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〜命の灯火を揺らす者⑩〜

(さてと……)



町の裏通りを歩いていたミラは、ある一軒の家の前で足を止める。


辺りは昼過ぎの時間帯にも関わらず人影がなく、町に寂しい印象を与えてしまう。

石灰のレンガを積み重ね造られた白い建物。

理路整然とした町並みは網の目のように規則正しく、変わる事のない景色が海の方まで続いている。

空の色をはね返し鉛色に染まった海を見ながら、ミラは家に入っていく。


扉を開けると部屋には何も無く、ただ中央の床に扉のようなものが備え付けられてあった。

床の扉は開けられておりその中には下へと続く階段が見え、扉が開いている事に訝しみながらミラは階段を降りる。

螺旋状に続く階段をしばらく降りると木枠の扉が現れ、そこから漏れる青白い光を見てミラは小さく笑う。



「こんな所に来るなんてオバ様に何か用ですの? 町長さん」



「……ミラか」



開けた扉の先には石組みの部屋が広がり、中央に魔法陣が展開していた

。夢舞台の踊り子亭の地下の様子に酷似した場所で、ミラの声に答えたのは一人の老人。


薄くなった白髪の頭に、ゆったりと伸ばされた白髭。


神経質そうな視線をミラに向けるがすぐに前に向き直り、魔法陣の頭上に浮かぶ光に話しかける。



「……では、転移場所の大規模な破損は予想外の事だというのだな?」



『その通りだ。私も詳しく分からないから憶測でしかないが――今からピリコに聞けばいいだろう?』



独り言のように言った老人の言葉に答えたのは、魔法陣の光であった。


いや、詳しく言えば光の中の『人影』である。



「オバ様、今はミラだと何回言えば分かるんですの?」



呆れた声でミラが言うと、光の人影は快活に笑い声をあげた。



『悪い悪い、いつもの癖だ――さてと。ミラ、さっき町長から話があったように転移場所が有り得ない破損をしていたらしい。通常の呪文なら、テレポート時にそんな影響が出る事は有り得ない……何があった?』



「転移の中心地点を固定する四本の魔石が消滅し、更に地面に極大魔法が当たったような大穴があいていた。こんな事今までの転移呪文では無かった事だよ。あれではまるで……」



「――まるで私が人間用の魔法を使い暴走した時のような、ですか?」



「…………」



『……そうなのか?』



聞いてくる声に溜め息を吐くと、ミラは首を振ってそれを否定する。

軽い足取りで光の人影に近付くと、妖艶な笑みを称え唇を歪める。



「もう昔みたいな間違いは犯しませんですわ。あの頃から私も大人になりましたし、今回は別の要因ですの」



「……なら一体何なんだね?」



町長の声には僅かに苛立ちが混じっていた。また、それと同時に恐怖のようなものも。


ミラはそれを見透かしながらあえて何も言わず、瞳を人影に向けたまま言葉を発する。



「――神姫の血族」



『!?』



「神姫……何?」



町長と人影は異なる反応を見せ、それを楽しみようにミラは微笑を浮かべたまま懐に手を入れる。

取り出したのは、所々が錆び付いた銀の懐中時計。

細かい紋様の彫られた蓋を開けると、文字盤の針は止まっていた。




「あら、町長さんはご存じないんですの? 神姫とはこの世界を作ったとされる人間達の総称。古き民たるエルフの持つ魔力と同等の魔力を有した人間の事ですわ。特別なその力を扱える者は神姫の剣と言われ、血を受け継いでいるのは四つの王家の者だけ……今宿屋で寝ている桃色の髪の子が、その血筋の者ですの」

 

 

「何とっ――――」



ミラの話を聞いた瞬間町長は顔色が変わる。

そしてその動揺は、光の人影の声にも表れていた。



『まさか、目覚めたというのか? 神姫の剣に』



「……とりあえずそれは無いと思いますの。そんな兆候は今まで無かったですし、今回はただの魔力の暴走と考えるのが妥当ですわね」



『……様々な感情の高ぶりにより増幅される無尽蔵の魔力、か。しかしここ二百年の間に、膨大な魔力の暴走など聞いた事がない』



「ですから、シエルさんには素質があるんでしょう。神姫の剣になれる素質が」



言うとミラは懐中時計を手の平に乗せ、光の中に差し出した。


重なる人影とミラの手。それを見ながら、歪められた唇は何かを呟いた。


途端、その手に乗せられていた懐中時計は姿を消し、青白い光は強く瞬いた。



「強い魔力を秘めた人間。ますます『伝説』に近付いてきましたけれど、それに伴って私の『封呪』を解放して欲しいんですの。必要は物は、さっき送りましたわ」



『あの姿に戻る必要があるのか?』



「シエルさんの暴走を皆に見られたんですの。エルラさんやレイだけなら良かったんですが、リーリアさんやベル様まで見ているので騒がれる前に記憶消去を掛けようと。普通の人間が受け止めるには、あれは刺激が強すぎます」



『……そんなに、凄かったのか?』



「いつの世も人は自分と違うものを否定し、排除してきましたですの。咎人はその明確な体現者のようなもの、あの暴走だって普通の人間なら恐れてしまう。シエルさんが他にどう思われようと私には関係ないですけど……それでロン様が悲しい顔をするのは、嫌なんですの」



哀しく笑うミラを見て、人影は小さく溜め息を吐いた。


人の醜い部分を長く生きてきた中で悟った自分もそれは同意見で、そのような強大な魔力を見せられたら、きっと他の者がシエルを見る目は変わる。


それが決して良い方になるとは思えず、そのせいで悲しむシエルも、それを見て更に悲しむロンも容易に想像できた。


不思議とエルラだけは受け止められると思えるのは、やはり伝説の事があるからか。



いや、それよりも――



「エルラさんはいくらデルタクラスとはいえ、あの歳で上位種の風竜と契約してるんです、シエルさんの血筋のように何か特別なものがあるような気がするんですの」



自分の考えていた事を抜き取るようにミラは喋った。

特別な者同士、受け入れる事ができるはず。






――傷の舐め合いにも似た、理解ができるはず。



(上位種の竜と、少女……まさかな)



人影は、ふっと頭によぎった考えをすぐに否定した。


『アレ』は、神姫の剣のように絶えて久しいものだ。


そんなに都合よく、伝説と重なるようになるはずがない。


――否定したのに、しかし不思議とその考えは消えてはくれなかった。



『分かった。とりあえず封呪の解放の準備はしておこう。そちらではお前の思うように行動していいが、何か異変を感じたらすぐに知らせるように。任務は最悪やらなくてもいい、最優先するのは――』



「ロン様の事、ですわね」



言おうとした事を先に言われたので人影は少し唖然とし、次いで笑い声をあげた。

その笑顔のまま、頑張れと言うと――光の中にあった人影は粒子になって消えていった。


すぐに魔法陣の光も小さくなり、部屋の中は徐々に暗やみに包まれていく。



(あの人は過保護すぎですわ)



「……まぁ、私も他人の事は言えないですわね」



光が消える前に部屋を出ようとして後ろを振り返り、そこでミラは思い出したような顔をした。



「そういえば町長さんは、まだいたんですのね」



「…………」



明らかに説明不足そうな顔の町長を眺め、ミラは簡単に説明するにはどうすればいいかと頭を捻り出すのであった――








「あっ……」



短い驚きの声を聞いて、シエルは座っていたソファから立ち上がってそちらを向いた。


宿屋の入口近く、声をあげた少女――エルラは無表情で立ち尽くし、交える視線をそのままにしていた。

後ろにいたベルとリーリアもシエルに気付き、まるで今の空模様のように重苦しい灰色の気まずい雰囲気が漂う。

わずか表情を暗くしながらシエルは皆の方へと歩き出す。

そして、エルラの前で止まると頭を下げた。



「……迷惑かけて、ごめんなさい」



やっと出せた言葉はしかし、か細く震えていた。


――徐々に思い出すあの時の光景が、謝りの言葉を紡がせる。


あの時、ロンに抱き締められた時、シエルには『何か』に包まれている感覚があった。


ロンの暖かさとは違う、水飴のように粘り、羽毛のように軽い、見えない『何か』が。


それはシエルに纏りつき、そして、転移場所で爆発した。


転移場所が町から少し離れた森の中にあったため幸い町の人間を巻き込む事はなかったが、それでもその場所は散々たる風景に変貌していた。

削られ大きく窪んでしまった大地。


木々は刃物で切られたように鋭利な切り口をしており、切られたはずの部位は跡形もなく消えている。


数メートルに及ぶその被害はまるで極大魔法を思わせるが、しかしそれは有り得はしない事。


ワンドメイジのシエルには、出来るはずの無い事のはず。


シエルは思いだし身震いする。あれは、あの『何か』は、今まで感じた事のないほど巨大な――魔力だった。

魔法を使おうと詠唱する時も、杖を振るってイメージを具象化する時よりも規模の違う、あの魔力はいつもの自分の中のものであった。

しかしその大きさは、今まで感じた事のない程巨大ではあったが。


分かっている事は、二つ。


一つは、自分の中にこれ程大きく……恐ろしい魔力が眠っている事。


もう一つは、その魔力の暴走のせいで目の前の皆に……怪我をさせてしまった事。


シエルの眉根を下げさせ、頭を下げさせ、胸を締め付けるには充分な理由であった。



「なんで、謝るの?」



「だって私は、皆に怪我を……」



巻かれた包帯と貼られた湿布が視界に入り、シエルは顔を伏せてしまう。


ミラの冷たい視線と、ロンの暖かい言葉と――自分の、勝手で淋しがりな醜い心。

弱りきってしまい、何もかもに怯えてしまいそうな今は、それらを見る事が出来なかった。



「――別に」



エルラの声は、それでも耳に届く。



「別に気にしなくていい。『私達』は、気にしていないから」



「……え」



エルラは微笑んでいるように見えた。リーリアやベルもまた同じ。

ぎこちなく固さはあるものの、それは紛れもなく笑顔であった。



「だって……」



その怪我は――言おうとしても、口が上手く動いてくれない。

それを見てリーリアが踏み出し、シエルをそっと抱き締める。

ふくよかな胸は陽の光のように暖かく、優しく、まるで癒してくれるかのように。


その暖かみに、少しだけシエルの瞳が潤んだ事は、誰も知らない。



「……私達は大丈夫だよ~。怪我だって大した事ないし、それよりもシエルちゃんが無事で良かったよぉ」



ぎこちないくせに柔らかく笑うリーリアの顔に、欺瞞(ギマン)の色は窺えない。


シエルは動揺を隠せず困惑の表情を浮かべていた。


自分なら、傷付けた相手に話しかけられないだろう。


自分なら、笑顔で相対する事などできないだろう。


自分なら、きっと、怯えを表情に出してしまうだろう。


それなのに皆は笑っていた。その笑顔は優しくて、強くて、ただただ、暖かくて。




――他人への優しさなど自分を守る保身なのだと思っていた心が、微かに揺れ動く。



「あなたが倒れたら、皆悲しむ」



「その通りさミス・メサイア。君の力がどんなものかは分からないし、例えそれで僕達が怪我をしたとしても、君を責める理由には微塵もなりはしないのだよ」



「……怖くないって言ったら嘘になるかもしれないけど~、それでも皆シエルちゃんの側にいたいんだよぉ。だって――仲間だもん」



ーー恐怖は疑心を生み出して。


ーー恐怖は更なる恐怖の糧になって。


ーーーーそれなのに恐怖は、絆を強くした。



物の見方や考えの違いで、人は好感や嫌悪感を生み出している。


そんなもの、誰でもやっている。


そんなもの、誰にでもやっている。


認める事が怖いのではなく、他人と違うのが怖くなる程、千差万別の考えがこの世にある。


その中で、シエルは皆に受け入れられた。

あの破壊の惨劇を見て怪我をしても、仲間と言ってくれた。


――涙を流すのに、これ以上の理由が必要だろうか。



「さっき皆で天蓋峠を見にいき、帰ってくるその道すがら話したのだ……見るのは、中身だと。受け入れるのは、お前の心だと。あの光景に畏怖を浮かべる者などいない、皆の者はお前の事を良く知っているからな」



レイの諭すような声は染み入るように心に届く。


怯えていたのは自分だけ。


周りはこんなにも、自分を受け入れてくれた。


優しさは、浮かぶ闇夜の月のように儚く、淡く、確かに存在し、自分の事を見守ってくれている。



「――がとう」



心の傷が深くても、未知の事態に陥っても、共に立つ人達の手は支えてくれるはず。



『シエルさんが笑ってくれるのなら、心も身体も、傷だらけになるのを耐えられますから――』



支えてくれる手の中で、もしも掴み返してあげられるならとシエルの頭に浮かんだ少年は、その言葉と共に、優しく、哀しく笑っていた――




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