2−3: 教院: 教父 セヴァロ・ハザウェイ
ラジーニはキャンパスから高速道路を2時間と少し走らせ、家のある街に帰ってきた。
この街も、半分は国際宇宙局研究キャンパスのためにできたようなものだった。機器の設置やその他の工事に携わる人が住み、大きくなった街だった。それ以前には、自動車で一時間弱のところにある大きな街に働く人の住む街だった。街路の両側に庭のついただいたいは二階建の家が並んでいた。
ラジーニは、街の中央からすこし外れたところにある教院に車を停めた。
礼拝堂の裏手に周ると、女性が簡単な菜園の手入れをしていた。
「ウーラ、こんにちは。セヴァロはいるかな?」
女性は手を止めて振り返った。
「中で何か仕事をしてるみたいだけど。かまわないんじゃないかな」
「そうか。ありがとう」
ラジーニはウーラに手を振ると、家に入っていった。
書斎の前に立つと、ラジージはノックをした。
「ウーラ? あと少しだから待ってくれないか?」
部屋からそう返答があった。
「あー。いや、私だ。ラジーニだ」
部屋の中から何やら片付ける音がしてから声がかかった。
「どうそ」
ラジーニは扉を開けた。マホガニーの机の向こうにセヴァロが座っている。机に向かうように、椅子が置いてある。ラジーニは椅子に手をかけ、セヴァロの顔を見た。セヴァロが無言でうなずくのを確認してから、ラジーニは腰を降ろした。
「それで?」
セヴァロは机の上で手を組み、ラジーニを見た。
「あぁ。ちょっと面倒な仕事が入ってね」
「今日は国際宇宙局のミーティングの日だったか?」
「あぁ」
「それ関係で?」
「あぁ」
セヴァロは言葉の続きを待った。だがラジーニは黙ったままだった。
「私に何か頼むわけでもないんだろう? 私は教院の教父だ。科学畑の人間じゃない。相談になら乗れるが」
「いや、一つには君に頼みたいことがあるんだ。それともう一つ。まぁ、これはいつもやっていることなんだが。君にもはっきり伝えておこうと思うことがあってね」
「二つめの方から聞こうかな」
セヴァロは椅子に背を預けた。
「私一人では手に負えなくてね。人が必要なんだが。それで、これまでもやってきたことなんだが」
セヴァロはうなずいていた。
「ある事実を述べたとしよう。だが、それは実際に何が起こったのかのすべてとは限らない。では、私が言ったことだけで満足してる人間は信用に足るだろうか? だから、たとえば、事実が三つあったとしよう。そうしたら、その内の二つを話すんだ」
「なんでまたそんなことを?」
「残りの一つに、どうやってであれ辿り着く人は信頼できる。真摯にその問題に向かい合う姿勢が見えるからね」
セヴァロは声を挙げて笑った。
「嫌なことをしているな。君、友達が少ないだろう?」
だがラジーニは真顔で答えた。
「そうかもな。だけどこれは君と先代、つまりは君の教師父から学んだことだ」
「そうか? そんなことをした憶えはないけどな」
ラジーニは部屋を見渡した。壁には先代の写真が一枚飾ってあった。
「あぁ。君も先代もそういう立場ではやっていなかった。やっていたのは逆の方向でだな」
「逆?」
「あぁ。こちらが何か言ったとき、 いろいろ調べただろう? そしてこちらが言っていなかった事実にも辿り着いていた」
セヴァロはうなずき、笑みを浮かべた。
「それは、まぁ、こういう仕事だからな。できれば寄り添いたいと思う。それだけだ。そんなに大したことじゃない」
「君がそれを仕事だと言おうと、それでも君も先代も信頼できる。私はそう判断している」
「そう言ってくれるのはありがたいが。それで一つめは?」
ラジーニも椅子に背を預けた。
「問題が問題なんだ。科学畑の話だけで記事にするのは難しいと思うんだ」
「それなら、まぞその問題というのを教えてくれないか?」
「そうだな」
ラジーニはそう言うと、鞄からキーボードとディスプレイを取り出した。それを持ち、テーブルの前に進み、月例ミーティングの記録の自動要約を再生した。
セヴァロはしばらく黙っていた。
「これが本当だとすると、私にできることはないように思うな」
「それは私だって同じだ。誰も、何も知らないままなのが一番なんじゃないかとも思う。だが、君の神はどう言う?」
セヴァロはラジーニの目を見ると、溜息をついた。
「私は、神は存在すのものじゃなく、見出すものだと思っている」
「神を信じていないわけじゃないだろう?」
「もちろん信じているとも」
「その神はどういうものなんだ?」
セヴァロはディスプレイを操作し、要約の最後の部分をもう一度見てから答えた。
「おそらく、君が信じている神と同じと言ってもいいんじゃないかと思う」
「見出すか。同じかもしれないな」
「だがね、ラジーニ。多くの人はそうじゃないんだ。知らないでいるというのも一つの選択肢だろうと思う」
ラジーニはしばらく考えてから言った。
「戒めにこういうものがあるな。あなたは、『自らを殺めてはならない』。それとこういうものもだ。『あなたは、隣人を偽ろうと試みてはならない』」
「あぁ」
「これを知らせないというのは、それらに該当しないのか?」
セヴァロは片手の親指と中指を両のこめかみに当て、しばらく黙っていた。
「そう言えるかもしれないが。それらが必要な場合だってあるんだ。こんな場合、誰が『自らを殺めてはならない』という戒めでさえ強要できるものか。『隣人を偽ろうと試みてはならない』とは言っても、それが必要な場合だってあるだろう。今回はそういう場合じゃないのか?」
「君自身はどう思うんだ?」
セヴァロはまた溜息をついた。
「知らないというのは、それ自体が罪だと思う。そして君がそれを知っているのなら、それを他人に教えないというのも罪だと思う。だが……」
「だが?」
ラジーニはうながした。
「これを知らせた場合、何が起こる? 私には混乱が起こる様子しか思い着かない」
「だろうな。私も同じだ。だから、君と先代が言っていたことを書いてもらえないかと思っているんだ」
「私が書くことなどがどれほど役に立つか。ラジーニ、君は先代の頃からこの街にいる。大学などで一時離れていたにしてもだ。先代の言葉が君の根幹に染み付いていても不思議じゃない。だけどな、それは普通じゃないんだ」
「あぁ、そうだろうな。だから君にも頼みたいんだ」
セヴァロはまたも溜息をついた。
「わかった。それでどうやればいいんだ?」
ラジーニは自分の端末を取り出すと、ゲーランを呼び出した。もう一台の端末に公式サイトの編集権を与えるように頼んだ。
ラジーニは左手でセヴァロに端末を出すように促した。セヴァロが端末を渡すと、自分の端末に数秒重ねた。
「ありがとう、ゲーラン」
そう言って、通話を終えた。
セヴァロに向き直り言った。
「そこで君の説教を書ける。適当に打ち合わせはするにしても、まぁ、まかせるよ。」
「あぁ」
セヴァロの答えを聞くと、ラジーニは自分のキーボードを鞄に戻し、部屋を出て行った。




