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Starting over

 水の中。


 ゆったりと私の体を、冷たくも柔らかなふわりとした感触が包む。

 それはまるで原初のプランクトンが生まれた海のよう。それはさながら全てのものが産まれて来るために入る母のたいのよう。

 私は当たり前のようにそこで死に、私は当たり前のようにそこで生まれ変わる。たゆたう水に揺られる、さながら海月くらげのように私はその水に溶け込んでいて、安らぎと共に胸を焼くような苦しみに包まれている。


 それが私の最後の記憶であり、最初の記憶だった。


 Starting over





(ここは……)


 初めには、四十も過ぎて酔っ払って道端で寝込んだあげく誰かに家に連れ込まれたのか、と思い戸惑った。しかしどうも今まで見たこともない風景で、もし天井に顔が向いていたら有名な既に使い古されたあの台詞を使う場面だった。

 しかし今はベッドに横たわるのではなく何かの器、ポットのような場所の、その中で私は直立した状態で縛られて青白い壁を見詰めている。目の前には青色の壁が見えるのでこの場合「知らない壁だ」とでも言うべきか?

 だが私の中に突然現れた幾多あまたの知識が私にそのありがちな発想をさせなかった。私がいるこの時代は三千とX年。私の生きていた時代よりも千年も未来だ。


(ど、どうして……)


 私は海際のかなり高さがある鉄橋の欄干から飛び降りたはずだ。特に死にたかったわけじゃないが、何となく兄貴やあの子達や、あの人の後を追いかけてみたくなった、それだけの事だ。皆を追い掛けて高い橋から飛び降りたのだ。狂ってる? 

 ……いや、当たり前の感情だ。

 失った多くの家族を、私はただ、追い掛けた。


 私はスポンサーをしてくれていた兄さん(血の繋がりは無い方)のお陰も有って小さな居酒屋を開いていた。小さい店だったが私の料理が受けてか中々に繁盛していた……のだが。

 従業員の子達も可愛かったのだが、ある時、そのうちの一人が事故で死んでしまったのだ。思えば元気で美人な彼女目当ての客が多かったのだろう。それから少しずつお客は減っていった。それでも離れない固定客は居たのでそれが理由と言うわけではないのだが、何となく飽きてしまったのだ。たくさんの人と絡む料理や接客に。

 彼女が亡くなってから数年後には、既にバイトは辞めていた元店員の子も事故に遭って亡くなったらしい。若い奴ばかり先に逝きやがって……。

 だからか、少し疲れていたんだろう。多少思い入れも有った店をあっさり畳んで、今日、私は橋から飛び降りた。

 暑かったから泳ぎたかったんだ。そう言う事にしておいてくれ。


 しかし、今のこの状況は……。どう言う状況なんだ? 私は幾つかの管に繋がれ、マスクをされ……。あれだ、どこかの戦闘民族の王子様が傷を癒してる状況になっている。古いか。仙豆下さい。

 まあ私の今の体は十四、五歳相当らしいが。何故分かるかって言われても私も分からない。そう言った様々な記憶が私の脳に刻まれているのだ。

 その新しい記憶たちは不思議と私に馴染んでいる。これがどう言う事なのか、目の前にいる銀髪のショートヘアでノーフレームの眼鏡を掛けた透き通るような青い目、と同じようなきらきら輝く銀髪の、輝く白く、白い肌の十二歳ほどに見える少女に聞けば分かるのだろうか?


「お目覚めかね、魂さん」


「あうお……あふふ」


 マスクを取れ。喋れない。そう言ったと思う。マスクが邪魔なので普通には喋れない。


「混乱しているようで悪いが暫くそうしていてくれ」


 その可愛らしい眼鏡少女は私の状況を理解しているとでも言うかのように笑うと、カチャカチャと古臭いキーボードを叩いたり各種の機械のモニターなんかを調べたりしながら、何等かの作業を進めていく。

 ……キーボードが古臭い? 何故かそう思った。何故か。頭の中にはこの時代に汎用的になっている空間タッチパネルの情報が有る。クリスタルインターフェースの前で適当にキーボードやスマホのそれ、幾つも有る入力方式を声で指定すれば擬似的なそれが空中に現れて入力出来るようになるシステムが現在のデファクトスタンダードらしい。デファクトスタンダードって言うのは、誰かが決めた訳では無いが常識的に使われるようになったもの、つまり結果的な標準だな。事実上の標準……詰まるところ、一般的になりすぎて認めざるを得ない公式みたいなものだね。

 Wind○wsみたいなもんだ。デザイナーさんには良いかも知れませんがアッフ○ルは互換性ありませんよーって一昔前は言われていたんだよな。今のパソの計算速度では問題にもならないが。

 閑話休題、話を戻して。キーボードの話か。

 学者の中にはそう言ったタッチしている実感の無さを嫌う人がいて……。

 ああ、そう言う事か。そんなSFの映画見たことあるわ。何の映画だったか忘れたけど古くさいマシンを愛用する学者とかセオリーみたいに出てきたよね。SFは好物の一つだったからなぁ。覚えてる。洋画ではデイ・アフター・トゥモ□ーが一番好きだ。あれはSFじゃないか。

 はは、しかしこの状況は若い頃憧れたSFの世界のようだね。四十過ぎてこんな夢を見るとはな。…………いや、現実感はある。実感がこれが現実であると主張するように、水の温さをもって肌を刺している。


 前世、うちの店員の子の友達が良くカウンターでライトノベルを読んでいて、その中に異世界転生なんて物語が有ったのを思い出す。私自身が暇だったのでその内容に興味が有って、幾らかタイトルを教わって読んだから覚えている。

 あの子は確かナミエちゃんと言ったか。面白い子だった。うちの店員の子、シズクちゃんは彼女をストーカーとか言って表面的には嫌っていたが、シズクちゃんは人が好きなようで、強く拒絶もしていなかったな。微笑ましかったな。閑話休題。

 過去を思い出しているうちに私に課されていた、と言っても苦痛は伴わない作業は終わったようだ。体の回りの液体が抜かれ、マスクも外される。





「さて、体調はどうだい?」


 私の眼前に居座る少女は随分と大人びた印象の言葉遣いをしている。それが彼女が見た目通りの年齢ではないと感じさせた。

 体調は……吐き気に頭痛、それに死に際の苦悩や過去の悲劇を思い出していて余り良好な心理状態とは言えないな。しかし。


「最高だよ」


 なんか映画を思い出していた乗りでハリウッド映画みたいな返しをしてしまう。黒人が主役の乗りの良い奴が好きだったんだよな。最近はアフリカンジョークが流行りになったせいで日本に回ってくる映画に黒人の主役が使われなくなってしまったらしいが。

 私は高校も田舎の出来の悪い私立をなんとか卒業したレベルだったが、暇だったので、そう言う暇人向けな? 学業とは離れた趣味の知識欲は割と強かったのだ。


 ふと自分が裸なのに気付き、顔が熱くなる。妙だ。以前の私ならこれくらいの事は、言うなれば医者に裸を見られる程度の事は気にも止めなかったのに。体が若いからか精神構造まで若返ったようで、やんちゃしてた時期のような感覚になっているのだ。この体の年相応な脳内麻薬が相当に強く働いているらしい。

 実年齢! 私ゃもう四十過ぎなんだ! と、強引に気持ちを落ち着かせていく。


「やはり目覚めたばかりでは安定しないか……。バイタルは……、だいぶ偏頭痛がしてるんじゃないか? 痛み止めを入れるが寝るなよ?」

「ぐっ……!」


 私の体に繋がれたままだった管から何かが注ぎ込まれ、少し眠気を感じたものの頭痛は和らいだ。モルヒネか? 偏頭痛が酷いとモルヒネを打たれるんだが、友達に言ったらモルヒネなんか麻薬だしそんなに簡単に使わないだろう、とか言ってたな。偏頭痛が酷いと普通にモルヒネは使われるぞ。


「助かった」

「ふふ、君の言葉を借りるなら、……くそったれな(ファッキン素晴らしい)未来へようこそ」


 その、まるで洋画のような発言に吹き出してしまいそうに……吹き出した。


「ぷふっ、あっは、あははは!」


 チープな乗りが私の若返った精神を調えるような働きをもたらす。この頭の中に入れられた幾らかの情報から現状を把握していく。今の時代には地上は廃墟と砂漠しかなく、人は地下に潜って生活せざるを得なくなっているらしく、ここも地下にある個人の研究施設だ。『ミラーズラボ』、目の前の少女は成人であり、このラボのオーナーであるカガミ=シドウ。色々知識は流れてくるがとりあえず切り上げて。


「カガミ、で、良いか?」


 まるで数年も言葉を発していなかったかのように喉が重く、言葉に詰まる。しかし情報収集は必要だろう。この辺りは四十歳の精神だ。そう言えば裸ももう慣れたか。


「博士って呼ばれた方が落ち着くかな。二~三十年はそう呼ばれている」

「あんた幾つなの?」


 見た目十二歳前後(小学生)。年の離れたお友だちのナミエちゃん曰く、ロリババアと言う奴か。今の私も似たようなものだから指摘は出来ないが。


「純情可憐な乙女に年を聞くな、恥ずかしい。一応この時代に来てから四十年になったところだ」

「ロリババアだな」

「お前さんの中身は幾つなんだ?」

「似たようなもんだ」

「君もロリババアじゃないか」


 わはは、と、二人で笑う。四十女が二人してロリババアかよ。

 少し落ち着いたので頭の中にデータは有ったがカガミ博士に聞く。


「私の状況をおさらいさせてくれ」

「構わんよ。ああ、君の名前は?」

「……私の名前は……」


 君の名前は……。なんかそんなタイトルの映画有ったな。私の名前は岸本瑞希。この時代ならミズキで、名前だけで良いのかな。ガンダ△っぽくミズキ=キシモトでも岸本瑞希でも良いらしいが、現代、千年後のこの世界では普通は名前だけか名字だけを名乗るようだ。どうしてそんな事になってるのかは知らないが、とりあえず。


「ミズキだ。よろしく頼む」

「ああ、あらためて、私はカガミ=シドウ。人によってはカガミ博士とかラボの名を取ってミラーズさんと呼ぶ。よろしくな」


 そう言って彼女、実質的に私を蘇らせた私の感覚的には奇跡の人、カガミ博士は、少年のように歯を見せて笑った。








 SFで言う千年先は、やがて訪れるかも知れない未来と言う意味が有るそうで、現実的に見ると千年先なら量子コンピューターに支配されたりしてるだろ、とは思うんですが、分かりやすく楽しく、ゲームのような未来が訪れると良いなあ、みたいな感覚で書いたお話です。完結できたら良いんですが。

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