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愚かしくも愛おしき  作者: 宮沢弘
第二章: はじまり
2/22

2−1: 月例ミーティング 1

 初夏、今日も暑くなるだろうと思わせる空の日だった。山間の街に一台の自動車が入ってきた。

 街と言っても、結果としてできた街だった。国際宇宙局研究キャンパス。超巨大加速器とニュートリノ観測施設、重力波検出施設がその始まりだった。

 それらの施設はかなりの距離をとって設置されている。そのため、施設の全容は小国ほどの広さとなっている。それらの施設の中央部に設けられたキャンパスが、街となり、街としての機能を持つに至っている。

 キャンパスの入口で、その自動車は一旦停まった。

「やぁ、ジョン。月例のミーティングに来たよ」

 車の中から男が守衛に声をかけた。

「ようこそ、ラジーニ。端末をお預りできますか」

 守衛は自動車の中の男に応え、手を差し出した。

 ラジーニと呼ばれた男は、端末を渡した。

 守衛はその端末を守衛室の機器に乗せながら言った。

「入構のアプリケーションを有効にします。キャンパス内ではアプリケーションを起動させたままにしておいてください。キャンパス内からの通信は、制限される場合があります」

「つまり、いつもどおりだね」

 守衛は軽く笑みを浮かべると、端末を機器から取り上げ、自動車の中の男に戻した。

「えぇ。いつもどおりです。それが助かりますよ。何かあると、入口の警備も私一人でどうにかできるものじゃありませんから」

「だけど、今日、私が帰った後はどうなるかわからないぞ」

 自動車の中の男は、そう言って笑った。守衛も応えるように笑った。

「たまに、そういうことがありますからね。あなたが来る時には、それなりの覚悟はしていますよ」

「ありがとう、ジョン。それじゃぁ、仕事に行くとするか」

 自動車の中の男はハンドルのスイッチを入れた。

「いってらっしゃい。面白い話があったら教えてください」

「あぁ。それじゃぁ」

 自動車の中の男がそう答えると、自動車はキャンパスの中に進み始めた。


 * * * *


 ラジーニは途中でお茶を買い、いつもの会議室へと足を進めた。ドアを開けると数人が既に席に着いていた。

「ゲーラン、おはよう。さて、何か面白いことはあるかな?」

 ラジーニはその一人に声をかけながらら、椅子を一つ引き、腰を降ろした。

 ゲーランと呼ばれた男の顔は、あまり明るくはなかった。

「何かあったのか? ちょっと待ってくれ。話を聞く用意をするから」

 そう言うと、ラジーニは鞄からキーボードと小型ディスプレイを取り出した。ディスプレイをキーボードに差し込み、キーボードからの文字入力、録音、録画の機能を起動する。キーボードそのものへの記録とともに、入構に使っている端末を経由してのクラウドへの記録が可能になった旨の表示がディスプレイに現れた。

「その前に、君が知ってるニュースを教えてくれ」

 ゲーランは静かに言った。

「そうだな。探査機の木星でのスイングバイの失敗。木星の軌道に探査機が間に合わなかったって? それと、宇宙とここにある重力波検出器での重力波の検知の成功。まぁそんなところかな」

 ゲーランはそれを聞いてうなずいた。

「そんなことは、いつもどおりニュースでやっていたことだな。それで私が知らないニュースは?」

 ここまではラジーニにとっていつもどおりだった。

 だが、ラジーニの言葉に、ゲーランも、他の人もしばらく答えなかった。

「おい、本当に何かあったのか?」

 ラジーニは半分冗談で訊ねた。だが、ゲーランの目は冗談を言い合っているものではなかった。

「木星でのスイングバイに失敗すると思うか?」

 ゲーランは静かに言った。

「もちろん、失敗しないとは言えないが。そうそう失敗するものじゃない」

 ゲーランはそう続けた。

「確かにな。それで?」

「重力波の検知だ」

 その言葉を聞き、ラジーニはしばらく考えた。

「重力波で探査機の軌道に影響が出たと?」

「それなら、大した問題じゃない。スイングバイの失敗も、むしろ重力波の検知の一環として喜ばしいくらいだ」

「ということは、何か他にあるのか。面白いね」

「あぁ。面白いが…… この件で、君に頼みがある」

「何でも言ってくれてかまわないぞ」

「この件で、君に国際宇宙局の特任代表プレスになって欲しい」

 会議室の一同がラジーニを凝視めた。

「私が? そりゃぁ、博士号は持っているが、そんなプレスはいくらでもいるだろう? それだけじゃない。特任代表プレスだって? それじゃぁどういう情報をどういうふうに出すかを私が決めるということか? そんなのは私の能力を超えているんじゃないかな。それに、君の言い方だと、そうとうまずい状況に聞こえる。それなら、なおさらだ」

「だが、ラジーニ、人となりを私たちが一番知っていて、頼めるのは君だけなんだ」

 ラジーニは会議室を見渡し、キーボードに目を落した。

「それを引き受けないと、今日のミーティングは終りということか?」

「あぁ。それに…… 今日だけじゃない」

「それは横暴ってものじゃないか? 私を締め出すということか?」

 ゲーランは会議室の他のメンバーを見渡した。

「いや、そうじゃない。単に、月例ミーティングそのものが…… いや、それ以外のものもなくなるかもしれない」

「引き受けないと話が進まないんだな?」

「あぁ」

「わかった。引き受けよう。それじゃぁ、話を進めてくれ」


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