二話「LoDサークル」
中谷と新庄がLoDの話題で盛り上がり始めた頃、他の場所で勧誘されただろう新入生が上級性に連れられてやってきた。
「これで全員」
「了解、ありがとう」
先導していた上級生が中谷に新入生の到着を告げる。やってきた新入生は五十人を超える大所帯で、半分は女子とは言え、これだけ人が集まればとても息苦しい。椅子の数が過剰じゃないか、と思っていた新庄は、足りないことすらありそうだと考え直した。
新庄を含む新入生が上級生に促されて椅子に座始めると、暑苦しさはそれまでよりも増していき、耐えきれなくなったのか数名の上級生は部屋から出ていった。
「それじゃあ、説明会を始めます」
そんなことは気にもとめず、前方正面のホワイトボード横に立った中谷は説明を始める。
「はじめまして。四年生で当サークル代表の中谷慎也です。今日はガイダンスで疲れている中、部室まで足を運んで頂きありがとうございます」
中谷が説明している間、資料を配り忘れていたらしく一人の上級生が周りにどやされながら配らせられていた。とは言ってもここには学生しかいないこともあって、怒っているのが半分以上冗談なのは誰が見ても明らかだ。
「当サークルはVRゲーム、Lord of Destinyをプレイするサークルです。まあ集まった人のほとんどはプレイヤーだと思いますけど」
新庄は最前列に座ったため、資料をもらうのは最後になった。
資料が行き渡るまで一旦話を止めていた中谷は、新庄が資料に目を落としたことを確認してから再開する。
「私たちの活動実績ですが、去年の学生向けのアマチュア大会で優勝したことで、春季秋季共に三連覇を成し遂げました」
新庄はPCだらけの部屋の中、唯一壁際の空間を割かれているガラスケースに目をやった。ケースの中には合計すれば二十を超えるトロフィーとメダルで埋め尽くされている。
このLoDサークルはいくつかのライバルこそ居るが、実績なら国内最強と断定できるほどに強い。大規模大会はともかく小規模な大会まで荒らしてしまい、悪い意味でも有名だ。
「ただ強いサークルを維持するためには努力が必要で……具体的には朝練や深夜練習があるので、拘束時間が長いということはご了承ください」
彼の妙に申し訳なさそうな態度を見て、その壮絶さが想像を超えているのではないかと新庄は予感する。
「また、チームですが実力別に三軍まで振り分けます……が、これは追々連絡します」
その後、中谷は入部手続きのことと親睦会を週末に開くことを伝えた。
そして彼が腕時計に視線を落とした瞬間、説明の前に出ていった上級生の一人が何やら箱を抱えて入ってくる。上級生は中谷へと手を小さく挙げることで合図を送った。
「それじゃあ説明会は終わります、解散です。ただ、この後LoDのイベントを企画しているので、良かったら参加していってください」
ぞろぞろと新入生が出ていく中、新庄は残る数名の同級生と集まって何もない窓際に避けていた。イベントの段取りは完璧らしく、朝と同様に手伝いを申し出た新庄は、「朝の汚名返上をさせてもらおう」という中谷によって断られたのだ。
そうなると上級生は準備しているため、わずかな時間とは言え新入生だけで話せる時間が生まれる。友人を連れている者はその友人の内輪で話をしているため、サークルに友人を誘わなかった新庄は話し相手が居なそうな者に話しかけようとする。
「新庄君、久しぶりだね」
と、その前に横から話しかけられた。振り向くとそこには見覚えのない茶髪の女が立っていた。同じく説明を聞いていた新入生であることだけは分かる。だが新庄は少なくとも大学に女子の知り合いなどいない。それどころか男を含めても誰一人話しかけてくるような知り合いはいない。
「あ、もしかして忘れてる?」
誰なのか思いだそうとしている新庄に対して、女は疑うような視線を向けてきた。
「ごめん、誰か分からないよ」
「鮎川さやか、って言ったら思い出す?」
その名前については思いだせた。まさに去年、新庄が大学受験を控えているにも関わらずLoDに傾倒していたことを、心配していた女子の名前だ。国内最高レベルの大学である天地大学に合格できたのも、彼女の支援によるところが大きいと彼は思っている程で、いわば恩人である
「え、鮎川さんの友達?」
「だから、私が鮎川さやかだって言ってるの!」
「マジでごめん。申し訳ないです、すいません……でもさ、見た目変わりすぎでしょ」
新庄が知る鮎川と言えば、校則を破らないために髪は黒いし、長い髪はおさげにしていた。メガネをしていたし、化粧もかなり薄化粧という感じで、特段かわいいと思ったことはなかった。
しかし、今はロングの茶髪にウェーブ。メガネもコンタクトにしたのだろう。化粧も上達したのか完璧なナチュラルメイクになっている。言われてから凝視すれば面影こそ見いだせるものの、新庄にはそれでも全くの別人に思えた。
「それって褒めてるの?」
「印象変わったなって言ってるだけ」
ふーん、と彼女は何か言いたげな表情をしつつも引き下がる。
「鮎川さんもLoDサークル入るの? ここ結構きついと思うけど」
「私は新庄君が想像してるよりも、ずっとやりこんでると思うよ」
新庄が気遣ってみると、実に頼もしい返事が返ってきた。彼としては、また高校の頃のように一緒に過ごせてうれしい限りだ。もしかするとLoDでならば受験の恩を返せるかもしれない、という思いもあった。
「新庄君。この後はたぶん企画で試合すると思うから、そしたらオンラインロビーで待ち合わせね」
「了解。じゃあ一番人の居なさそうな銀の匙亭前で」
それから準備は終わり、上級生による企画の説明が行われた。要約すれば難しいものではなく、交流を兼ねてLoDをプレイするという程度の企画らしい。ただチームのメンバーを特殊なローテーションで変えるという点は特徴的だった。
ゲーミングシートに横たわり、PCとコネクトをケーブルで繋ぐ。
没入型コンテンツにアクセスするためには、コネクトを意識を分離するリンクモードに切り替える必要があり、そのためには横になれる環境が必要だ。
全ての準備が終わったなら、切り替える
『リンクモード起動シーケンス開始。システムチェック……OK、姿勢チェック……OK、ネットワークチェック……OK。最終確認です。リンクモードを開始しますか?』
「オーケー」
その言葉を境に、意識は眠りに落ちるように体から引き剥がされた。
急激な脱力感はジェットコースターが急降下する時の浮遊感に近いが、減速はいつまでも来ないで、意識を取り戻した時には現実と変わらないように感じる肉体を得ている。
仮想世界に意識を没入させる……俗にダイブと言われている状態だ。まだアプリを起動していないので、最初は個人のプライベート空間であるホームエリアに送られる。
白一色の壁に囲まれ、投影型ディスプレイが映し出されただけの部屋に立った新庄は、Lord of Destinyを起動するように脳内で指示する。
すると、何もなかった白い部屋の一角に扉が現れた。
その戸を開き少し進めば、そこには無数の人が溢れる繁華街が広がっている。
ヨーロッパの歴史ある家屋を意識した石材と木造を合わせた建物は、プレイヤーが歓談できる酒場やグッズを販売する商店になっている。
そこで行き交うのは、猫耳の生えた女性や全身鱗に覆われた屈強な龍人、耳の長いエルフのカップルに小さなホビット達。
そんなファンタジーな街並みが、Lord of Destinyのオンラインロビーである。様々なキャラクター達はプレイヤーそのものであり、彼らは世界観に合うアバターを作り溶け込んでいるのだ。
さっきまで現実と変わらない姿だった新庄も、大きくは変わらないが髪が少し伸び、服装が外套を纏った旅人の風体に変わっている。
新庄は本当なら一瞬でテレポートできる機能があるにも関わらず、心の準備ができなかったため銀の匙亭を目指し歩き始めた。




