4−4: 放送後
「なるほど。世界は終わるんだね、ラジーニ」
レイモンは楽し気に言った。
「地球、あるいは太陽系という意味なら。あぁ、終る」
「それなら、あと九日間はやり放題というわけだ。だって、九日だ。いや、もう八日に近いけど。それだけ逃げ切れば、何をやっても構わない。つかまたって、どうせあと八日だ」
「もし、君がそう望むならね」
ラジーニは疲れを表に出さないよう、答えた。
「そこでだ。"The EAD+・クラーク・レイモン" というチャンネルを確保した。世界が終るという大予言が実現するか、この目で、そしてあなたの目で見てみようじゃないか」
「大予言」に、笑い声が重ねられた。
「おっと、レジーニ、勝手に "The EAD+" という名前を使わせてもらったが、もちろんかまわないよね?」
「かまわないとも」
「ありがとう。さぁ、皆でテイガー博士に拍手を。そして、楽しい時間を提供した私、クラーク・レイモンにも、是非拍手を」
それに拍手の音が重なり、そして続いた。
「トム、これでなにかになるのか?」
キーボードのキーを押しながら、ラジーニは呟いた。その声には疲れが表われていた。
「結果はわからないが。だが、多くの人に内容が伝わった、いや伝わってはいないかもしれないが。ともかくそういう話だということを多くの人が観たのは確かだ」
「それだけでも、よしとするか」
そう言い、ラジーニはキーボードをまた叩いた。放送用の二つのウィンドウが閉じ、トムとの通信用のウィンドウも閉じた。
それから数分後だった。ポンと着信音が鳴った。ラジーニは椅子に深く背を預けたまま、キーを叩き、着信を受けた。開いたウィンドウには、クラーク・レイモンが映っていた。
「ラジーニ・テイガー博士。さっきはありがとうございます」
番組中とは別人とも思える表情だった。行き過ぎとも思える笑顔はなかった。
「あぁ。こっちこそ」
ラジーニは番組の内容を思い出し、総括した。
「レイモン、君はさっきいいところを突いたな。やり放題という所だが」
ディスプレイの中でレイモンはうなずいた。
「博士、そこがおそらく今、一番の問題なのです」
「ほう。というと?」
「私はああいうキャラクターを演じているが馬鹿ではない。いや馬鹿なのは認めますが、そこまで馬鹿ではない」
「なるほど」
「ですが、ああいうキャラクターを演じて来たおかげで、それなりの影響力を持っている。あなたにそれがどういうものだと思われようとも。あれも、それによって得た影響力も、今が使い時だと思う」
ラジーニはすいっと座り直した。
「トム・オブライエンが、全てのグルーバル・チャンネルを使い、全てを送信すると言っていました。実際、もう始めています。だが、それとは別の、つまり地球上で、混乱を避けるような試みも必要だと思う」
「それを君がやると?」
「えぇ。"The EAD+・クラーク・レイモン" では、そこを訴えようと考えています。時にはあれで、時には真面目に」
「あのキャラクターを演じない君を見る人がいるのかな?」
レイモンは言葉に詰まった。
「いないかもしれない。ただ、全てがあのキャラクターでなくてもかまわないはずだ」
今度はラジーニが考えた。
「君は、レイモン、これを機会にして、別のこともできるのだと名前を売ろうとしているのかな?」
「博士、これは信じて欲しいのですが。誓って、そうではありません。混乱は起こるでしょう。ですが、混乱に力で対応しようとするなら、ますます混乱が深まり広まるだけでしょう。力ではない方法で、何とか対応しようと試みるしかない」
ラジーニはうなずいた。
「どういう方法が実際に功を奏すかはわかりません。ですが、少なくとも私にできる方法はこれしかない」
「君は…… 実はいい奴なんだな」
「そう言われるのは始めてかもしれません。会ってみたらつまらない奴だったとはよく言われますが」
レイモンは笑っていた。ラジーニもつられて笑った。
「わかった。頼む」
「『彼らはあなたを見ている』 番組のタイトルでしたが。会ったことも見たこともないとしても、彼らに、そして私たち自身に恥じることのない最期を目指したい。それを目指すことは、少なくともそういう人間がいたのだということは、誇りであろうと思います」
「うん。ありがとう」
レイモンは会釈をして通信を切った。




