3−3: ウーラ・ハザウェイ
「ゲーラン、このメンバーに公式サイトのアクセス件を頼む。それと、公式サイトだが、ドラフトの共有、注釈付けの機能が欲しい。注釈も含めての内部リンクの機能も」
ラジーニはディスプレイを見たまま言った。
「わかった。既成のものでもかまわないか?」
「条件に合えば」
そこでラジーニはディスプレイを眺めた。
「じゃぁ、記事構成などの案を纏めてくれないか。次のミーティングの都合の良い日もメールしてくれないか?」
ディスプレイの面々はうなずくと、一人ずつ消えて行った。
それを確認すると、ラジーニは部屋の出口に向かった。キーボードもそのままに置いていた。
「ラジーニ?」
ナオミが呼び掛けたが、ラジーニは左手で軽くそれを押さえた。
教院の裏手にあるセヴァロの自宅にラジーニは入った。
「ウーラ?」
「こっちよ。キッチン」
「そうか。ちょっと聞きたいことがあるんが」
そう言いながらラジーニはキッチンに向った。
キッチンに顔を覗かせると、ウーラはテーブルに着き、人数分のお茶の支度がしてあった。
「終ったの? なら、お茶を持っていくけど」
「うん。落ち着いているな」
ラジーニは向いの席に着いた。
「セヴァロからはいろいろ聞いたのか?」
「えぇ」
「セヴァロは、少し弱気だったように思う。何かあったのか?」
「先に飲む?」
そう言いウーラは二人分のお茶を淹れはじめた。
「この間、あなたが来てから、セヴァロは先代のノートを引っ張り出したり、考えたりしていた」
「それで君にも話した?」
「えぇ。ここに来てもう長いけど。他の街の普通の人の感覚を確かめるのに、私は力になれるから。ほら、両方の感覚で答えられるから」
ウーラはラジーニの前にカップを置いた。
「それで、行き詰まりを感じたのかな? いや、君が納得しなかったとかじゃなく」
二人はお茶を一口飲んだ。
「そこを説明するのは、結構複雑なのよ。私自身、どちらに軸足を置けばいいのか、それとも置いているのかわからない時もあるし」
「少しなら、それはわかるかな。似たような訓練は私もしてあるから」
「そうなの?」
ラジーニはもう一口飲んだ。
「あぁ。誰かが何かを言ったとして、そう言ったのは確かだが、ではそれはどういうことなのか。そういうことを考える訓練をね。科学畑で人間を相手にする分野には、必須の技術だよ」
「私の心理分析をしてみる?」
「いや、そういうのじゃないんだ。ヘテロ現象学というただの技法でね」
「セヴァロもそれはできるの?」
「うん。先代から訓練を受けているだろうし、私も教えたことがある。私が教えた時には妙に納得していたが、それは先代の訓練を納得したんだろうな」
「そう。私がそういうふうに話して、セヴァロはさらにそういうふうに考えていたのかしら」
「多分ね」
「ちょっとどういう考え方になるのか、わからないわね。複雑になりすぎる」
「そうだね。それで君が出した答えは?」
ウーラはカップの中を覗き込み、それから一口飲んだ。
「たぶん、混乱が起こる。その混乱を元にして、誰もかれをも巻き込んだ、もっと大きな混乱が起こる」
「僕たちも、そうだろうと考えている。セヴァロはその上でさらに何かできないかと考えたんだろうな」
「不思議とね、私はそれも受け入れているの」
「あぁ」
「だけど、それはあなたたちと、それにセヴァロに接っしてきたからだわ。最期を目の前にしても、自分自身を律することができると思えるから。でも他の人はどうなんだろうとも思う」
ラジーニはもう一口飲んだ。
「というと?」
「あなたたちは、今になれば私もだろうけど、とても強いのよ。今になっても教院が存在するのはなぜ? 結局はそれを元にした法律があるのはなぜ? 自分を律することができるほど、人間は強くないからだと思う」
ラジーニはウーラを凝視めた。
「そうなんだろうな」
「さっきあなたは、私を見て、落ち着いているって言ったわよね」
「あぁ」
「でも、落ち着いてなんかいないの。とても不安で。だけど、何を不安に思っているのかが、たぶんあなたたちに接っしていない人とは違うと思う。その不安は、私の不安ではなくて、世の中の不安を不安に思っている。そう言っていいと思う」
「そうか。私たちを、何よりセヴァロを助けてやってくれ」
ウーラは弱く微笑んだ。
「もちろん。でも、他の人の助けになれるかはわからない」
「かまわないさ。何も起きなければ、私が先走ったということで納めればいい」
ウーラは微笑むのを止め、ラジーニの目を見た。
「それでもあなたは、やる必要があると思っているのね?」
「あぁ」
ウーラは立ち上がり、盆にテーセットを載せた。
「さ、あっちで皆でお茶にしましょう」
そう言って、歩き始めた。




