2−2: 月例ミーティング 2
「まず、ケリーの報告から始めようか」
ゲーランはそう言い、向いの席に座っていた男性を見た。
その男性は、ボードの前に行くと、ポケットから端末を取り出し、ボードの近くに置いた。
「まず通常の太陽の映像を見てください」
ケリーが言うと、カメラの中央が遮蔽された、太陽の映像がボードに映し出された。遮蔽された部分の外側には淡いコロナが現われていた。淡くは見えても、それは荒々しい現象だ。
ケリーはボード上でその映像を縮小した。
「これが問題の日の映像です」
同じように、カメラの中央が遮蔽された、太陽の映像がボードに映し出された。だが、遮蔽の外側に、そしてコロナの内側に明い部分があった。
「ちょっとどういうことかわからないな」
「かもしれません。色を変えて重ねて見ましょう」
ケリーはそう言うと、通常の映像を緑色に、問題の日の映像を赤色に変え、その二つの映像をボード上で重ねた。
「おわかりですか?」
「問題の日という方がコロナが広いのかな」
ラジーニは腕を組んで答えた。
「えぇ。実際広いのですが。それともう一つあります。スペクトルを重ねてみましょう」
ケリーは新しい映像を表示し、さらに重ねた。その映像は、カメラの中央を遮蔽してる部分を超えて、スペクトルを表示していた。
「これは水素のスペクトルです」
「あ、えーと。つまり?」
ラジーニは意図を捉えられずに訊ねた。
「問題の日に、太陽が膨張していた、あるいはガスが漏れていた可能性があります」
「あぁ。そうか…… えーと。他の元素のスペクトルが見られなくてよかったな」
ラジーニは依然要領を得ないようすで答えた。
「まったくです。ですが、今でも脈動を続けています」
ケリーは不安の色を隠さずに答えた。
「では次はジェニファーにお願いしようか」
ケリーが座っていた隣りの席の女性に、ゲーランは目をやった。
ケリーは端末を残したまま、ジェニファーと入れ違いに席に戻った。ジェニファーはまた自分の端末を取り出し、ボードの近くに置いた。
「問題の日の前後から今日までの太陽ニュートリノの数のグラフです」
そう言いながら、ケリーの表示を端に追いやり、ボードに新しいグラフを表示させた。
「問題の日にかなり増えた後、低下しましたが…… それでも以前より高い量を継続して示しています」
ジェニファーは簡単のそれだけ言った。
「ニュートリノ? それにガス? それじゃぁ、まるで……」
「バートン、次は君にお願いしよう」
ゲーランはラジーニの言葉を遮った。
ジェニファーの隣の席に着いていたバートンが立ち上がり、ジェニファーと入れ違いにボードの前に立った。
バートンも自分の端末を取り出した。ボードの他の表示を端に追いやり、新しい映像を表示させた。その映像は太陽系の概略図だった。バートンはそこから太陽の近くをズームした。水星軌道までを。
「水星の軌道にズレが見られます。太陽による三次重力まで考慮に入れてもです」
「普通は、重力場が構築する仮想的な重力源による二次重力で充分なはずじゃないのか?」
「えぇ。普通は。ですが、これまでの話にあるように、普通ではないので」
「ゲーラン、何を考えているんだ?」
ラジーニはバートンからゲーランに顔を戻した。
「次はダニエル、頼む」
ゲーランの向いに座っている最後の一人が立ち上がり、ボードの前に立った。やはり太陽系の概略図を表示した。ただ、今度は木星軌道までを。そこには一本の黄色い曲線が現われていた。
「今回問題になった探査機の軌道です。問題の日に、軌道からのズレが発生しています。実際には間に合わなかったというより、軌道が太陽側にズレています」
そう言うと同時に、木星付近で枝分かれした短い赤い曲線が現われた。
「ただ、これはカメラからの木星の映像と、探査機の加速度センサーからの推測ですが」
「どちらにせよ、スイングバイは失敗したんだな」
ダニエルはうなずいた。
「そうすると、最後はゲーラン、君だな」
ラジーニはまたゲーランに顔を戻した。
「あぁ。重力波は確かに検出した。問題は、その日以降検出し続けているということだ。もしかしたら重力波ではないのかもしれないと考え始めてさえいる」
「その問題の日というのは?」
「二週間前だ」
「ゲーラン、君たちが言いたいことは、この太陽なら普通なら何十億年もかかる過程ということのようだが」
「あぁ」
「本当にそういうことを考えているのか?」
「懸念というところだな。安定してくれればと思うが」
ラジーニは他の面々も見渡した。皆、同じ意見のようだった。
「原因は?」
「探知したのが重力波による空間の湾曲ではなく、空間の湾曲によって重力波を捉えたのだとしたら」
「だとしたら?」
ラジーニはうながした。
「太陽か、その近傍で空間が湧き出し、それにともないダークマターとダークエネルギーも湧き出したのだとしたら」
「核融合の促進と、斥力によるガスの噴出もありうると?」
「もしかしたらね」
「湧き出した空間が広がっていく間で、重力波として検知したと?」
「あぁ。もしかしたら」
「今も湧き出し続けていると?」
「そう。もしかしたら」
「それで、どうなる」
「わからない」
ラジーニは椅子に深く座り直した。
「それで、私は何をすればいいんだ?」
「最悪の場合を一般に知らせて欲しい」
「最悪か。私たちは太陽と運命を一緒にするしかないからな」
ラジーニは溜息をついた。
「引き受けなければよかった。どうなるにしても、私にとっては良い結果にはならないな」
「すまないとは思う。もちろん、データはいつでも見せるし、私たちの名前も出して欲しい。君の記事を発表するサイトもこちらの公式サイトとして用意する」
ゲーランは静かに言った。
「わかった。ともかく警告は必要だ。君たちがやることをやっていることを示すためにも」
それ以上の会話は必要なかった。ただ、全員がそれぞれのデータをラジーニのキーボードにジェスチャで送った。
* * * *
「お帰りですか、ラジーニ」
守衛のジョンが出て行く自動車を覗いて言った。
「あぁ」
ラジーニは答えながら、端末を差し出した。
ジョンはそれを受け取り、機器に乗せた。
「ラジーニさん、入構アプリケーションを無効にしないように指示が出ていますよ」
そう言いながら、端末を自動車の中の男に戻した。
「何かあったんですか?」
「あぁ。ちょっとね」
「また騒ぎになりますかね?」
「いや、どうかな。どうとも言えないな」
「そうですか。騒ぎになりますね」
「そうかもしれないな。そうなったらすまない」
「いえ、そうなったら警察も、場合よっては軍も来るでしょう。私はいつもどおりの仕事をするだけでしょうね」
「あぁ。ありがとう」
ラジーニはそう言ってハンドルのスイッチを入れた。




