4−3: 放送 2
ラジーニは、カウントダウンを聞きながら、キーボードを叩いた。ディスプレイには二つのウィンドウが開いた。一つは放送中の、そのチャンネルのもので、もう一つは放送の数秒前のものだった。
タイトルが表示され、番組の男女のホストが現われた。二人とも決めたスーツを着ていた。男性のホストが明るい笑顔で話し始めた。
「この番組は、グローバル・チャンネル=XII、オンデマンド・チャンネル=XII-Oでお送りしています。ホストはわたくし、クラーク・レイモンと」
女性のホストが引き継いた。
「ワンダ・ダルースでお送りします」
キーを押しながら、ラジーニが言った。
「なぁトム。もうちょっとましな人選はなかったのか?」
「この二人が一番受けるんだよ。それに、言っちゃぁなんだが、通夜みたいな番組を見ようと思う人がどれくらいいる?」
「いると思うがなぁ」
「そろそろ振ってくるぞ」
ラジーニはキーから指を離した。
「そこで、著者の一人、ラジーニ・テイガー博士と通信が繋がっています。やぁ、ドクター・テイガー。えぇと、ラジーニと呼んでいいかな?」
「えぇ。どうぞ」
ラジーニはディスプレイを確認した。こちらのカメラからの映像が、つまり彼が、インポーズされて映っていた。
「ラジーニ、国際宇宙局から公開された君のSciFiが話題に、まぁ正直言っちゃうと一部で話題になってるよね」
「一部で」の部分に、放送中のウィンドウでは笑い声が重ねられていた。
「一部で話題になっているものを取り上げてくれて嬉しいよ。それも特番で」
精一杯の笑顔を浮かべて答えた。
「あぁ。科学部の一人が捩じ込んだんだって。科学部では重鎮らしいよ。これの放送にクビをかけたらしい」
どういう脅しをトムがかけたのかは、ラジーニにはそれでだいたい想像がついた。科学部を全員引き連れて、独立局を立ち上げるとでも言ったのだろう。科学以外の番組でも、CGの監修など、トムたちは影響を持っていたはずだった。
「だけど、私には科学もSciFiも興味はないんだ。ま、それほどはだけど。だいたいそういうものじゃないかい?」
「それほどは」に、また笑い声が重ねられていた。
「そうだね、クラーク。そんなものかもしれない」
「それで、The EADを急いで読んでみたんだけど、これがさっぱりわからない。科学やSciFiは難しいものだね。簡単に説明してくれると助かるんだけど」
また「難しい」に、笑い声が重ねられていた。
「あぁ。簡単に言うと、国際宇宙局が太陽やその近傍の空間に異常を発見した。探査機の木星スイングバイの失敗もそのせいだ。それと重力波の検知も、言い方によっては誤報だった。それらの原因が何なのかを書いた本なんだ」
「なるほど、なるほど。いやぁ、さっぱりわからない。それで、これには結末らしいところが書いてない。私にはわからないけどSciFiとしちゃぁ、それは今いちなんじゃないかな。ほら、推理小説で結局誰が犯人なのかわからなかったりしたら、私だったらその作者についてネットで炎上させたいと思っちゃうけどね」
「クラーク、そんなことはしちゃいけないわよ」
女性が一言挟んだ。また笑い声が重なった。
「そう。もちろん、そんなことはしない。でも、そこのところは聞きたいな。どうかな、ラジーニ」
「結論は今、公開しよう」
ラジーニはそう言い、キーボードを叩いた。
「結論は、あと九日で太陽は崩壊する。これは結末ではなく、国際宇宙局が出した結論だ」
「ヒーローなし?」
「ヒーローはいない」
「凄い科学技術もなし?」
「人間はまだ、どういうものであれそういう科学技術は持っていない」
「それで面白いのかい?」
ラジーニは深呼吸をし、間を取ってから答えた。
「あぁ。これはSciFiじゃないからね。今、本当に起きていることだ」
「本当に」の部分に、笑い声が重ねられた。
「あぁ、『本当に』。うん。そういうリアリティは重要だよね」
「クラーク、オン・タイムのページにいろいろ視聴者からのご意見が寄せられているわ」
画面にオン・タイムのページがインポーズされた。
「どれどれ、見てみよう」
インポーズされた画面には、「これはSciFiではなく、現実に起こっていることである」という旨の意見が集められていた。
トムがそう手配したのだろうとラジーニは思った。事前にも、そして今のインポーズにおいても。
「なるほど。SciFi好きな人は、現実と空想の区別があやふやになるのかな? 私の知り合いのSciFi好きな人もそういう傾向があるけど」
「あやふや」に、笑い声が重ねられていた。
ではあっても、トムの手配のおかげで、流れができたとラジーニは感じた。
「では、そのあやふやなところを、検証していってみよう。こちらでThe EADを表示させているけど、それをそっちに表示する準備はできているかい?」
「もちろん出来ているとも。さぁ、ご覧の皆さん、ショーの始まりだ!」
クラーク・レイモンは揚々と宣言した。