三話「新入生歓迎試合」
銀の匙亭は酒場の一つ。ただし入館する条件にレート戦上位ニ割であること、というものがあるために殆どの人は寄り付かない。
しかも提供されるメニューもゲーム内通貨を有り余らせているプレイヤー向けにインフレしており、どれだけ飲み食いしても現実の腹は少しも膨らまないので利用者は少ない。
因みに、入店自体が有料のコンテンツだ。結局、ここを訪れるのは専用ルームをあてがわられているプロくらいである。
平日昼間ということもあり、ピークよりもずっと人通りの少ない大通りを進む。
銀の匙亭は対戦を始めるためのマッチングセンターに近い立地にあり、サークル企画のローカルマッチに参加するにしても悪くない待ち合わせ場所だ。
マッチングセンターの手前で一本道をそれると、そこに銀の匙亭はある。
新庄が思っていた通り、店の周囲は人が少ない。店の前に辿り着いた彼は、そこに鮎川に聞いていた通りのアバターを見つけた。
「ごめん、待たせた」
「大丈夫だよ、じゃあ行こうか」
鮎川のアバターは明るい緑色のローブを着た女性エルフだった。顔の造形は現実に近いので違和感はほとんどない。
ただ新庄にはそのローブに見覚えがあった。
それを聞いていいものか迷いながら、しかしはっきりさせたいと思い、彼は隣を歩く鮎川にそれとなく聞いてみる。
「あのさ、その服なんだけど」
「これ? 去年のレート報酬で手に入ったやつ。気に入ってるんだー」
レート報酬。それは年一回行われるレートリセットまでに、サーバー内レート上位二割以上であると手に入るアクセサリーである。
一応は新庄も手に入れているが、その道は苦難に満ち溢れていた。
彼女は宣言通り、自分の想像以上の実力者らしいと、彼は内心で侮っていたことについて謝った。
それから高校の思い出について話しながら歩いていると、マッチングセンターが見えてくる。
マッチングセンターはギリシャの神殿をイメージした大理石の建物だ。中に入ると見た目よりも広い空間が広がっており、中にいればメニューからでも試合への参加ができる。
普段の新庄はアプリの起動をすると直ぐにここにテレポート、試合開始を繰り返しているのだ。
ただし、それはランダムマッチの場合だけ。知り合いとプレイするには違う操作が必要なのだが、新庄はそんなことをしたことがないので分からなかった。
「ローカルマッチはニ階だから、階段上がるよ」
その状況を察した鮎川に率いられて、二人は二階に上がる。
二階には他に人が居らず、カウンターがぽつんとあるだけだ。
鮎川はカウンターに近づいて、専用メニューを引き出した。
「天地LoDサークル歓迎会、作成者と鍵は……うん、大丈夫そうだね」
すらすらとパスワード付きのローカルロビーへの入室手続きを進めていくのをただ呆然と眺めていた新庄は、突然に目の前にフレンド申請と入室確認メッセージが出てきて気を取り直す。
「はい、承諾して」
「おーけー、承諾、承諾」
次の瞬間には、殺風景だった空間には椅子とテーブルに各種酒とつまみが並び、それを囲むように二十人ほどのプレイヤーが寛いでいた。
「お、来たか。これで最後だよな……」
一人のプレイヤーが人数確認を始める。その顔は中谷そのものだった。
彼だけではなく、他の人もアバターでなく現実と変わらない姿になっている。
ただ服装だけはアバターから引き継がれたようで、部屋はコスプレパーティー状態である。
「もしかして俺もアバターじゃなくなってる?」
「サークル歓迎会だし、アバターオフでも良いでしょ。はい飲み物」
「うーん、そうか。ありがとう」
鮎川は慣れているのか新庄の感覚がおかしいような反応だった。
ただ、親睦会をアバターでやるのも顔を覚えられなくて不便だと思い直し、席に着く。
「よし、人数大丈夫だね。それじゃあ第一試合始めよう」
中谷に名前を呼ばれたプレイヤーが、試合を行うフィールドに繋がる扉へと進む。残りはロビーで観戦だ。鮎川と新庄は第二試合に出場予定であり、一戦目はサークルメンバーの実力を測るつもりである。
特に国内の猛者である上級生のプレイには非常に興味があった。チーム分けを手動で行いマッチング成立。試合が始まる。
観戦希望は特等席だ。最初に現れたのは法廷のような場所。五人と五人が横に並び、向かい合いながら投影型ディスプレイを前に考え込んでいる。距離は近いが観客の声は届かず、傍聴席の位置から眺めることしかできない。
法壇のあるはずの場所には観客からでも十分に見える大型ディスプレイがあり、そこには各プレイヤーの名前と黒い枠が合計二十映されている。
「BANPICK始まったね」
「ヴァレンタインはBANか」
黒い枠の一つに赤いキャラクターのアイコンが表示されるのを見て、鮎川と新庄は納得気に頷いた。
一般的にMOBAの勝利条件は同じだ。相手チームの本拠点を破壊すれば勝利となる。
しかし、そこに至るまでには道中にある中継拠点を破壊しなければならない。本拠点への道は三つに分かれており、中継拠点は各道に二つずつ配置されている。
LoDの基本ルールは五対五のチーム戦だ。各プレイヤーはソウルと呼ばれる使用キャラクターを選び、ソウル特有のスキルを駆使して戦う。
そのソウルに直接的な相性などはないのだが、スキルの関係上で苦手とする相手はいる。多くのMOBAでは、自分の使用キャラクターを選ぶ前に、使わせたくないキャラクターを使用禁止にできる。LoDでは一人につき一体禁止でき、その行為をBANと呼ぶ。
ヴァレンタインは現バージョンで最強と言われており、ほとんど毎試合でBANされていることで有名だった。
全員BANが終わればPICKフェイズに移る。ここでは各チーム交互にソウルを選んでいく。既に選択されたソウルは使用できないため、最後のプレイヤーはBANと合わせ十九体のソウルは選択できない。
そんなPICKも終わり、十人の使用ソウルが出揃った。十人は猶予時間の経過とともに本拠点に送り出されていく。
観客は不正防止のために二分遅れた記録を観戦するシステムだ。
「これ、かなりマジだよな」
新庄の隣でPICKの様子を真剣に見つめていた新入生の男が呟いた。
そして全く同じことを新庄も感じていた。そうなのだ。歓迎会、交流会と言いつつも、選んでいるソウルはお互いに本気。BANは現在強いと言われているソウルばかり。PICKは相手に対して有効なものを確実に確保している。
それは相手の得意を潰すプロ大会とまではいかないが、高レートが本気で戦う時の様相を呈していた。
やがて二分が経ち、観客も戦場を俯瞰できる席へと移動する。プライベートな試合なら個室観戦だ。テーブルと試合のズームを映すディスプレイが置かれていて、戦場側の壁は一面が窓になっている。これら試合に関係ないものは、試合中のプレイヤーからは見えない。
「誰に興味ある?」
新庄は鮎川に問いかけた。
「先輩チーム自体気になるけど、特にっていうとエンチャンターの先輩かな」
「やっぱり試合見るとき近いロールのプレイヤーは気になるって感じ?」
「それもだけど、いくらチーム構成に合うとしても今のエイブラム弱いじゃない? 他の選択肢がないわけじゃないんだし」
「なるほどね」
一チーム五人のプレイヤーは、いくつかの役割をそれぞれ担っている。
LoDにおいては前衛職のタンクとファイター、遊撃手として相手の暗殺を狙うアサシン、後衛からの継続火力、拠点の破壊を得意とするレンジ、同じく後衛から瞬間火力を出すメイジ、戦いの支援、補助をするエンチャンターとヒーラー。
基本的には同じ役割のソウルは選ばず、バランスを崩すことはない。
そのため、先ほど述べたようにPICKの際に使えないソウルは多いのだが、実際のところは各ロール二、三体であるためプレイヤーへの制限は見た目より少ないと言われている。
窓の向こう。三本の細い道があるだけの、鬱蒼と草木が茂る暗い森の中で、プレイヤー達が動き出した。




