〜命の灯火を揺らす者④〜
三日後の朝、インクリス魔法学院の大きな門の前には数人の生徒が立っていた。
紺のローブと桃色のマフラーを付け機嫌悪そうに眉を寄せている、シエル。
赤のローブと大小様々な鞄を隣りに置いている、リーリア。
若草色のローブと水色の耳当てを付けている、エルラ。
黒のローブを着て浮かない顔をしている、ロン。
黒のローブを着てエルラの隣りに静かに立つ『人間姿』の、レイ。
――紫のローブと薔薇を片手に微笑んでいる、ベル。
「……何であんたがいるの?」
不機嫌そうな声でシエルがそう問うと、ベルは白い息を吐きながら静かに微笑む。
「ミス・ハンニアースから話は聞いたよ。僕は君達だけで危険な場所に行かせるのが心配なのさ。そこの特待生君や……あと生徒じゃなく誰かよく分からない男なんかに、僕の可憐な薔薇達は任せられない」
その場で意味もなく一回転し、薔薇を口に咥え、そしてシエルの前に膝を付く。
手を胸に当て、まるで姫に忠誠を誓う騎士のような振る舞いをする。
シエルは心底嫌そうな顔をしたが、ベルは自分に酔っているのか気付かない。
「お望みなら起きてから寝るまでずっと守ってあげるよ? ――ああ、他の皆も心配しなくていい。僕は女の子皆に平等だから」
一人芝居のように謡い、動き回るベル。
シエルはそんなベルに冷めた目線を送った後、ロンを見る。
シエルの視線に気付いたロンは曖昧な笑みを浮かべ、しかし近付いてくる事はない。
――三日前、学院長との話の終わったロンはシエルの部屋には来ず、話をする事はなかった。
その後も、まるで会うのを嫌がるかのようにロンはシエルに近付かず、遂に今日まで一言も話していない。
シエルは怒りと同時に、自分に対する歯がゆさも感じていた。
(ただ……喋りたいだけなのに)
変な意地を張ってしまうのは悪い癖だと分かっていながら、しかし意地を張っているのは自分だけではないと開き直りもする。
最近のロンの態度がおかしいのは明らかであり、それに自分から折れてはいけないと思う。
(……エルラとは仲良くしたくせに)
「……馬鹿」
その言葉は、しかしロンの耳には届かない――
「皆さんお待たせですわ」
そんな声が聞こえそちらを見ると、ミラが紺色のローブを揺らしながら歩いてきていた。
皆が寒い中待っていたというのに、悪びれた様子もなく近付いてきて、妖艶な笑みを浮かべる。
「皆さん早くて感心ですわ。それはそうと、そちらの殿方は誰ですの? 私とは初対面ですわよね?」
ミラがベルの方を見て質問を飛ばす。皆を待たせたのに謝らなかったミラに、リーリアは片眉を上げ不機嫌そうな顔をする。
文句を言ってもミラは動じないのは先日の通りなので何も言わないが、とりあえずベルの事は誰が教えてやるものかと口をつぐむ。
「これは……何と美しいんだ。いや、自己紹介を遅れたね。僕は君のような美しく可愛らしい薔薇を愛でる貴公子、ベル・ド・ノウンさ。良かったら、君の名前を教えてもらえるかい?」
「……面白い方ですわね。私はミラといいます、今回は皆さんの『お守り』をする為に旅に付いていく事になりましたですの」
「なな~っ!? あ、あなたにお守りされる程私達は弱くないわよ!!」
とうとう堪えきれなかった怒りが噴出しリーリアはミラに食ってかかる。
しかしミラは平然とした顔でそれを受け流し、またシエルの時のように膝を付いているベルへ、片手を差し出した。
「では宜しくですわ、ベル様。さっそくですけど私の荷物持ってきてくださいます?」
「お、お任せを!!」
差し出した手の甲に唇を付け、ベルは陶然とした表情でミラを見る。
まるで魅了の呪文をかけられたようにベルはなり、ミラは愉快そうに含み笑いをする。
「――あら、レイは『人間姿』で連れていくのですわね」
そう言うミラにエルラは無言で頷き、と同時にシエルとリーリアとベルは疑問付を浮かべる。
「人間姿って、どういう事?」
「この子は、私の使い魔」
聞いてきたリーリアに簡潔に答えたエルラ。
三人はしばし考えるように黙ったが、すぐにその顔は驚きの表情へと変わった。
「まままさか……」
「その男は平民でも貴族でも、ましてや人間でもなく……」
「……あんたの使い魔の風竜、なの?」
再度頷いたエルラ。
それを見て、三人からは驚きの声があがった。
「人の姿になれるなんて……まさか、君の風竜は上位種なのかい?」
聞かれたエルラが頷くと、ベルは目を見開き感嘆の息を吐く。
「す、凄いじゃないか!! 上位種の幻獣といったらメイジの夢、それを僕と変わらぬ歳で使い魔にするなんて……君の才能に敬意を表しどうかな? 今度一緒に食事に行かな――」
「有り得ない」
一言で切り捨てられてしまったベルだが、めげる事なく恥ずかしがり屋さんめ~とエルラに片目ウインクを飛ばす。
それを見てエルラの無表情に苛つきが含まれ杖を強く握ったが、レイに肩を叩かれたので少女は仕方なく唱えていた呪文を止めた。
――そんなやり取りがあった事に、薔薇の少年が遂に気付く事はなかった。
「そういえばベル様やリーリアさんの使い魔が見当たりませんが、連れていかないんですの?」
「……私の使い魔のクーは~、人見知りが激しくてなかなか顔を出したがらないの」
無愛想にリーリアは答えながら懐から鈴を取り出した。
細かな細工のされた銀色のそれを鳴らす――と、握り拳大の光球が何処からともなく現れ、リーリアの肩へと止まる。
「……おや、ミス・ハンニアースの使い魔は火精だったんだね。君の美しさに負けず劣らず可愛らしい使い魔だ」
ベルにそう言われると光球は光の色を赤に変え、まるで恥ずかしがるようにリーリアの後ろに隠れる。
「褒めてくれてありがと~。それで、ベルの使い魔は何なのかしら?」
そう聞かれるとベルは地面に膝を付き、目の前を手で何度か叩く。
するとその場所がモコモコと盛り上がり、次いでそこから細長い『何か』が顔を出す。
「僕の使い魔かい? 僕の使い魔は土鰐のマリーさ!! まだまだ幼いけど、どうだいこの愛らしい瞳!! 可愛いと思わないかい!!」
地面の下から現われた、ベルの上半身程の大きさはある使い魔は細長い瞳孔と尖った歯を見せながらキシャーと鳴いてみせる。
「こ、個性的な使い魔ね~……」
リーリアが言葉に詰まりながらもそう言うと、ベルはそうだろうそうだろうと愛しそうに使い魔を撫でる。
そんな一人と一匹にしばし皆が沈黙していると、エルラがミラの方を向き口を開く。
「……まずは、どこ?」
「……あら、なぜ私に聞くんですのエルラさん――まぁ、確かに私に聞くのが『正解』ですけどね」
意味深な事を言うとミラは、三日前ビネノアから渡された羊皮紙を取り出した。
それに杖を軽く当てると羊皮紙はクルクルと巻かれ形を変え、そして栞程の大きさになる。
「皆さんも同じようにお願いしますわ。ベル様とレイの分は、エルラさんとリーリアさんが栞を半分に切って渡して――ロン様のは、私に任せて下さいですの」
杖を持っていないロンに近付き、ミラは先程と同じ事ように杖を振る。
その時彼女の妖艶な笑みはなぜかシエルに向けられており、それを見た瞬間、シエルの胸には言い様のない不安が波のように押し寄せた。
「ではこれを持って、今から城下町にある秘務専用店『夢舞台の踊り子亭』に行きますですの」
仕切るミラを先頭に、城下町へと続く草原の道を彼らは歩み始める――
「――さぁ着きましたわ。ここが『夢舞台の踊り子亭』ですわよ」
冬の渡り鳥が夕闇に染まる空の彼方へ飛んでいく風景の中、薄い闇に包まれ始めたレンガの町並みに昼間と変わらぬミラの声が響いていた。
しかし他の者達からの返事はなく、ミラは眉を寄せながら溜め息を吐く。
「はぁ、軟弱ですわよ皆様。たった数時間休みなく歩いただけで喋る元気も無いなんて……これじゃ私、先が思いやられますわ」
「何で……汗一つ……かいてないの~……」
「ふっ……さすが僕の可愛い薔薇だね……鮮やかで逞しいよぐふぅ――」
「……ロン、大丈夫?」
「僕は……皆さんと違いますから、大丈夫です……」
「……ミラ。さっさと中に入って休みましょ」
疲れたように浅く息を吐いていたシエルは、マフラーを取りながら店の扉に手をかける。
淡い魔法光を称えた看板を見ると掠れた『夢舞台の踊り子亭』という文字が読み取れ、くたびれた感じのする外観にシエルは更に疲れた顔になる。
「ねぇ……本当にここなの?」
「看板の文字通りなら、目的の場所はここですわ」
酒の空瓶や何に使うか分からない木の板、薄汚れた犬がウロついていたりなど、おおよそ貴族の家柄のシエル達には似つかわしくない場所。
そんな場所にひっそりと建つこの店が、ミラは目的の場所だという。
「こんな店のどこが秘務専用店なのよ……」
「あら、そもそも表向きに出来ない店が町の通りに建ってるはずないですの。裏路地のこんな所だからこそ、秘務専用店は開店できるんですのよ?」
扉に手をかけたままだったシエルの手に自分の手を添えて、ミラは妖艶に微笑んだ。
「それじゃあ皆さん――――あまり驚かないように」
ガチャッと、そう言ってミラは扉を開ける。
開けられた扉から光が漏れ視界を塗りつぶし、思わず皆は目をつぶる。
そうして数秒、鼻をつく臭いとガヤガヤと響く喧騒で目を開けると、目の前に広がった光景は――
「ビール追加で~す!!」
「やん! もうお客さんったら~」
「あらら~、子供がこんな所に何の用なのかな~」
……………………は?
開け放たれた扉の前で固まってしまっている皆に構わず、ミラは遠慮なしに店の中に進んでいく。
店の中には酒を飲み赤ら顔をしている男達や、働いているのであろう歳若い娘達がいた。
娘達の格好は様々で、しかし付けている白地のエプロンと縫い付けられた文字『夢舞台の踊り子亭』だけは同じ。
多数の視線を受けながらミラはカウンターに近付き、こちらに背を向け作業をしていた、がっちりとした体格の男性に声をかける。
「お久しぶりですわエトワン様。ただいまインクリス魔法学院から到着しましたですの」
「あら! あらら! あららら~!!」
ミラの声をうけ、カウンターの男はこちらを振り向いた。
瞬間――ミラの動向を見ていたシエル達の表情が固まる。
短く刈り込まれた髪、まるで塗られたように濃い髭の剃り跡、艶を称えているタラコ唇。
手をナヨナヨと揺らし、頬を化粧で赤く染め、長いまつ毛の目をパチクリし、ついでに腰をフリフリしながら――いわゆるオカマボイスの男は嬉しそうな声をあげた。
「ミラちゃんじゃないの~! んもぅ私待ちくたびれちゃってたのよ……で、も。んふふ~、可愛い踊り子達を連れて来てくれたじゃないの~~ん」
なまめかしい視線でシエル達の方を見る。
それに泡立つように鳥肌を立てた皆であるが、更にエトワンから飛ばされた片目ウインクに遂にベルが倒れてしまった。




