツポツと話し始めた。
◇
マンイーターは人間を好んで食らう危険なモンスターだ。住民の残る地上の区画に現れた場合等はハンターギルドに討伐依頼が出される。討伐難度は極めて高いがその分は割も良く、一体二百五十万で十二体、何てミッションも普通に有るそうだ。それだけでなく常時討伐でも最低で三万から高ければ一千万程にもなるそうで、腕の良いハンターの中には、月に一匹中型のマンイーターを狩って後は遊んで暮らしている程の者もいるらしい。
その大規模な群が住民の住む区域に接近。ファタリテートは嬉々としてその任務を受けた。当時のファタリテートはAH五人も抱えていた文句無しのトップクランだったそうだ。Aブロックの区画長の信任も得ていて勢いに乗っていた為にこの任務も楽勝に思われた。事実少し余裕な空気に包まれていた。
奴が現れるまでは。
「レミ、ヨイチ、サクラ、マサキ、俺で攻める。AH以外のメンバーは回収部隊だ」
「了解、ハル」
その任務にはヒロユも参加していたそうだ。回収部隊としてすぐに戦場から遠い待機場所に回り、通信を待つ。するとほぼ同時にビルの屋上で監視をしていたAHメンバーのヨイチさんがメンバー随一の視力でターゲットを見付け出す。
「……さっそくお出座しだ……」
「ヨイチ、何時も通り援護を頼む!」
「ああ、分かってる」
ハルさんの恋人、レミさんと、マサキさん、サクラさんはそれぞれ散開し、既にマンイーターを何体か狩っていた。そしてスナイパーのヨイチさんが全員のサポートを、ハルさんは討ち漏らしを狩っていく。その時だ。ファタリテートメンバー全員の元へカガミ博士からの通信が入った。
『正体不明の大型イーターが接近している! コモンメンバーを下がらせろ! お前たちは対象を調査してから撤退だ!』
どうやら未確認の大型イーターが現れたらしい。大型イーターは非常に危険な物が多い為に、AHじゃない一般人のメンバー、所謂コモンメンバーは撤退を開始する。ヒロユはAHメンバーと連絡しつつ撤退組に加わった。……酷く嫌な予感を覚えながら。
「まじか~。タダ働きかあ?」
「仕方ないよマサキ。調査任務の報酬は出るよ?」
『ああ、このスピードだと危険な大型マンイーターの可能性が高い。調査報酬は期待して良いぞ』
「ラッキーだね~ハル」
「油断するなよレミ!」
五人はビルの間を縫うように駆けながら邪魔になるマンイーターを出現する度に片付けつつ進んでいく。
…………そして、それは姿を現した。今、ビルに張り付いているアイアンイーターに見劣りしない程の巨体、赤く光る瞳、白金のように白く輝く鎧のような装甲。もし映画の中に入れるなら正に某恐竜映画の中に入ったかと錯覚するような形の化け物。それはその場の誰もが見た事がない異様を纏ってハルさん達の前に現れた。
「ルビー……イーター……」
それは大型マンイータータイプの、絶対に接近してはならないと言われる最強のルビーイーターだった。一瞬全員が凍り付いたように動けなくなる。そしてその隙を見逃してくれるルビーイーターではない。サンルビーから引き出された極端な高出力の肉体による突進からの踏みつけに、まず中央を走っていたハルさんが巻き込まれた。
「ぐおっ!」
「ハル!」
駆け寄るレミさん。彼女もまた、遺伝子操作により超人として生まれたAHの一人である。楽々とハルさんを抱えて飛ぶ。しかし相手は、誇張かも知れないが、一個で発電所のタービンを一週間は回せると言われるサンルビーを更に数百個分も集めた高エネルギーを動力源にしているルビーイーターだ。その中でもマンイータータイプのものは恐ろしいスピードを持つ。……このままでは追い付かれる。
「レミ、俺を置いて逃げろ!」
「むうう……」
「AHでもあれは無理だ。みすみすルビーを奪われるだけだ……」
「じゃあ、置いてく」
「え? おい、何をする気だ……?」
「あれを狩ったら一億は堅いでしょ? 殺ってくる!」
「ばっ!」
レミさんはハルさんをビルの影に隠し、ルビーイーターに向かっていった。軽口は叩いたが間違いなく、ハルさんを、守るために。
その後の事は皆が言い淀んだので詳しくは分からないが、レミさんは死に、ルビーイーターはヨイチさんのライフル弾を眼球に受けて逃げていったそうだ。
隻眼のルビーイーター。その存在がハルさんと、そして私自身の因縁の始まりとなる。
その後、まずはヨイチさんがファタリテートを抜けた。ライフルのレンズ越しにではあるがレミさんの死を目の前で見てしまった事や自分が迷わず撃っておけば助かったかも知れない事、ハルさんの顔を見ていられなかった事等が理由らしい。その後に抜けたサクラさんとマサキさんはレミさんの死とヨイチさんの脱退が契機となったのか、Aブロックからも出ていったらしい。
話し終わったハルさんの顔は、悲しげに歪んでいて、それは自嘲をしているようにも見えた。