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〜命の灯火を揺らす者②〜

インクリス魔法学院は、いくつかの塔に分かれて建造されている。



本塔には食堂や大きな催し事がある際に使うホール、各学年用の教室や教職員室などがある。


その本塔から東西南北と塔が隣接し、北と南と東には院生寮が建つ。


西の塔は、授業の際に使う物を保管している倉庫や、寮部屋では共に暮らす事の出来ない大型の使い魔達の居住空間として使われていた。



本塔にある食堂のカフェテラスは、寮塔では東側と南側から覗く事ができ、たまに上階の部屋から物が落ちてきて、ライトグリーン色のパラソルを破いたりと事件があったりなかったり――




「くぉぉのエロ使い魔!! スケベ使い魔!! ていうか殺す!!」



ブォンブォン――と、恐ろしい風切り音を轟かせてレンガが飛び、少女の怒声が飛び、テラスの一角を容赦なく襲っていた。


時刻は朝というには早過ぎて、明け方というには遅過ぎる中途半端な時間。


そんな、早起きでも無い限り起きてはいない時間に、しかし冴え渡る怒気を孕んでレンガは飛んでいる。



「……邪魔しないで」



「なっ!? 人の使い魔にちょっかい出す変態で変人な破廉恥ヤローのくせにぃ!!?」



「私は男じゃないから、ヤローは間違い」


「むっきぃーー!!?」



一人は冷静に、一人は激しく、そして、もう一人は気絶。


エルラとロンの『デート』が始まると、いつの間にかこのような風景になるのは決まり事になっていた。



「……むぎゅ~」



「ちょっ、この――絶対死なす!!」



わざわざ擬音を出し、更にローブから出た顔をロンに近付けるエルラに、少女の顔は怒りで真っ赤に熟れ、ついでに両手のレンガが握力で砕け散る。


――その横では、半ベソをかいた少女が一人。




「シ、シエルちゃ~ん? 朝早く部屋を訪ねるのも失礼だと思うけど~、そんなにレンガを投げられたら私の部屋が崩れるというか~……お願いだからもう止めてぇ」


目の前の少女をそう呼び、寝癖で跳ねた真っ赤な髪を揺らしながら人前には決して出れない、過激なネグリジェでへたりこむ少女。


最初は強気に言っていたのだが、窓枠を掴むなり般若の形相になったシエルに気圧されて、自分の部屋の危機に弱い文句しか言えなくなっている。

しかし文句が聞き届けられたのか、シエルはレンガを投げるのを止め立ち尽くした。



「シエル、ちゃん~?」



恐る恐る名前を呼んでみる少女。


そうすれば何の予備動作も無しにシエルが振り向いてくる。



「ひぃっ!?」



ホラーのような振り向き方だったので引きつった悲鳴をあげる少女。

それを気にした風もなく、感情が全て消えてしまっている感じの目でシエルが見てくる。



「リーリア~、私今からあの変態'ズの所に行ってくるからフォローするようにねぇ」



幽鬼のようにフラリと揺れながら窓枠に乗り出すシエル。

リーリアと呼ばれた少女が声をかける間も無く、シエルは部屋から姿を消した。



――というか、落ちた。



「へ……あわわわわわわぁ~!?」



突如の奇行に素頓狂な声を上げるリーリア。豊満な胸を揺らし窓枠に走り寄り、テーブルに置いていた杖を手に取る。



「レレ、レビテーションッ!!」



なりふり構わず窓の下に杖を振って呪文を唱える。

何に魔法がかかるか確かめなかったが、そんな余裕は少女には無い。



「シエルちゃん~!!」



窓枠から身を乗り出し落ちた、もとい降りた少女の名を呼ぶ。

するとその相手はどうやら無事に地面に降り立てたようで、猛スピードでカフェテラスを目指し走っていた。



「よ、良かったぁ~~……」



安心して気が抜けたのか、へたり込んでしまうリーリア。安堵の表情をしながら、しかし聞こえた異音に顔をしかめる。


ミシミシ――と、周りから聞こえる不快な音。

予想は簡単につくのだが、それを認めたくなく冷や汗顔でゆっくり目線を動かす。



「……ふぇ~」



パラパラと落ちるレンガの破片達を見て、リーリアはネグリジェ姿で廊下に飛び出した――









リーリアの部屋のある三階から飛び降りたシエルであったが、その時、無意識なのか自分でもレビテーションを唱えていた。

自分では効果が出るかどうかも分からないが、微かに残っていた冷静な部分が行動を起こさせたのだろう。


そうして、シエルは地面に降り立つ事に成功する。

しかし少女の着地した地面のすぐ近く、授業に使われるのか大きな銀鐘が置いてあったが、それが地面から浮いている事には気付かない。



――それが、リーリアの魔法の効果で浮かんだとは、気付く事はなかった。




「毎回毎回、邪魔しないで」



そう抑揚なく言うとエルラは手をローブから出す。

すると、近くに立て掛けてあった杖が浮き、まるで引かれ合う磁石のようにエルラの小さな手に近付いてゆく。


それを握ると、エルラは呪文を紡いだ。

『エア・ハンマー』――唱えた刹那、突風が起こり目に見える程の空気の塊が、走ってくるシエルへ飛ぶ。


だいぶ加減はされているのだが、それでも華奢な体躯のシエルを吹き飛ばす威力は持っている。



「あっまーい!!」



しかしシエルは横っ飛びして空気の塊を難なくかわすと、ニヤリと女の子がしてはいけないっぽい獰猛な笑みを浮かべ、手に握っていたレンガの欠片を全力で投げる。



「…………」



エルラは風の障壁で守ろうとしたが、しかし途中で何かに気付き、結局何もしない事にし杖を降ろす。


凄まじい勢いで向かってくるレンガの欠片。そして――



「ぎゃぶんっ!?」



見事、ロンの頭に命中したのであった。


再びのレンガを受け、ロンの思考は活動を再開した。


無意識にズキズキと痛む後頭部に手をやりコブに触れてしまうと、電流のような痛みが走り――そして、目の前に広がる違和感に気付く。

何か暖かくて柔らかいものが当たっており、目を開いても映るのは白色だけ。

あと、何だか胸をくすぐる甘い匂いがする。


――と、その時背中に恐ろしい程の悪寒が走った。


脳髄から足の指の神経まで一気に伝達されたそれは、一瞬で危険信号となり頭の中で警鐘をけたたましく鳴らす。

少しだけ覚えのあるその悪寒に喉を枯らし、冷や汗を垂らしながら、ロンは首を後ろに回す。



「………………………………………………………………………………」



目線が合った。


その瞬間に『殺られるっ』と本能が叫び、身体が震え、過呼吸になりかける。

怒っているのは明白で、それをなだめるにはまず……そう、土下座をしよう。


何か悪い事をしたという意識はなく、それでも謝らなければ自分の命は風前の灯だと思い、そしてロンは謝りの言葉を口にしようとする。



「ご、ごめっ――」



ごめんなさい!――言おうとしたのだが、しかし誰かの手に口を塞がれ喋れなくなる。


優しく、しかし力強く。塞いだ手の小ささと柔らかさにドキッとしたロン、と、同時に頭上から声がかけられる。



「謝る必要は、ない」



「エルラさん!?」



声を聞いてロンは思い出すようにハッとした。

そういえばここにはエルラと二人でいたのだ。

そして色々……こう何というか、桃色? になって、レンガで、今なのだ。



思い出した記憶と推察で今の状況を導き出したロンであるが、ならば自分の『主』が怒っている理由は何なのだろうと、更に疑問が増える。



「大丈夫。私は、負けない」



意気込むように言うエルラであるが、その時ロンの頭に再び柔らかい感触が当たる。


フニフニと、何だか気持ちのいい感触が当たり、そうすると頭上のエルラの頬が少しだけ朱に染まる。



「……エッチ」



「!?」



そんな言葉を聞き、耳まで真っ赤になっていくのを実感しながら、ロンは静かに目をつぶる。



(……僕の人生、ここで終わった)



ゴゴゴゴ――と擬音まで聞こえ出した後ろからの殺気と、小ぶりながら柔らかい母性の象徴に挟まれ、天国と地獄を同時に味わいながらも、ロンの目尻には光る雫が。



「僕はあなた達と会えて本当によがぶぇあをばにぁ!!?」



――矢のように駆けていた少女の飛び膝蹴りは、見事顔面に突き刺さるのであった。



「んだよウルセーなぁ」



「またやってるよ……」



「……いいなぁ」



「寒っ! こんな中よく外にいられるなアイツら!!」



そんなカフェテラスでの騒動に目を覚まし、自室の窓から顔を出しだす生徒達。


ある者は面白そうに笑い、ある者は迷惑そうに睨み、ある者は羨ましそうに見つめる。

気付けば小鳥も、さえずりを始めている。


こうして、朝靄(アサモヤ)を活気が塗りつぶすように、インクリス魔法学院の朝は始まりだした――








柔らかい陽光が窓から部屋に差し込み、しかし冷たい空気は一向に暖まる事なく、中で授業を受けている生徒達は寒さを我慢しながら羽ペンを動かしていた。



「はい、ここはテストに出しますからね。しっかり覚えておくように」



教壇に立っていたスーツ姿の女性はチョークを握る手を止め、そう言うと後ろを振り返る。

そちらでは生徒達が黒板に書かれた文面を羊皮紙に書き込んでおり、カリカリとペンを動かす音だけが聞こえてくる。



「…………」



シエルも例に漏れず黒板に見入ってペンを動かしていた。

一瞬、横に目線を移すが、またすぐに黒板に戻し、動かす手を止める事はない。



(……馬鹿)



隣りの空席に座りはずの少年は、しかし未だに授業に出席をしてこない。





「――ん?」



不意に誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り返った。

だが辺りに他に人間がいるはずがないと今更ながら気付き、そうしてロンは目の前の『人ならざる彼』へ話しかける。



「僕は、まだここに居ていいんだろうか……」



「まだそんな事を言っているのか?」



目の前の彼は和装の服を風に揺らし、地平線まで続く草原を見つめながら相づちをする。

藍色の長い髪を風に遊ばせながら、ふと鋭い目線をロンに向けた。



「学園長から特待生の権利をもらい、君は『使い魔』でありながら『生徒』になったんだ。気を揉むような事はないと思うが?」



「……そうだとしても。使い魔や生徒の肩書きを持っても、それ以前から、僕自身にある肩書きは……消える訳じゃない」



「……その事を考える事自体、愚問だろう。今、君が『咎人』という事を知っているのは君のご主人様と私とエルラ。それと学園長だが、皆はその事で君に差別の目を向けているか?」



「…………」



ロンは、答えない。下を向きながら、冷たい風に身体を晒す。



「そんな事ばかり考えていると、またご主人様からお仕置が飛んでくるぞ?」



自分の頬を指す和装の彼は、しかしロンの返事がない事に訝しむ。

しばしの沈黙が流れ、そしてロンはゆっくりと口を開いた。



「レイ……そういう事じゃ、ないんだよ」



それだけを言ったきり、ロンは再び黙ってしまった――




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