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〜命の灯火を揺らす者⑥〜

「……私は、自分の心の通りにした方がいいと思いますわ。短いなら尚の事、後悔しない時間を過ごさないとですの」



ただ、その心を表に出す事はしない。

少年が自分の前に現われた時――昔、自分と別れる瞬間、全ては少年の為に。

自分の想いを伝える事は、遠い昔と再びの邂逅(カイコウ)の時に禁じたのだ。



「あなた様が好きなようにする事に私は反対しませんですわ。それにそれは……あなた様の『御父様』も望んだ、人としての生き方」



「!? 父さんを知ってるんですか!!」



少年から驚きの声が上がる。

少女は微かに笑い、二ツ月を仰ぎ見た。


その瞳は、何かを懐かしむように細められる。



「……この話は、止めましょう。あなた様を苦しめるのは私の望む事じゃないですの」



少女は唐突に屋根の端へと歩き出す。

そこまで歩くと少年に向き直り、いつものように、妖艶な笑みを浮かべた。



「あなた様はあなた様の心のままにして下さいですの。それが良い結果になるか悪い未来に通じるか……例えどちらでも、私とオバ様は反対などしません」



小さく呪文を紡ぎ、少女は空に浮かぶ。

二ツ月を背に幻想的に見える少女はそして、悪戯っぽく片目ウインクを飛ばす。



「――知っていて下さい。私はいつでも、あなた様の幸せを願っているのですわ」



闇の中へと消え入るように、そうして少女の姿は掻き消えた。


後に残った少年は、芯まで震わせる冬の夜の中で、胸の内に残る消えぬ不安に身体を震わせていた――








「有り難うございましたぁ~!!」



ガランガラン――と、最後の客が扉を閉めた時、お辞儀から顔をあげたシエル達は床にへたりこんでしまった。



「つ、疲れたぁ~。まさかこんなに忙しいなんて~」



「ロン、まだ起きてるかな」



「とりあえず……もう寝たいわ」



疲れたトーンで喋っていると、上機嫌にスキップしてエトワンが近付いてきた。


満面の笑顔なのだが、深夜の為かヒゲが少し伸び、脂でテカっている顔を見ると胸焼けしてしまいそうになる。



「凄いわ三人共~! こんなにお客様が来たのは久しぶりよぉ~~ん!! もお私感激しすぎて抱き締めちゃいたいく、ら、い」



「絶対遠慮して!!」



青ざめた表情で即答したシエルに『ジョーダンようふふ~ん』と身体をしならせ返事し、持っていたお盆を三人の前に出す。



「疲れた時に美味しい、我が亭自慢のカルーアミルクよん。本当にご苦労様、これなら『対価』として充分なのよ~」



渡されたカップからは甘い香りが漂い、飲んだ瞬間頬を緩ませる甘さが口いっぱいに広がった。

身体の中から癒してくれるそれを飲み、対価とはどういう意味かと聞いてみる。



「あらら、もしかしてミラちゃんから何にも聞いてないの? んもぅあの子ったら肝心な所が抜けてるドジ萌えっ子なんだから~」



ドジではなく意図的だろうと三人は思い、しかし口には出さず、再度エトワンに聞いてみる。

エトワンはしばらく考え込むように唸り、やがていいアイディアを思い付いたように手を叩く。



「――よし、このお話は明日にしましょう。今日はもう遅いからゆっくりおやすみなさ~い」



飛ばされたウインクを全力で避けながら、三人はフラフラと立ち上がり階段へと向かう。

教えてはもらいたかったが、今は疲れが最高潮であり……何よりエトワンと長時間話す気力が残ってなかった。


男の中の男な外見でありながら、女の仕草をするエトワンと話すのはかなり消耗するのだと少女達は仕事中に気付いた。

ので、体力を回復してからが良いと判断したのだ。



「でも今回は凄~く頑張ってもらったから別のお返しが必要よね~ん……私の子守歌、聞くぅ?」



後ろからのその声に、少女達は最後の体力を振り絞って全力で階段をかけ上がっていった。


階段を上がって部屋に戻ったシエルとリーリア。

が、エルラだけがいつまで経っても入って来ずシエルは疑問に思っていると、唐突にあの言葉を思い出す。





『この格好、ロンに見せても?』





(まさか!?)



考えるが早いか、シエルはビスチェ姿のまま廊下へと飛び出す。

着替えていたリーリアが驚いた声を出したが無視して、ロン達に割り当てられた部屋へと向かう。



(また鼻の下を伸ばしてたら――殺すっ!!)



思い出すのはカフェテラスでの出来事。

考えただけで怒りが燃え上がり、目付きが鋭く尖っていく。

部屋の前に着くと扉を叩くという礼儀もせず、勢いよく開ける。



バーンと開け放たれた扉から見えた光景に、しかしロンはいなかった。



「おお! ミス・メサイアどうしたんだいそんな格好で。はっ――まさか僕の為に素晴らしい格好のまま会いにきてくれたのかい? この大胆な子猫ちゃんめ~」



「……レイ、ロンとエルラは?」



「私も探してみたのだが、ロンは一度も戻っていない。エルラは先程ここを訪ねたが、ロンがいないと知ると探しにどこかへ行ったようだ」



ベルの言動を認識の範囲外にして、レイに質問するシエル。

レイもレイでベルを空気のように扱っているらしいのだが、しかし天然か打たれ強いのか。

ベルに気にした風はない。



「そう、ありがとね」



言って出ようとしたシエルの前に、ベルが踏み出した。

薔薇を差し出し、甘い言葉を囁き、柔らかい笑みを送ってくる。



「あっ、マリーが白目むいて泡吹いて仰向けになってる」



「なにぃ!? だだ大丈夫かマリィ~~!!」



瞬時にマリーに駆け寄るベル。

その隙にシエルは扉を開け外に出た。



「って、何だマリーなら元気そうじゃないか。なんだいマリー、餌ならさっきあげただろう?」



どこから入ったのか、店には入れるなと言われていた土鰐のマリーはベルのベッドに寄り添うようにおり、元気さを主に示す為か一声鳴いた。



「うんうん僕も大好きだよマリー。ミス・メサイア、お茶目な嘘をつくなんて可愛い――」



「彼女ならもういないぞ」



レイの言葉を聞き、部屋を見回し、再び鳴いたマリーの鳴き声を聞き――



「――可愛い照れ屋さんめ」



『ああ、こいつは馬鹿なんだな』とレイに哀れの視線を送られている事に、ベルが気付く事はなかった――








ミラが部屋へと戻ってくると、ベッドに散乱した服と不機嫌顔のリーリアだけが残っていた。

ネグリジェ姿のリーリアはミラを一瞥し、興味無さそうにそっぽを向く。


ミラは服の散らかりように溜め息をつき、シワを刻む眉間を揉みほぐしながらリーリアに近付いていく。



「はぁ。荷物がいやに多いとは思ってましたが、まさか全部服ですの?」



「ふ、ふん! 全部じゃなくて半分くらいよ~!!」



それでも充分多いのではと再度溜め息をつく、と、ミラは部屋内を飛び回る光球に気付いた。



「あなたの使い魔が落ち着かないようですが、どうかしたんですの?」



「ここに来て急に落ち着かなくなって、強い『何か』を感じ取ってるみたいなの~」



(へぇ。同じ妖精だからか、この店の『秘密』に少し気付いたんですのね)



ミラがそう感心しているとは知らず、不安そうに淡く明滅しリーリアの肩へと止まる火精のクー。


それを心配そうな目で見つめながら、そういえばとリーリアはミラを見る。



「シエルちゃんとエルラが帰ってこないんだけど、あなた知ってるぅ?」



「もしロン様を探しているのでしたら……そうですね、もうすぐで帰ってくると思いますの」



そしてミラは、空いているベッドに近付き制服のボタンを外しだす。



「――あっ、言うの忘れてましたが無駄な荷物は置いていってですの。レイやベル様、ロン様にも持っていただいたその大量の荷物はどうやら、かなり無駄な物ばかりのようですし」



『無駄なんてない!』とリーリアが反論するがミラは聞く耳持たず、そそくさと置いていた鞄から簡素な服装に着替えベッドに腰掛ける。



「あなた達と仲良くなる気はないですけれど、何か聞きたい事があったら答えるつもりですわ。ここに来た理由から恋の相談まで、私が飽きるまで答えてあげるですの」



「………………」



訝しむようにミラを見つめるリーリア。

何かを探るように見続ける先には、妖艶に微笑むミラの顔。


少しだけ沈黙の時間が流れ、そうしてリーリアは喋りだす。



「な、仲良くなりたい子とはどうやったら仲良くなれるかな?」



リーリアからの思ってもみなかった質問に、思わずミラは苦笑を浮かべるのであった。



それからしばらくして、自分達の部屋の扉を開けたシエルは何度も目をしばたかせた。


いつまでたってもシエルが進まないので後ろにいたエルラは訝しみ、つま先立ちで部屋の中を覗いてみる。

と、リーリアの私物が四方八方に広がり、転がり、散らかっているのが見えた。



「何これ?」



思わず言ったエルラだが、シエルの目線は別の方に向いているよう。


その目線を追うと、そこには――



「ミラ様~~!!」



「ふふふ、良きに計らえですわ」



ミラに抱き付くというか覆い被さるというか、肌着のまま密着し合うベッドの二人……行き着く考えは、百合色桃色になるのは当然かもしれない。



「…………」



「あら、いたたまれない表情をしながら無言で扉を閉めるなんて、何かよくない事でも見たんですの?」



「シエルちゃん!? こここれは決して浮気じゃないからってそんな目線合わせず苦笑いとかやめて~!!」



抱き付くのをやめ慌てふためくリーリアをよそに、ミラは優雅に立ち上がると自分のベッドに戻っていく。

追求していいのかどうか分からない状況を目の当たりにしたが、とりあえずはシエルとエルラも部屋の中へ。


と、なぜか緊張気味のリーリアが近付いてくる。



「あ、あのねシエルちゃん~……」



「絶対に嫌」



何かを言われる前に全否定してのけたシエル。

情け容赦のない一言はザックリと切れ味抜群にリーリアに届き――



「ふえ……」



「……アドバイス以前の問題ですのねこの二人は」



ミラが呆れるくらい、シエルとリーリアの仲は平行線なのであった――









「それでロン様は見つかりましたですの?」



ビスチェから寝間着に着替えた二人に聞いたが、浮かない顔で黙っていたのでミラは察する。



「まぁ、見つかるとは思ってませんでしたけど」


「あんた、何か知ってるの?」



エルラに問いに含み笑いで返し、そうしてミラはシエルを見た。

突然向けられた視線に、シエルは少しだけ身体を強張らせる。



「ロン様はあなた達を避けてるんですの。相手が見つからないように工夫してるなら見つかるはずない……それはシエルさん、あなたに会いたくないからですのよ?」



「……そんなの、根拠がないわ」



言われ、シエルの胸はドクンと跳ねた。


本当にロンは自分を避けているように、すれ違いの日が続いている。

明らかな故意の行動に、しかし認めたくない心が必死に否定する。



――嫌われている、そんな考えは認めたくない。



「……ロン様は今、本当なら考えなくてもいいような事で悩み、苦しんでますわ。私やあなた達はただ、答えが出るまで待つしかないですの」



まるでロンの心を見透かすような口調で喋るミラ。

ロンの気持ちを決め付けるような言い方に、シエルはムッとする。



「あんたが、あの馬鹿の何を知ってるのよ? 勝手な事言わないで」



睨み付けたシエルだったが、次の瞬間身体に寒気が走る。


――ミラは、笑みを絶やさぬまま、しかし纏う雰囲気に怒りを称えていたのだ。


少女の豹変にエルラも目を見開く。

何が心の琴線に触れたか分からないが、それでも立ち上がり近付いてくるミラに僅かながら恐怖を感じてしまう。



「……勝手、ね。そう、そうですわね。確かに他人がロン様の考えを言うのは間違ってますわね、ただ――」



ピタリと、シエルの目の前まで来てミラは止まる。


澱み、底の見えない金色の瞳で見据え、湧き上がる怒りを時折映しながら見つめ続ける。




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