5−3: 州警察
ラジーニが書いていると、外からクラクションが鳴った。州政府からの通信があってから、一時間も経ったころだろうか。
「ミスター・テイガー!」
聞いたことがない声が響いた。
ラジーニはキーボードを書斎のディスプレイから外し、代りに小型のディスプレイを差し、それを右手に抱えて玄関へと向った。
玄関を開けてみると、黒塗りの車を数人が取り囲んでいた。その数人はただ取り囲んでいるだけで、とくに何かをしているわけではないようだった。ただ、ドアの前にそれぞれ一人、二人が陣取り、車の中の者がドアを開けるのを邪魔していた。
「出すだけ、出してやってくれ!」
ラジーニは大きめの声でそう言った。
取り囲んでいた者たちは顔を見合わせ、助手席のところだけ開けられるように退いた。
そこから、何やら悪態をつきながら一人の男が降り、こちらに向かって来た。だが、それも数歩までだった。その男はまた悪態をついているようだった。
男は片手に持った紙をラジーニに突き出して言った。
「ミスター・テイガー、州警察です。この騒動について伺いたいことがあります」
「どうぞ」
大声でのやりとりが始まった。
「この騒乱を予測していましたか?」
「もちろん」
「では意図的に騒乱を起こしたということですね?」
「そう言いたければ」
それを聞くと、男は片手に持った紙をさらに突き出し、もう片手でそれを指差しながら言った
「では身柄を拘束します」
「なぜ?」
「裁判所命令です」
「裁判所がなぜそんなことを命令できるんだ? いや、命令ってそもそも何なんだい?」
「法律をご存知ありませんか?」
「あぁ。知らない」
男は吹き出しそうな顔をした。
「だとしても裁判所命令です」
「LANGUAGE!」
ラジーニは一際大きな声で言った。
「は?」
男は戸惑った表情を浮かべた。
「言葉で言ってくれよ。わからないかい? ことばだ」
「ですから裁判所命令と言っていますが」
ラジーニは左手を立て、その人差し指を左右に振った。
「なら、その裁判所に言ってくれ。裁判所命令でこの現象を止めてみてくれってな」
「えぇ。ですから騒乱を意図したあなたを」
「いやいや、そっちじゃない」
ラジーニは左手を伸ばし、人差し指で太陽を指差した。
「あっちだ」
男は笑った。
「そっちは管轄外ですよ。私が今受けている命令はあなたの身柄の拘束です」
「そんなことに何の意味もないってわかっているだろう?」
「いやいや、ちゃんと意味がありますよ」
「へー。どんな意味があるのか教えてくれないか?」
男は溜息をついてから言った。
「まず、これ以上のデマの拡散を防げる」
「あー、ちょっといいかな?」
「どうぞ」
「まず、"The EAD" とその結末はデマじゃない」
「あなたの主張はご自由に。でも混乱を引き起こしていることに違いはない」
「二つめ、今や状況は "The EAD+・クラーク・レイモン" の方が握っている」
「そっちはそっちで対処するでしょう。私の今の問題は、ミスター・テイガー、あなたです」
ラジーニは首を振った。右手に持ったキーボードを持ち上げてから言った。
「なら、これは持って行ってもいいだろ? 仕事なんだ」
それを見て男は一、二歩ラジーニに近付いた。
「外部と通信できるようなものは預からせてもらうことになりますが」
銃声がした。車の周囲ではなく、家の右手からだった。ラジーニは驚き、玄関から一歩出て右手を見た。銃身が4本見えた。2本はおそらくライフルで、2本はおそらく散弾銃だろうと思えた。家の左手を覗いてみると、5本の銃身が見えた。車を取り囲んでいる人と合わせて十数人、あるいはもっと多くが家の周りにいるようだった。
「ラジーニから離れろ! 車に戻れ!」
右手から大声が響いた。
「君たちは自分がなにをしているのかわかっているのか!?」
車から出てきていた男は両手を挙げていた。
「もちろんだ。ラジーニはやらなきゃならないことをやっている。地獄を満喫する準備もできている。ただし、仕事が終ってからだ」
男はかぶりを振り、向きを変え、車へと戻って行った。
男が乗ると、車は走り去って行った。
「ラジーニ、騒がせてすまない。仕事を続けてくれ」
右手から、顔を見せないまま、声だけが聞こえた。
"Language!" : ふつうは「言葉遣い!」というような意味で使われます。




