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Lord of Destiny  作者: Nicholas
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一話「LoDと大学生」

 深い森の中、木の幹に隠れる人影があった。何かに追われているのか、常に周囲を警戒している。辺りには隠れるのに丁度良い背の高い雑草が生えていた。

 異様な姿をした男だ。体には光を寄せ付けない影を纏っていた。異形の両腕は先端が艶のない黒塗りのナイフになっている。それは人を殺すために最適化された彼の唯一の武器だ。

 耳を澄ましていた異形の男は、突然に腰を落としナイフを構えた。かすかに草の擦れる音が聞こえた方へ、意識を集中させる。

 後ろの方だ。木から身を僅かにさらして様子を伺うと、そこには皮鎧を身に着けた軽装の騎士がいた。まだ男には気づいていないようで、騎士は渡りを見回している。

 男の行動は早かった。騎士の意識が丁度逆を向いた瞬間、男の体は実態のない影になり、物音ひとつなく無防備な首にナイフを突き立てる。

 それが敵を一撃で絶命させる条件だ。その場に倒れた騎士は二度と蘇らないだろう。

 森に広がった静寂を破って、空から勝利を告げる鐘の音が響く。それを聞いた男は警戒を解き、その場に座り込んだ。

「このルール楽しいけど疲れるな」

 彼はリザルトも見ないでログアウトを選択する。

 さっきまで部屋で横になっていた彼は首に付けた装置を取り外し、気怠そうに起き上がる。

 疲れるのも当然だ。時計はすでに午前三時を指していた。部屋の明かりはディスプレイの明かりだけ。外は暗いが、しばらくすれば日が昇るだろう。

 明日はガイダンスが早くからあるし大学に行かないと、と彼は布団をかぶる。

 少し経って、タワーPCのファンの音が気になり寝付けない彼は、いつもと同じように、もう一度ゲームを起動するのだった。


 彼は天地大学に通う一年生、新庄隆児しんじょうりゅうじ

ゲームのために貴重な学生生活を費やす、この社会の中でもダメなタイプの学生である。

 結局、ろくに眠らないまま、しかし寝坊することもなく登校していた。

 ガイダンス終わり、隆児は隠すこともなく堂々と大口を開けてあくびをしながら講堂から出てくる。

 しかし、すでに寝不足は問題なく解消されていた。

 三時間にわたるガイダンスをすべて睡眠時間に充てたのだ。狭い椅子は寝るには適しておらず体は痛いものの、意識はすっきりしている。

 伸びをしていた隆児は、落としていないか不安に思って首に巻いた装置に触れる。

 それは現代では当たり前の物となった神経接続式端末、NerveConnectionUnitを略してNeCUだ。日本では正式名称が馴染まず、コネクトと呼ばれている。

 高度計算支援や、電話、メールなど、人間に直接繋げる報処理端末としての役割を担うほか、神経接続を利用した意識没入型VRコンテンツへのアクセスを可能にする。それはゲームという娯楽分野でも活用されるようになっていた。

 むしろ遊ばせる土地のない時代、仮想世界とは言え体を動かせるVRゲームは、人々が羽を伸ばせる娯楽として、かつてのスポーツの地位になり替わろうとしている。

 その中でも「Lord of Destiny」は破格のタイトルだ。プレイ人口は世界一。プロチームが各国にあり、プロ世界大会の賞金総額は十憶円である。その勝敗はあらゆる国でブックメーカーにより賭け事にされ、賞金以上の市場が形成されている。

 隆児が寝るのも忘れて熱中するゲームも、このLord of Destiny、略称LoDロッドだ。とは言っても、彼はただの一般プレイヤーであり、賭け事もしないので、プロの話など別世界のことなのだが。

「あ、君! 新入生だよね? 明後日に新歓があるから、興味があったらぜひ部室来てね!」

「軽音でーす、どうぞー」

「旅行部はみんなで旅行いってます」

 次々に人が寄ってきては、何も言う間もなくチラシを渡される。映画研究会、軽音サークル、旅行部、将棋、演劇、テニス……、隆児は一度チラシを受け取ってしまったが最後、気づけば抱えられない量のチラシを渡されていた。それも、少しも興味のないサークルばかりだ。

 新入生が入学式を終えて三日目、今日から大学は本格的な新入生勧誘期間に入る。外には新入生を獲得するべく集った上級生たちが所せましと溢れていた。

 これ以上ごみは受け取れないと、隆児は道の端によってチラシをしまう。

 最初から隆児は入るサークルを決めていたのだ。

 この天地大学には国内学生リーグで三連覇している有名なLoDサークルがある。彼が興味を持たないわけがない。

 彼はその活動場所である部室棟を目指して歩いた。

 桜の花びらが降り積もった道を勧誘に出ていく上級生とすれ違いながら進む。

 部室棟の立ち並ぶ区画についた隆児だが、区画は迷えるほどに広すぎた。

 部室棟はA棟からD棟まであり部屋数もかなり多い。

 一応覚えてはいるものの、迷ってしまう前に確認しようと考え直す。

「LoD部の活動場所はどこ」

 コネクトに触れながらそう口にすれば、視界の端に周辺の地図が浮かび上がり、進むべき道が示される。

『天地大学LoD部の活動場所は、A棟の二〇三号室です。エレベーターは混雑しているので、裏に回り階段を使ってください』

 正面にエレベーターがあるが、その前には人だかりができており、いつまでも上から降りてくる気配はない。隆児はコネクトの機械音声に従い建物の裏に回って、階段で登ることにする。

 部室はエレベーター側にある。扉が並ぶ長い廊下は宣伝機材を取りに来た上級生がせわしなく行きかっており、時々は人とぶつかりそうになりながらも部室の前にたどり着いた。

 しかし、部室の扉にはめ込まれた磨りガラスの窓は暗く、部屋に明かりがついていない事が分かる。ノックをしてみても反応はなかった。

「あ、新歓か……」

 その時になってやっと彼は、LoDサークルも新歓のために出払っているのかもしれない、という可能性に気づいた。ガイダンス終わりの時間は呼び込みのピーク。直接部室に来ている新入生は周りを見ても彼くらいであり、部員総出で声かけしていてもおかしくはない。

 誰かが戻るまで部室前で時間を潰すか、あるいは呼び込みを探すか。ここにいるのも邪魔になるだろうから移動し方がいいだろう、そんな風に考えていた隆児は突然に肩を掴まれた。

 驚いて振り返ると、そこには太い黒フレームのメガネが妙に似合う背の高い男が、部室の扉を開けて立っていた。

「どうも、入部希望者かな」

 それを隆児がLoD部の先輩だと認識するのは直ぐだったのだが、男の後ろ、扉の奥の光景を見て思考は停止していた。

 部屋は壁際に排熱だけ気にした限界ぎりぎりまでタワーPCが並べられており、ほとんどのスペースはVRゲーム用に作られた横になれるゲーミングシートに占有されている。だがそれよりも異様なのはファンの音が響く電気もついていない暗い部屋に、十人以上がゲーミングシートに寝ていることだ。

 人の気配が感じられなかったのは人がいなかったのではなく、全員ゲームをしているからだった。その異様な光景と対応に隆児は絶句する。

「ああ、すまないね。もうすぐ公式大会があって、その調整に出場メンバーが練習しているんだ。新入生にはかなり申し訳ないと思ってるんだけど……」

「あ、いえ。すいません。何人も一つの部屋でダイブしてる状況なんて初めてだったんで」

 本当に申し訳なさそうにする先輩に対して、隆児は気にしないでほしいと謝った。本格的なLoDサークルに興味をもったのだから、大会が近ければこうなるのも当然だ。

「もう直ぐここで新入生向けの説明会行うから、その頃には勧誘会場から他の子達も来ると思うよ。もう少し待ってね」

「そうですか、ありがとうございます。えっと、先輩……」

「おっと、中谷慎也なかたにしんやって言います。よろしくね」

「新庄隆児です。中谷先輩、よろしくお願いします」

 二人が軽い自己紹介をしていると、部屋の奥の方で一人、ゆっくりと起き上がった。

「もう終わった? 樹里(じゅり)さん」

 中谷に樹里と呼ばれた女は声に反応してこちらへ振り向く。

「先輩がいないなら相手になりませんよ。次は先輩を交えてやりましょう」

 そう言った彼女は、立ち上がりもせずにもう一度横になろうとする。

「いや待て、これから新入生向けの説明会あるから」

 中谷が懸命に止める様子を起きた周囲の部員も苦笑しながら眺め、女を横に追いやってどうにか説明会の準備が始まるのだった。

 それからシートと椅子の移動を十分ほどかけて行った。見ているだけでは気まずいので、指示を聞きながら新庄も手伝う。

 椅子の準備ができた後、新庄は勧誘担当が人数の確認を終えるまで暇になると言われ、中谷とLoDの話をしながら紙コップでお茶を飲んで待つことになった。

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