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〜命の灯火を揺らす者⑤〜

「あっ、でもでもミラちゃんも可愛いから安心してね~ん!!」



「うふふ、有り難うですわエトワン様。さっそくなんですが部屋に向かってよろしいですの?」



ちょっと待ってね――エトワンはそう言うと近くにいた一人の少女に声をかけ、壁にかけてあった鍵を渡す。

それを持って、少女とミラがシエル達に近付いてきた。



「ベル様はどうしたんですの?」



「……見た事ないものを見て耐えられなかったのよ」



シエルの言葉にミラは首を傾げ、隣りにいた少女は緊張した顔で頭を下げる。



「みみ皆さん初めましてです! すぐにお部屋に案内しますので付いて来て下さいです!!」



貴族に慣れてないのか、そばかすの頬を真っ赤にしながら少女はギクシャクと動く。

茶色の髪をお下げにして揺らしながら、集団の中で一番小さいエルラよりも小さい背をピンと伸ばす。



「宜しくね~」



「……私から離れるなよエルラ」



「レイ、大丈夫だから」



「か、可愛い野薔薇の君に乾杯……」



「変な事言ってないで早く行きなさい!」



ジロジロと無遠慮に見てくる視線に居心地の悪さを感じ、足早に階段に向かう集団――と、エトワンの近くで立ち止まったミラから声がかけられる。

 


「そうそう、女子の皆さんは部屋に着いたら置いてある服に着替えて降りてきて下さいですの」



そう言ったミラの顔が面白そうに笑っていたので、少女達の肌はまた鳥肌立ってしまう――









「「「………………」」」



「あら、思ってたよりお似合いですわね」



階段から降りてきたシエル達の姿を見るなりミラは感嘆の息を吐く。

しかし褒められたにも関わらず、少女達は嬉しそうな顔をしてはいなかった。



「あ~らららら!! ミラちゃんの言うとおりとっても似合うわ~、これならお客さんも喜んでくれるは~ず!!」



エトワンがクネクネしながらそう言うと、今まで黙っていたシエルが口を開く。


放たれたその声は明らかに怒気を孕んでいる。



「ミラ……とりあえず言い訳は聞いてあげる」



「何を言ってるんですの? 言い訳をするような事ないと思うのですが」



しれっと言ってのけるミラに対し眉間のシワを濃くするシエルとエルラ。

しかしいつもは憤慨するはずのリーリアだけは、あまり気にした風ではない。



「リーリアからも何か言いなさい!!」



「いや~、私は別に……これくらいの格好はいつもの事だしぃ」



リーリア本人からすれば気にする程の格好ではないのだろう。

いつもより強調された胸の生地を伸ばしながら、短いスカートに付いている疑似的な尻尾を物珍しげに撫でたりしている。



「シエルちゃんも~たまにはこういう格好いいんじゃないの?」



首飾りとして付けられた大きな鈴を鳴らし腕にしがみ付いてきたリーリア。


二の腕に当たるマシュマロのような圧迫感に、シエルは不快この上ない顔になる。



「エルラも何かないの!!」



「この格好、ロンに見せても?」



「――いいですわよ。ただあの方には刺激が強すぎる気がしますが」



口を僅かに笑いの形に変え、エルラは頭に付けた疑似的な耳を機械的に撫でつける。

無表情なままの目には、しかし悪戯っぽい光が灯っている気がする。



「き、貴族の誇りは無いのあんた達!!」



シエルだけが憤慨する中、仕切り直しをするかのようにミラが手を叩き、可愛らしい唇を動かす。



「では閉店までここで接客をお願いですわ。やり方はエトワン様や他の方々に聞いて、くれぐれも迷惑をかけないようにしてですの」



そうして、鼻歌を歌いながらミラは階段を登っていく。



「……ちょっと待ちなさい。あんたはどこに行くつもり?」



「私はやる事があるんですの。そのような可愛いプッ――衣装が着られて皆さん羨ましいですの」



言葉の途中明らかに笑い、ついでに唇を動かすだけで『ごきげんよう』と言って、そうしてミラは二階に上がっていった。


ワナワナと肩というか全身を震わせるシエルを余所にエルラとリーリアはさっそく仕事を教えられている。

教えてくれているのは、先ほど部屋まで案内してくれたお下げ髪の少女。



「でででは仕事ですが!? む、難しい事はないのでリラックスして下ひゃい!!」



「あなたがリラックスしようね~」



「仕事は、何となく分かる」



シエルはジト目でそんな二人を見ながら、観念したように大きな溜め息をつく。


ここで働く理由は分からないが、今はミラの言う事に従うしかないと思う。


目的地である港町センガの場所を知っているのも、この『魅惑の妖精亭』に来た本当の理由も。


――ついでに来る途中ミラに取られた革袋の金銭も。


この特別補習に必要なものは全てミラが握っている。

何だか言い様に丸め込まれ、それでも我慢して少女は無愛想な顔のまま接客に向かう。



(……この旅で、あいつは変わるかな)



思うと少しだけ、胸に痛みが走った。


その痛みと呼応するように不安は募り、知らず、少年の哀しそうな顔が浮かんでくる。


晒けだす事を知らず、頼る事を知らず、寄り掛かる事を知らず。


一人っきりで立ったままの少年は、誰かを求められるのだろうか。


願わくば、どうかそれが自分ならいいと少女は――



「おっ、ガキのくせにエロい格好してんじゃねえか」



「………………」



下卑た笑いを浮かべた男の手がシエルのスカートを摘み、中を覗こうと中腰になってきた。



「――――なにすんのよ!!」



突き刺さるような冷たい空気と、風景の境界を無くす漆黒の闇に包まれた城下町の路地裏。



明かりを称え続ける店の中で、黒のビスチェに身を包んだ少女の物憂げを吹き飛ばす程に、大きく甲高い張り手の音は店内に響き渡るのであった――








「――さて、では行こうではないかレイ! 下階に広がる楽園へ!!」



「……いきなり何を言っているのだ? 下の階は酒場だろう」



広さはあるが簡素な造りの部屋で、ベッドに座っていたベルとレイはそんなやり取りを始めていた。

レイの呆れまじりの返答を聞くやベルは大仰に驚き、続いて額に手をやり『やれやれ』と首を振る。



「ふ、外見が人でもやはり風竜といったところか。先程働いていた野薔薇達も気になるが、何よりあの素晴らしい格好をしたミス・メサイア達をじっくり見たいと思わないのかい!!」



素晴らしい格好と言われても三人が階段を降りていく時、扉の隙間から覗いていたのはベルだけでどんな格好だったのかレイは知らない。


大体自分の主人を、ベルのように好奇の目で見るのはどうなんだと眉をひそめる。



「いいかレイ。人になりきるなら人の真似をした方がいいぞ。そして真似をするなら僕がいい。なぜかって――ふっ、僕自身からそんな事言えるわけないだろう?」



薔薇を咥えながらもよく喋るベル。

そんなベルの話を一語一句拾わず聞き流しながら、レイは空いているベッドの方を見た。


そこにいるはずの少年は、しかし部屋には見当たらない。



「特待生君も貴族の僕達と共に勉強するんだ。僕のような高貴で紳士で模範的な貴族を見て参考にすれば……と、そういえば彼が見当たらないな」



「ロンなら部屋に案内されるなり、どこかに出て行った。まさか気付いてなかったのか?」



「男の行動ほど興味をそそらないものは無いからね」



それよりも――と髪をかき上げ、唇を品のいい笑みに変え、ついでに鼻息を荒くしながらベルは扉の方に近付いていく。



「君が行かないなら別に結構。僕だけで踊り子達の魅惑を堪能してくる事にするよ」




「……はぁ。分かった俺も行こう」



ベルのように夢舞台を堪能するのが目的ではないが、この薔薇を咥えたエロ貴族が何をやらかすか少し心配になり、保護者感覚で付き従う事にしたレイ。


ついでに、来る途中元気のなかったロンを探し話をしようと思う。



「そうか! やはり上位種は人に近い感覚を持つんだな!! では、野薔薇達と素晴らしい踊り子達を愛でに行こうか」



機嫌良くベルがそう言うと、レイは『上位でも下位でもお前には呆れるはず』と溜め息をつくのであった――








「あら、こんな所に来て私に何か用ですの?」



「…………」



宵も回り、辺りの喧騒が無くなった城下町。

明かりを灯すのは酒場や宿屋だけの中、夢舞台の踊り子亭の屋根の上には少年と少女がいた。


淡く輝く二つの満月の光に照らされ、少女は杖を掲げていた。

先端に紺碧色の宝石が付いたそれを満月に向け、まるで光に晒すようにしている。

少年はそれを見ながら、ゆっくりと少女の方に近寄る。

少し傾斜のついた屋根の上で歩を進め、腰掛けている少女の隣りに立つ。

冷たい夜風に前髪をなびかせ、時折のぞく鋭い瞳は、何を考えているか読み取る事はできない。



「まぁ立っているのもなんですから、座って下さいですわ。私もそろそろ『補充』が終わるですの」



「……何をしてたんですか?」



座り、訪ねてきた少年へ少女は笑みを向ける。

淡く微笑むそれは、まるで月のように朧気でありながら、魅了する何かを感じるもの。


月よりも濃い金色の瞳を細めながら、少女は答える。



「この杖の先端に付いている宝石はラピスラズリに術式を組み込んだもの。満月の光を溜め、魔力に変換する事ができるんですの。『今の』私がデルタクラスの魔法を使う場合は、これの補助無くして出来ませんわ」



見れば宝石の中心は小さな火花が散るように光り輝き、生き物のように明滅している。


少年は宝石を見、少女に視線を戻し、思っていた事を口にする。

音さえ宵闇に飲まれそうな中で、少年の声は静かに響く。



「やはりあなたは……あの時の、怪盗ですね」



「――あら、やっと気付いてくれたんですの? いつ言ってくれるのかずっと待ってたんですのよ」



完了ですわ――そう言い杖をしまうと、少女は立ち上がる。

少年の視線を受けながら歩き、不意に髪をかき上げる――瞬間。


桃色の髪が闇に溶け込むように黒に変わり、瞳も、黒い輝きに充ち満ちていく。



「これは元々の外見であるだけで、本来の力は戻ってないですの。いつもは幻惑の魔法を自分にかけて他の『人間』を惑わしてますの」



底の窺い知れない瞳で見つめる少女。

と、もう一度髪をかき上げる。

すると一瞬で色が桃色に戻り、瞳も金色へと変わる。



「……オバ様に何を言われたかは大体分かりますの。三日前の呼び出しの時に、『力』の限界を言われたんですわね?」



少女の言葉に少年は苦悩の表情をし、しかし無言のまま、ただただ少女に視線を向ける。



「あなたの、いえ……竜の咎人の力は絶大ですの。元々人の身体で扱えるものではない、使わなければ人としての一生を送れたのに……もう、遅い」



少年を見ず喋る少女の金色の瞳は哀しみに彩られていた。


しかしそれは誰に見られる事もなく、隠された想いに気付かれる事もない。



「……自分が長く生きられるとは、思ってませんでした。あの頃――シエルさんに呼び醒まされる前までなら、本当に人並の時間を過ごせたかもしれませんけど……」



満月を、見る。



二ツ月は周りを照らすように輝き、お互いの存在を確かめるように寄り添い、決してくっつく事のない距離に、浮かび続けていた。



「力を使わなくても、あと持って数年……けど、使う毎にそれは削られていく。分かっていたんですけど……ね」



「……怖いんですの?」



「違います、ただ――」



言いよどみ、下を向く少年。

それを見て、少女の微笑みは消える。





――気付いたのは、少年の深い心の内。


そこにいる相手は、想っている相手は、大きく、確実に――少年の中の『自分』を塗りつぶしていく。


幼い、小さい頃の大切な気持ちを、掠れたモノトーン色にしていく。



――微かに残っていたかもしれない少女の名残は、そうして消えていく。


少女はそれに気付き、無意識に歯ぎしりし、内なる心を熱くする。




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