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〜命の灯火を揺らす者13〜

「皆! あそこ何だか光ってないか!!」



突然に飛び降りたミラを探すため、旋回していた風竜の背でベルは大声でそう叫んだ。


慌てて他の者も視線を向けると確かに峠道の入口付近で強い光が瞬いている。


黒の中に緋色を混ぜたようなその光に、ふとシエルはロンの姿が重なって見えた。


全身を覆う鎧のような、血を滴らせた拘束具のようなあの骨とはしかし違っていて、魔法の残滓として空中に散って舞うその光は美しく、それでいて恐ろしかった。


そして光は徐々に小さくなり、人の姿を露にしていく。


黒い長髪を翻し、首には鈍色の空の光さえ反射する美しい銀時計。


格好はなぜか自分達と同じ制服で、スッと開けられた瞳は吸い込まれるような底の見えない漆黒であった。





そして、なにより――



「あの……耳は」



黒髪を割くように突き出した一対の肌色。


それは長く尖がっており、明らかに人とは違っている。


近くへと風竜は降り立ち、シエル達はその者に近付いていく。


たなびくスカートとローブがバタバタと音を立て沈黙の占める空間に響いていた。



「あんたまさか……ミラ?」



髪や目の色が変わっても顔の面影はミラのものであり、なにより学院を出ていく際に着ていた紺色のローブが、目の前の人ならざる少女がミラであると物語っている。



「その耳……」



「も、もしかしなくてもぅ」



「あんた、エルフ……なの?」



シエルの問いに、少女は薄く笑っただけだった。



「夕闇の声。夕凪の音。不破の奏は永久とわの調べとなり、智の守人は闇に呑まれる。秩序を喰い壊せ――ディストラクション・スネーク」



ミラは何気ない仕草で片手を峠道に向けると言葉を紡ぎ出した。


聞き覚えのないそれは、しかしなぜか懐かしく感じるもの。


伸ばした腕には先程の光が集まりはじめ、言葉の終わりと同時に放たれる。


細長くなった緋黒のそれは蛇のようにうねり、大きく開いた口のような所から突っ込んでいく。



激しく音と光が響き渡ったのはその直後――しかし、音と光は一瞬で消え耳鳴りに顔をしかめながらシエル達はミラを見る。


「今のは、一体……」



「魔力結界を解いた所ですわ。本当なら栞で事足りたんですが、今回はそれじゃ駄目でしたので」



声はそのままミラでありながら、やはり姿に違和感を感じてしまう。


どうしても耳が不自然に思え見つめていると、ミラが感情の無い表情を向けた。



「エルフが珍しいんですの?」




エルフとは、人間と違い高い知性と魔力、そして寿命を持っている種族である。


彼らはその昔聖地と呼ばれる場所に住み人とは一線を置いていたが、ここ数百年は微々であるが友好な関係を作っている。


だがエルフそのものはまだ珍しいものであり、お目にかかれるのも一生にあるかないか程。

当然、シエル達も見るのは初めてである。



纏う雰囲気が妖艶で気高く、なにより力強くなったミラはシエルを見て、エルラを見て、小さく笑うと背を向ける。



「ここから先は皆さんの魔力でどうこうなる気がしないので、ここで大人しく待ってて下さいですの。エルフの私に任せて……『人間』は、ここに残って下さいですの」



歩きだす背は峠道に向かい、発せられる言葉は淡々としたもの。


事態の理解さえできていないシエル達を置いて、彼女は一人で奥を目指す。


居るはずの人物を見つける為、大きくなる胸騒ぎを無くす為。


なにより――自分の心に従う為に。


探す人物の手が自分を握ってくれないとしても、燻った想いは否応なしに力に変わっていく。


彼を助けられるのは、まだ自分だけのはず――



「待って!!」


――なのに。



「正直事態がどうなってるのか分かんないし、エルフとか何とか言われて頭が混乱してるけど……」




自分が助ける事すらも、神様は許してくれないのだろうか。



「でもあんたが隠してた正体を明かしてまでこんなにするって事は……この先にはロンがいるのよね?」



「……いたら、どうするんですの?」



見つめ合うのは、エルフと人間。


恋を封印した者と、恋を知らない者。




「それなら私達も、行く」




そして、恋をした者。




三つの気持ちは違うはずなのに、想う人物は同じ。



たった一人にだけ、強く、儚く向けられる。



「人間ではこの先は死ぬかもしれませんですわよ?」



「……掴めるのなら、私は掴みたいの。あいつの、手を。我が儘とか自分勝手と言われていい。今、ここに居ない……それが、嫌だから」



「あの、哀しい鳴き声……ロンみたいな、気がした。苦しんでるのなら、私だって、助けたい――支えて、あげたい」



真摯なまなざしは、何も知らない無垢のせいか。


事実を受け入れて尚、耐えられたからか。


二人の知った少年の事実が、まだほんの始まりでしか無いのに、『人間』の少女達はいつまで受け入れられるか――いや。



(受け入れて……ほしいのかもしれないですね)



少女が願うのは少年の幸せ。




それを叶えられるのなら、自分は――




「後悔先に立たず、ですわよ?」



ミラの感じていた闇の気配はどんどん膨らみ、今では自分の感覚で捉えきれない程になっていた。



竜の咎人として力を顕現させたとしても、このままでは――



(もし止められないようなら、私の命を賭してでも『封印』しないと……)



それが自分と、世界と、大好きな少年のため。


業を背負う事など、『あの日』から覚悟していた。


来ないで欲しかった未来は、今もしかしたら、この現実に繋がっているかもしれない。



確かめるには進むだけ。



足を止めたい気持ちがあっても、止めてはならない理由がある。


「後悔しないで、生きていくのは無理……だから、私は後悔も踏み越えて、踏み締めて、ロンの側にいる」



「私はずっと弱いまんまで、あいつに甘えようとしてた。いや、違う――甘えてたの。弱くて卑怯で泣き虫で、でも私は、そんなでも私は、あいつと――」



「――まるで二人共、愛の告白みたいですわよ?」



ミラは言うと柔らかく笑った。


その顔は今まで一緒にいた中で、一番優しいものに見えた。



「かもしれない」



「なっ!? ちち違うわよ何言ってんのよ!! ただ世話になってるし私は主だし使い魔だし――って何よその目はぁっ!!」



頬を染めるエルラと真っ赤になって喚くシエルを見れば、自然と頬が緩んでしまう。



「どうでもいいけど私達の事忘れてないよねぇ~?」



「特待生君がこんなにモテ……いや僕は認めない! 断じて認めないぞ!!」



『人型に戻るが、いいかエルラ?』



その緩んだ頬は、しかしこの先に広がるであろう事態を楽観視したものではない。



「……では、『地獄』に参りましょうか」



誰にも聞こえないミラの小声は、弱く、哀しく、儚く風に溶けていった。



「じゃあミラ――」



「私の名前は」



シエルの声と重なった言葉に皆、耳を傾ける。



「私の本当の名前は――ピンク・リトディア・コーネルですわ」



聞いた瞬間、悲鳴にも似た大声が薔薇を握る少年から放たれた――












「くっ!?」



《逃がすかっ!!》



寒風吹き荒ぶ中、峠にはロンの怒号が響いていた。


見れば地を這うようにレンネが走り、それを夜叉を思わせる形相のロンが追いかけている。


レンネは時折後ろを振り返って手をかざし、何事か呟いたあと光球を放つ。


しかしロンは緋黒の骨を巧みに突き出しそれを防ぐと、返す刀のように骨を軋ませる。


そうすればまるで鳥の羽根のように血飛沫が飛び、瞬間矢じりへと変化しレンネを狙う。


レンネは魔法障壁を張り耐えはするが、幾度めか分からぬやり取りに疲れが見え始めていた。

しかし止まればそれで終わり。

射殺すように睨んでくるロンの目を見れば、捕まれば殺されてしまうのは明白。


何も達成していない今死ぬ事など、レンネは望んではいない。



しかし――



「ホーリー・クロス!!」



《効くかぁっ!!》



放つ魔法はことごとく防がれ、与えたダメージは無しと言って過言でなかった。



(まさか全属性の魔法が効かないなんて……あの竜鎧、明らかに他の竜の咎人とは違う!!)



コンマ何秒で詠唱し『ウォーター・スライス』を発動する。


三日月型の水の刃がロンめがけて飛ぶが竜鎧に接触した瞬間、まるで溶かされるように消えてなくなってしまう。


それは、何者も逆らえない『闇』そのもののようであった。



(映像で見た時より遥かに強い。それに、あの外見――)



怒りと狂気を称えたロンの顔には黒い流線が走り、その肌を黒く変色させていた。


それは時間が経過する毎に更に広がり、まるで漆黒の闇にじわりじわりと侵蝕されているようであった。



《答えろ! 貴様は我が同族に何をしている! 返答次第ではその首引き千切ってやる!!》



ロンの怒声には答えず、レンネは狭い天蓋峠の道をがむしゃらに走る。


飛行の為の呪文もあるのだが強化の禁魔法をかけた肉体の方が早く移動でき、それに空ではロンに追いつかれてしまうかもしれなかった。


竜の咎人の竜鎧は武器や防具、飛翔する為の羽にさえ変貌する。


ロン自身がその用途に気付いているかどうかは別にしても、この狭く曲がりくねった道を飛ぶのは危険であった。


それならば蜘蛛の巣のような道をひたすらに進み、引き離すのが得策――



《ハーフエルフの分際で、調子に乗るなぁ!!》


「っ!?」


ロンの言葉にレンネは目を見開いた。

驚きの感情は電気のように身体に走り、彼女の足は少しだけ速度を緩めてしまう。



《気付いていないとでも思ったか。精霊の力を借り発動する精霊魔法、しかし威力は人のそれと大差無く――何より貴様からは『混じりもの』の匂いがしてくる!!》



自嘲と蔑みの含まれた笑みはレンネを強張らせ、その足を鉛のように重くする。



《我と同じく忌み嫌われ、蔑まれ、存在を否定された者。それが貴様だ! ハーフエルフ!!》



「――――あなたはっ」



徐々に狭まる二人の距離。

レンネは震える声で初めて声を出した。

語りかけるのは自分と『同種の存在』である、竜の咎人。



「――あなたは、自分の生まれた意味を知っているの?」



それは今の状況からは考えられぬ、縁遠い質問。


しかしロンは獰猛な笑みを更に鋭くし、分かりきった事をと言わんばかりに明朗な声を出す。



《我はここにいる。ただそれだけで意味は生まれてくる。貴様のように疎まれるだけの存在と一緒にするな》



この言葉に、とうとうレンネの足は止まった。

しかしロンも追撃をやめ、立ち尽くす彼女を見つめていた。


余裕か気紛れか、竜鎧は軋むばかりでレンネに飛び掛かる事はない。



「……咎人もハーフエルフも大して変わらないわ」



《変わるな。貴様のように『特別な血』を引かぬ者と、唯一無二の血統を引き継ぐ我では存在価値は雲泥の差だ。貴様が死んでもこの世界に支障はないが、我が死ねばこの世界から大切なものが失われてしまう――ハーフエルフには分からない事だろうがな》



「ずいぶん高慢な物言いね。あの時涙を流していただなんて信じられないわ」



《…………何の話だ》



ブワッと膨れ上がった殺気はレンネの肌を灼き、 脳髄から危険信号を発信させる。



しかし――止まれない。



ここまで言われ、例え命の危機が目前にあるとしても自分を……ハーフエルフを侮辱した目の前の少年を許すわけにはいかない。



「同族にはあんなに優しいのに、違う種族になるとこんなに態度が違うのね。我が儘な子供みたい――いいえ、本当に子供なのよね」



レンネとロンの外見の年の差を見てみれば、ロンは子供と言われても無理はない。


しかし、背中から緋黒色の骨を出し肌に黒の流線を走らせた異形の姿では、子供と言い表すのに些かの違和感を感じる。


侮辱ともとれるその言葉にロンの殺気は増し、瞳の瞳孔は細長く収縮する。


怒りは、熱風のような殺気となってレンネに飛ばされる。



《……我がいつでも貴様を殺せる位置にいる事をどうやら分かってないようだな》



「――分かってるわよ。けれどあなたは私をまだ、殺せない」



ロンの竜鎧が軋む音を鳴らすたび心臓を鷲掴みにされるような恐怖があるが、しかしレンネは自信があった。


自分が殺されるのは、彼が聞きたいと思っている情報を話してからだ。


ここまで同族に執着する彼の言動を考えれば、必ず情報を聞き出したいはず。


すぐに命を奪う程、頭の回らない愚かものではないはず。



「あなたは私達『竜の手綱を握る者』の情報が知りたい。けれど私はあなたの事が知りたい。ここはお互い落ち着いて、情報交換とし――」



怒りの気持ちを鎮め冷静に話していた時――右足に、何か衝撃が走った。


目線を下げ見てみると太く不気味な緋黒の骨が太股を貫き、赤い鮮血を地面に滴らせている。


――痛みは、その後すぐに襲ってきた。


「ああっ!!?」



《貴様は勘違いをしている。確かに我は同族を救うため情報が欲しい。その、竜の手綱を握る者の事も詳しくな。しかし――》



深く抉るように更に骨は沈められ、赤い血が傷口からは噴き出す。


焼いた鉄杭で貫かれたような激痛がレンネを襲い、彼女の意識が朦朧とする。


視界が揺れて霞む中、ロンの声だけはしっかりと聞こえていた。



《それが貴様の命を繋ぎ止める理由にはならない。貴様を殺した後、先程の場所にいた奴等に聞いてもいいんだ。我が同族の身体を弄んだ罪、我と対等に立とうとした罪――すべてが万死に値する》



甘かった――目の前の咎人は本当に、同族以外を対等に見ていない冷たい目をし、もう片方の骨を軋ませる。


そうして飛ばされた緋黒色の血は、風を切りながらレンネへと飛んだ――












「……ここも違うようですわね」



そう言うと何度目か分からぬため息を吐き、黒髪黒目をしたエルフの少女は後ろを振り向いた。



「先程の道まで戻って別の方に行きましょう」



それを聞いたリーリアやベルは素直に頷くが、シエルだけは憮然の表情をする。


目線が合うとエルフの少女は肩をすくめ、ため息混じりで喋り出す。



「そんな顔されても仕方ないですの。今この天蓋峠にはロン様の気配が……あなた達には分からない、とても濃い気配が充満しています。この入り組んだ地形からロン様の詳しい場所を見つけるのは、さすがにエルフの私でも無理ですの」



「すぐ見つけられるような魔法はないの? 確かミラ、じゃなくてピリコだっけ。エルフの魔法は人間のとは違うんでしょ?」



「まぁ、確かに違いますわね。人間の魔法は己の魔力のみで駆使しますが、私達の場合は遥か昔からこの世界にいる、全ての物質の源『精霊』の力を借りて魔法を使うんですの。威力も人のそれとは比べ物にならないですが――今のここでは、効果はあまり出ないはずですわ」



その言葉にシエルは訝しむ。


エルフの事は書物でしか知らないが、しかし魔力の強さと彼らが扱う精霊魔法の威力だけは、読んだだけであっても畏怖と思えるほどだった。


人では無理な事象も彼らは意図も容易くやり遂げられる――そう思っていたエルフの少女から言われた言葉は、しかし思いもよらないもの。



「今のここではって、一体――」



言葉を続けようとした瞬間、素早く少女の腕が伸びてきた。


それはシエルが反応する間もなく顔の横を掠め、と同時に少女の明朗な声が耳に届いた。




「深き迷牢、固き堅牢。黒白の境界にかかる深淵の闇よ、壊れぬ壁へ形を変えろ――ダークネス・クリフ」



途端シエルの背中スレスレに黒い壁のようなものが現れ、次いで金属同士のぶつかり合う音が響き渡る。



「なっ! なな何!?」



「……飛竜の出す火球にしては威力が強いですわね」



驚くシエルと冷静に分析するピリコが同時に頭上を仰ぎ見る。


絶壁の上に立っていたのは、機械化された飛竜が二体。


それと――


「ぐはははっ! まさかこんな所で貴族のガキに会えるなんてなぁ!! 俺達ぁツいてると思わねえか、なぁテメーら?」


「「おうよ!!」」


シエル達を取り囲むように絶壁の上には何人もの男達が立っていた。


ボロボロの服を纏い下卑た笑いを浮かべて見下すその目は、薄汚れ濁っている。


友好的には決して見えない突然の来訪者達に、皆に驚きと緊張が走る。



「人質は一人でいいだろうな。後はテメーら、煮るなり焼くなり好きにしろ!!」



リーダーであろう一際身体の大きい男がそう言うと周りの者達は奇声をあげ次々と絶壁から飛び降りる。


ただでは済まない高さではあったが、上にいる数人のメイジらしき者達が『レビテーション』を唱え地面に激突する者はいなかった。



「な、何なのこいつらぁっ!?」



「ここ、これが天蓋峠で起きてる問題なのかいピリコ嬢!?」



慌てふためくベルとリーリアを余所に、ピリコの目線は飛竜に固定されていた。


彼女の瞳は、哀れみの色に濡れていた。



「竜型に戻って奴等を追い払う――どうした!?」



その時レイが悲痛な声をあげた。

見ればエルラが頭を抑えてうずくまり、身体を小刻みに震わせながら脂汗をかいている。



「泣き声が……竜の、泣き声が、聞こえるっ……」



恐ろしいものを拒絶するように目を固く閉じたエルラに男達が駆けよってくる。


手には様々な武器を持って、子供だから女だから容赦をするという考えは毛頭無い様子。




「悠久の眠り、永遠の迷い子。時を停める虹色の泡、彼の者達に幽冥(ユウメイ)の眠りを――スリープ・バブリシャス!!」



瞬時に詠唱したピリコの魔法が発動し、幾人もの男達の前にシャボン玉のようなものが現れる。


訝しむ者もいたが大半がそれを割り、途端崩れ落ちるようにして地面に倒れていく。



「ちっ、催眠呪文か。ガキのくせになかなか高度な魔法覚えてるじゃねえか!! だがなぁ――」



ピリコが魔法で下に降りた男達を全員眠らせると、巨大な翼をはばたかせて降りてきたのは二体の飛竜。


顔や胴体部分、細かな所に機械化が施されており、透き通っているはずの眼は血が滲み濁りきっていた。



「……ひど、い」



見ているだけで痛々しいその姿にシエルは絶句し、ピリコは噛み砕かん程に歯がみする。


「下衆――ですわね」


理性の感じられぬ飛竜は威嚇するように鳴くと口に炎を溜める。


尖った歯の隙間から漏れ出す火の粉がパチパチと音を奏で、シエル達の不安と緊張を増大させる。


しかし、それでも負ける気は無い。



「これが前にロン様が出会ったという機械化された飛竜ですわね……確かにこんなものを見せられて、あの方が耐えられるはずありませんですの」



「……凄い匂い。鼻が曲がりそうだわ」



ピリコの両手は魔法の光を称え、シエルは杖を取り出して飛竜に向ける。


うずくまるエルラが心配だが、そちらはレイに任せる事にし二人は飛竜に視線を合わせる。



「なな何でそんなに冷静なのぉ!?」



「この見た目のグロテスクさと匂いでは、さすがの僕も一歩も動けない……君達のように強い女性はまさしく刺ある薔薇のようだ。美しく素晴らしぐふっ!?」



リーリアも杖を出しているが震えており、状況に恐怖しているのが分かる。


ベルにいたっては鼻をつまんで目をつむり、情報を全てシャットダウンしていた。


エルラはうずくまり、レイはその傍らで不安の表情で付き添う。


今、この場でちゃんと戦えるのはシエルとピリコのみ。


エルフであるピリコがいるのは心強いが、異形となった飛竜二体の未知数の力を思えば状況は不利と言わざるをえないはず。


しかし――


(また胸がざわざわしてる――でも、何だか前とは違う)



湧き上がる高揚感と速くなる鼓動。


熱にうなされるように身体は熱くなるが、夢舞台の踊り子亭での転移魔法時のような不安と焦躁は感じられなかった。


身体の奥底から溢れてくる魔力は杖へと流れ、形のある魔法へと変化していく。


あの時の錯乱する意識とは違う、はっきりした意識の中で形成されたそれはシエルが今まで唱えたどの魔法よりも強力だった。



「敵を射抜け、光塵の槍――シャイン・ランス!!」



昔に一度読んだトライアングルクラス用の教本に載っていた魔法。


いつもの自分なら絶対成功しないはずの上級魔法は眩い光を放って杖から解き放たれ、その身を美しい光槍としながら飛竜へと飛ぶ。


瞬きする間もなく走る閃光は、まるで吸い込まれるように飛竜の額へと突き刺さった。


悲鳴も発する間もなく飛竜は倒れ伏し、大地は巨重に震えシエル達の足を揺らす。



「す、すごい~……」



「う、う……美しすぎるっ」



驚嘆する二人をよそにシエルの顔は浮かないものだった。

魔法を放った手に感触が残っているわけではないのに、『命』を奪った事実はギュッと彼女を締め付ける。



(こんなに重たいものを、あいつは……)



浮かんだ少年の顔と同時、耳をつんざいた爆音にシエルが振り向くともう一匹の飛竜が煙をあげながら倒れるところであった。


戦っていたはずのピリコは片手を飛竜に伸ばしたまま動かず、前髪で隠された表情を窺い知る事はできない。


――それでも、シエルには見える気がした。


ピリコの哀しみを称えた表情が。あの少年と同じ、哀しそうな表情が容易に頭に浮かぶ。


目には見えない心の涙が、見えた気がした。



「くっそ! 大金出して買ったくせにガキに負けんじゃねえぞ化け物共が!! 金額分は働けってんだ!?」



倒れた飛竜達をみて激昂した男が悪態をつき、次いで何度も蹴りをいれる。


それを見て、わずかに伏せていたピリコの顔があがる。急速に雰囲気は一変し、チリチリと突き刺す寒気が肌へとまとわりつく、



「人間が……調子に乗るんじゃ…………ありませんわっ」



「うるせぇくそガキが! てめーらこそ調子に乗るんじゃねえぞ!?」



唾を飛ばしながら叫ぶ男はそう言うと指に嵌めていた指輪を外し、ピリコに投げつけた。


ピリコは避ける動作もせず片手だけを向け、瞬間で魔法を放つ。


その光に吸い込まれるように指輪は消滅し、魔法の光はそのまま男に向かう。


男に当たる瞬間――魔法は、唐突に消えた。



「え?」



――声をあげたのは、シエル。



「……な……っ」



――肺の空気と一緒に血を吐き出したのは、ピリコ。



「死んでも俺の為に働けぇ化け物共!!」



血走った目で叫ぶ男に映る視界では、死んだはずの飛竜が起き上がりピリコに牙を食い込ませていた。


ーーその光景をシエルは信じられなかった。


ピリコの事はどちらかといえば嫌いであったが、実力は認めている。

というよりも伝承で語り継がれるエルフの強さを、盲目的に信じていたのだ。


その強さが、絶対的であるかのように。



しかし現実ではピリコは地に倒れ、血溜まりの中でピクリとも動かなくなっている。

人は、あまりに現実と自意識との差が激しいと思考が止まってしまう。


たった数秒、数コンマの事ではあるが、それは相手には充分な時間だった。



「グギャアア!!」



雄叫びの方向に顔を向けるのと、肌を焦がす熱がシエルの身体を包み込むのは同時であった――




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