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〜命の灯火を揺らす者〜

遮るものの少ない草原を寒風が吹き、インクリス魔法学院は初冬の外観を見せはじめていた。


朝は霜が降り、窓は水滴を垂らして僅かに曇る。


一年生の『呼び醒ましの儀』から1ヶ月、季節は本格的に冬になろうとしていた。

息さえも凍りそうな夜更けの頃、本塔の中にある図書館に一つだけ、弱々しくもはっきり光る光源があった。


その近くのテーブルには妙齢の女性――インクリス魔法学院、学院長のビネノアが座っていた。


彼女は光源を頼りに本を読み、難しい顔をしながらページをめくる。



「あらあら、こんな夜更けに何してるんですの」



と、そんな声がどこからともなく聞こえ、しかしビネノアは驚く事なく、溜め息を吐いて後ろを振り返る。



「ピリコこそ……私に何か用でもあるのか?」



「別に。ただ一番偉い学院長さんが、皆に隠れるように本を読んで調べ物をしているのが気になっただけですわ」



ピリコと呼ばれた声の主は光源の届く範囲まで歩き、その身体を光に晒す。


そこにいたのは、少女であった。


髪は赤に近い桃色をしていて、その両の端を団子状に縛り、金色の瞳は年不相応の妖艶な輝きが見え隠れしている。


ピリコの言葉にビネノアは一度だけ鼻をならし、それで終わりというようにまた本を読み始めた。

それをぼんやりと見ながら、ピリコは言った。



「シエルにエルラ。そして、咎人。まさか、ロン様が現れるとは意外でしたが――ここまで『伝説』の通りだと先が楽しみだとは思いませんですの?」



ビネノアは、めくる手を止め、深い沈痛の顔をする。


そうしながら少女を見、静かに口を開く。



「ピリコは……どう、思う?」



弱々しくも聞こえるそれを聞き、ピリコは微笑む。




――寒気を感じてしまいそうな笑みは、しかしどこか物哀しいもの。



「……さあ。私には『愛する者を殺してしまう』気持ちなんて、分かるはずがありませんですわ」


そうして少女は、ビネノアの読んでいた本に視線を落とす。

そこに書いてあったのは、自分の言った言い伝えが、自分の『種族』に伝わる伝説が書いてあった。



「あと言い忘れてましたが、『ここにいる』のはピリコでなく、ミラですの。本名で呼ばれたらこの姿の意味が無くなってしまいますの」



「……誰が見てる訳でもないだろ」



ビネノアが苦笑を浮かべたその時――ビネノアの目の前のテーブルに小さな魔方陣が浮かび上がった。

月光のように淡く輝きながら、光の粒を放ちながら、魔方陣は燦々と輝いている。

突然の魔方陣に、しかしさほど驚いた顔をしないビネノアとピリコ。そうこうしてる間に魔方陣は消え、それが出ていた場所には手紙のようなものが落ちていた。



「上からの『依頼』……いえ『命令』かしら。どちらにせよ、私には関係のないものですわね」



それでも気になり、ピリコはビネノアに近付く。



「ちょっと見せて下さいですの」



内容を読み、少しして――



「これは……」



ピリコは笑みを浮かべた。楽しそうに、愉快そうに、面白そうに。にやついた顔のまま、ビネノアの方を見やる。



「私、すごくいい事を思い付きましたですの。ロン様の事も『伝説』の事も、手紙の『命令』だって一気に片付けられるかもしれない、素晴らしい事を思い付いたですの」



ピリコの思い付いたそれを聞いた直後、ビネノアは信じられないものを聞いたような顔をした――








弱く照りつける朝日が窓から部屋へ差し込み、部屋の主たる少女はうっすらと瞼を開けた。


最高級の羽毛を頭から被り桃色の髪しか見えていなかったが、しばらくして鼻まで顔を出す。



「……寒い」



途端しびれるような寒さが肌を刺し、少女はそう言うと再び顔を潜らせる。



が――




「は!?」



思い出したような顔をし、ガバッと起き上がった。


肌を隠すには心許無い薄手のベビードールを身にまとい、ウェーブ気味の腰まで伸びた桃色の髪。


彫刻のような白い肌は一気に押し寄せた寒さで鳥肌たってしまったが、少女はそれでも構わない。


とび色の瞳の中に意志強く光を燈らせ、これからの意気込みと緊張の度合いを如実に窺わせている。


気品を感じさせる外見からは想像できない大きな足音を出しながら、壁際にいくつも置かれている洋服棚へ近付いていく。


取り出した制服をベッドの上に放りなげ、スカートを穿こうとし片足立ちをして尻餅をつきながら、少女は焦ったような表情をしていた。



「今日はデートの日だったわ!!」



着替え終わると扉を体当たりするように開け、走り向かったのはある少年の部屋。


そして、少女がある少年の部屋へ向かっていた頃――



「……ふああ」



その、ある少年は、学院内の食堂の窓側にあるカフェテラスで欠伸をしていた。


伸びすぎの前髪から覗く鋭い目を眠そうにし、朝の早い時間なので誰も居ない、テーブル群の一つに腰掛けている。


そして本を開き、羊皮紙に何か書き写していた。たまに大きな欠伸をしながら。


すると向こうから、誰かが霜の降りた草を踏みしめ歩いてきた。

小気味の良い音が響きながら、その音源の主は少年へと真直ぐ向かう。


少年も気付いたようで、そちらを見、柔らかい笑みを浮かべた。



「おはようロン」



「おはようございます、エルラさん」



ロンと呼ばれた少年は分厚そうなローブ姿で立ち上がり、近くのイスを引く。


そこにエルラと呼ばれた少女は座る。

と、いきなり着ていたローブを脱ぎだした。


豪奢な刺繍がされているそれを脱ぐと薄手の制服が露になり、肌に突き刺さるように冷たい空気が襲いかかる。


驚き顔で見ているロンへ椅子ごと近付き、エルラは杖を取り出すと短く呪文を唱える。


すると、小さなつむじ風が現れ、器用にロンのローブの留め紐を外した。


するりと開いたその隙間に、エルラは椅子ごと埋まる。


突然の事に硬直したロンをよそに、エルラはローブの留め紐を繋ぎ合わせるとまるで二人羽織のような格好で、少年と少女は一枚のローブに収まった。


朝日も低く、空気も冷たく、さえずり鳴く鳥達さえいない寒空の下、二人のローブの中だけは暖かく、温もりに溢れていた。



「暖かい……」



「あああの! エルラさん!? その、何と言っていいのか分からないんですけどひああぁぁぁ!!?」



しどろもどろで喋っていたロンは突如情けない悲鳴を上げ、頬を暖かさ以外の事で朱に染める。



「こうすればもっと、暖かい」



ローブから出ている顔をロンへと向けるエルラ。


息さえかかりそうな距離の中、しかしロンはそれに構っていられる程の余裕はない。



「そ、そこは触っちゃ――あふん!?」



ビクッと身体を震わせ再度悲鳴を上げるロン。

目の前の相手のそんな様子を見てエルラは、微かに、だが確実に笑みを浮かべて、今度はローブに頭ごと埋まってしまう。



「こうすればもっともっと、暖かい」



「も、もうこれ以上は僕――」



そうして、何だかとっても甘酸っぱい雰囲気が二人を包み、攻める責められ空間が出来上がる。



――が、しかし。



「ななな……何をやってるんじゃ――――っ!!」



そんな怒声と共に飛来した猛スピードのレンガは鈍い音を轟かせロンの頭に当たり、桃色空間は泡のように消えるのであった。




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