表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

〜命の灯火を揺らす者⑧〜

「皆おはよ~ん。朝食を食べながらでいいから聞いてねぇ~ん」



一階、今は閉店中の室内で、従業員の少女達とシエル達一向は食事をとっていた。


先程お下げの少女が部屋まで呼びに来て一階に降りると、そこには美味しそうな匂いのする食事が広がっていた。

各々自由に座る、と、ロンをふと見ればその隣りにはミラが座っていた。

シエルとはいくつか離れながら、隣りにはミラがいる事に、シエルの胸は少なからず締め付けられた。



「昨日来たミラちゃん達だけどぉ、うちのお店を手伝いにきたんじゃないのは皆分かるわよねぇ~?」



カチャカチャと響く音と共に、カウンターからは朝からではキツめの顔つきのエトワンが喋っている。


その言葉が頭に入るような、入らないような。

シエルは俯き、視線を隠し、視界の端に少しだけロンを映す。

ロンも覇気のない顔をしているが、ミラに話しかけられれば答えている。

たったそれだけで、シエルの両目は水気を帯びる。



(あの声は、あの笑みは……もう私には、向かないの?)



落ちる気持ちは歯止めが効かず、底の無い暗闇の淵へと沈んでいく。


一人ぼっちのこの気持ちは、どうにもならない程大きくて冷たいものになっていく。



「――エルちゃん!!」



「! な、何!?」



と、呼ばれる声に気付きシエルは顔をあげた。

見ればリーリアが訝しい顔つきでこちらを見ている。



「どうしたのぉ?」



「べ、別に。何か用なの?」



「え? いや、さっきエトワンさんが言ってたように、今から地下に行かないと~」



「地下?」



周りを見てみれば誰も残っておらず、シエルは話を聞いてない事を悔やみ席を立つ。



「えと、大丈夫~シエルちゃん?」



「ええ……ありがとう」



え? い、いきなりそんな素直に言われてもえへへぇ~……リーリアが素直なシエルの態度に照れ照れしながら歩きだす。

それに付いて行きながら、また、シエルは思考の底に沈んでいく。



(どうすれば……どうなれば、いいの)



心は鳴動(メイドウ)し、その震えは一つの気持ちに形成される。


――――恐怖、である。



近付く事も、離れる事も、寄り添う事も出来ない。

震える肩を抱いてみても、ぼやける視界を閉じてみても、脆い心に宿った気持ちは消えてはくれない。


負担だったのかもしれない、迷惑だったのかもしれない。

昨晩言われたあの一言は、あの瞳は、深く、鋭く、抉るように心に突き刺さる。



(私は必要じゃないの……私は……要らないの?)



『――貴女はこの家には不必要な存在なのよ。まさか気づいてなかったの?』



「……………………」



昔、小さい頃に言われた言葉。

当時幼かった少女でも、悪意を感じとる事のできた、冷たい言葉。


それから、自分の存在意義は、この家の繁栄の為にあるのだと知り、心の扉は固く閉じられた。


意思の強さも心の弱さも関係なく、ただ少女は、他人と深く関わる事を辞めただけ。


それがどれだけ楽であり……辛い事であるか。


差し延べられる手も無く、笑いかける顔も無く、閉じた扉の鎖が錆びつく程、長く白黒な時間が過ぎた。


――そして、二人は、唐突に出会った。



同じ気配を感じたのかもしれない。

自分と同じ、耐える事を強さと履き違えた心の持ち主だと。

けれど、彼は言った。彼は笑った。彼は――泣いた。


それだけで、それなのに、扉は微かに開けられたのに、鎖は砕け落ちたというのに。


自分は救われたのに、自分では……救えない。



(助けてほしいのは、こっちだよ……)



心の震えが身体にまで出て来たかのように、開けた視界がグラグラと揺れている。

いつの間にか薄暗い階段を下っており、前を歩くリーリアの背中が視界に広がっていた。



「え~と、ここでいいんだよね?」



独り言のように呟き、着いた鉄製の扉に手をかける。


重厚な外観に似合わずすんなりと扉を開き、と、開いた隙間から冷えた空気が這い出してくる。



「やっと来たですの」



ぼんやりとした燭台の灯に照らされたミラがそう言いこちらを向いている。

リーリアに続いて入ったシエルは、自分以外の皆がいる事に気付く。


地下の部屋はひんやりした、張り詰めたような空気が充満しており、胸をざわざわとさざ波立てる。



「遅いから迷ってしまったのかと思ったですの。あまり迷惑をかけないで下さいですわ」



ミラの声には反応せず、シエルは部屋を見回した。


そこにいたのは、ロンやエルラなど顔見知った者達とエトワンだけ。

エトワンの後ろには木枠の扉があり、少しだけ開いていた。

開いた隙間から青白い光が漏れ、どうやら冷たい空気もそこから流れているよう。



「さ~て皆揃ったみたいだし、行きましょうかしらん?」



軽く見回した後エトワンは木枠の扉を開け歩き出す。

その言葉で、そちらへと向かう少年少女達。


シエルも後に続くが揺れる視界は治らず、胸の動悸は静かに激しくなっていく。



「さ~てと――ここが『夢舞台の踊り子亭』が秘務専用店と呼ばれる所以であるお部屋よん」



「……これは」



エルラが驚いた声を出す。

他の者も驚きの表情をし、目の前に広がる光景に目を奪われる。



「何百年も昔、夢舞台の踊り子亭という名前の酒場がこの国に対し多大な貢献をしたのよん。それから秘務専用店という特殊なお店としてここは守られ、在り続けてるのん」



エトワンは野太い声を歓喜に震わせ喋りだす。


目に、身体に、全身に浴びる青白い光に包まれながら、そのタラコ唇は快活に動き続ける。



「今唱えているのは『スクウェアス・テレポート』の呪文。移動距離は凄いけど対象を一つにしか限定できないその呪文を、今あの子達は共鳴増幅しているところよん」



先程よりも少しばかり狭い部屋には、大きな魔法陣が広がっていた。

それを囲うように店で働いていた少女達が円形に座っており、目を閉じながら呪文を紡いでいた。


繋がれた手は微かに光り、魔法陣から天井に伸びる光の柱は、荘厳で美しい輝きを放っている。



「まさか……野薔薇の君達は皆メイジだったのか」



「色々訳ありの方々ばかりですけど、ここで働く子達は全てメイジですのよ」



見ればお下げの少女も唱える集団に加わっている。

呪文を唱える少女達の周りには小さな光球が浮いており、意思あるように瞬いている。



「あれは~……もしかして夜光妖精(ノーチルカ・フェアリー)なの!?」



「そうですの。夜光妖精達には共鳴増幅の補助をしてもらっているんですの」




ミラの言う夜光妖精とは、人の入らぬ森の奥深くに住み、夜にのみ姿を現す希少種の妖精の事。


その属性はどれにも属しておらず、その力は魔法に干渉できるという希有(ケウ)なもの。


リーリアを含め大多数の人間は書物でしか姿を知らないような妖精が、この部屋には何匹も存在している。



「だからクーは落ち着かなかったのね~」



「近くに上位の妖精がいたのなら当然だろうね。僕のマリーはそんな事じゃ動じないだろうけど!!」



のっしのっしと歩いて回るマリーを見ながら鼻を鳴らして胸を反らすベル。

程よく無視もしながら、リーリアは肩に止まるクーに笑いかける。



「大体事情は理解できたですの? この魔法陣は彼女達の助力なくして出来ませんし、その他必要な旅の備品など揃えてもらったりして、私達は『対価』を払う必要があったんですの。普通にお金でも良かったんですけれど、それじゃ楽しくないですし」



微笑んで言ってのけるミラに溜め息を漏らしながら、ふとエルラはシエルを見た。

いつもは何か愚痴を言いそうなのだが、彼女は下を向いたまま干渉を拒むように押し黙っている。

どうかしたの? ――そう言おうとした矢先、エトワンが再び喋り出す。



「……そろそろ共鳴限界に達するわよん。その時に光が激しく瞬くから、皆は魔法陣の中に飛び込んで。そうすれば港町センガに辿り着いてるはずだから」



重なる幾多の詠唱の声。

次第に声は小さくなり、まるで光へと溶け込むようにか細く、儚く、遂には響きをやめる。


しかし娘達の口はいまだ詠唱を続け、そうして光は瞬きの度合を増す。


鳥肌立ってしまう程強い光が放たれたと同時、エトワンとミラの声が響いた。


エルラは微動だにしないシエルの手を掴み、無理やりに魔法陣の中に入る。

引っ張られる身体と、引き上げられるシエルの視界。



「――――――」



――映ったのは、握られた手と手。


しっかりと繋がれた、ミラとロンの手。


少し前、学院で引っ張った少年の手は、今は自分ではない少女の手の中に。


――心が、引き裂かれたような泣き声を、あげた。



「シエル!?」



手を振りほどき、シエルは悲痛な声を張り上げる。

魔法陣の光はその声に呼応するように一層激しく瞬き、部屋全体を真っ白に染め上げる。



「――マズい!! これは魔力の暴走ですの!!」



ミラが叫び素早く杖を取り出す。

圧迫するように膨らむ魔力がシエルから放たれ、暴風が辺りに吹き荒れだす。



(この『血族』の魔力の増幅法は知っていましたが、ここまでなんて!?)



止めるには、気絶をさせるか噴き出す魔力以上の魔力で押さえ込むか。

ミラは瞬時に思考を巡らせ、ためらわずに前者を選ぶ。


紡ぐ呪文は瞬きよりも速く――しかし、それよりも速く、ミラの隣りをすり抜ける人影。



「――――シエルさん!!」



伸ばされた手はシエルを掴み、その身を力任せに抱き寄せる。



「いい子にするから!! いい子になるから!! お願いだから私を見捨てないでっ!!?」



痛々しく甲高い叫びは響き渡り、無造作に流れる涙は止まらない。



「ミラちゃんもう時間がないわん!?」



「ロン様! そのままシエルさんを気絶させてですの!!」



ロンは拳を強く握る――しかし、それを緩めると、シエルの頭にそっと置いた。



「あなたを見捨てる人なんていませんよ……僕だって、こんなに大事な人を見捨てられる訳ないじゃないですか」



その言葉に、見開かれたシエルの瞳は微かに揺れた。


――私は、要らない子だった。



――私は、道具のようなものだった。



――全ての無関心が辺りを包んで、私は独りだった。



――差し出された手と、優しく響く声と、見つめるあの瞳を、見つけるまでは。




「……ロ……ン?」



「誰かと関わるのは止めようとしてるのに、そんな顔されたら……放っておけないじゃないですか」




「「「――スクウェアス・テレポート!!」」」




重ねられた大きな声と共に、魔法陣の光が、辺り全てを包み込んでいった――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ