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愚かしくも愛おしき  作者: 宮沢弘
第四章: マスコミ
13/22

4−2: 放送 1

 その日の夜、早速特番が組まれた。

「ラジーニ、ヒゲくらい剃っておけよ。それとジャケットくらい羽織ったらどうだ」

 TV局と接続しているディスプレイの中から、トムが言った。

「うん? この方が一仕事終えたところだという雰囲気が出ていいと思うがなぁ」

 腕捲りをしたラフなシャツにラジーニは目を下した。

「いかにもという、現実にはいやしない教授然とした格好よりいいだろ?」

 掌で頬から顎を撫でながら答えた。

「まぁ、お前がそれでいいならな。だけど、こっちのキャスターは決めてるぞ」

 ラジーニは首を傾げ、少し考えた。

「なら、なおさらこっちの方がいいだろう。皆が決めたスーツを着て、誰が映ってるのかもわからんよりずっといい」

「そう言うなら、それでいい。それで進行だが、基本はこちらで質問する。いいな?」

「かまわないよ。アドリブ、インプロビゼーション。こっちは好きにやる」

「よし。それで基本資料はThe EADでいいな?」

 ラジーニがキーボードを叩くと、ディスプレイの一部にThe EADのページが開いた。

「あぁ。あとはThe EADからのリンクを辿るか、ネットで検索でもしてくれれば足りるだろう。ついでに音や映像に電子透かしで同時にリンクを流してくれると、見る方は便利かもな」

「それとオン・タイムで更新するページも作った」

「うん。充分」

 トムは手元のメモに目を落とした。

「それでタイトルなんだが」

 ラジーニはまたキーボードを叩き、送られてきていたタイトルのリストを表示させた。

「何かどれもどうかな。煽りたいのはわかるが。これなんか酷いな。『地球最期の日』。そんな小説か映画があったんじゃないか?」

「わかった。そいつを出した奴は解雇(クビ)にしよう。どうせあと九日だ」

 数秒、沈黙が訪れた。

「セヴァロは『彼らはあなたを見ている』ってのを提案してたな」

「それもどうかと思うが。それをご希望なら」

 そう言って脇に指示した。

「それからな、どうせ仕事に茶々を入れる連中が出てくる。もう何人か常時護衛を貼らせている。街の連中が賛同してくれれば、更に頼りになるかもしれんが」

「そうか」

「あぁ、まぁいい。いくぞ。10,9,8……」


 * * * *


 オブライエンからの連絡の後、ラジーニはチームの皆に連絡を入れた。

「私に最期を書けだと」

 ナオミは静かに聞き、そして答えた。

「知らないままなのがいいのか、それとも知って混乱が起きてもしかたがないのか。私にはわからない」

 ラリッサとバートールドは、同じ意見だった。

「知らずに滅びるのが、一般には幸せなんだろう。だが、知らないということは許されないな」

「誰に許されないんだ?」

 ラジーニは二人に訊ねた。

「誰にだろうな。たぶん、自分自身にだろう」

 スティーブンは、少し違う意見だった。

「若いからかな。知ってしまったことを、恐いとも思う。知らずに済んだならとも思う」

 セヴァロは、やはり反対していた。

「知らずに済むなら、その方がいい。人間はそんなに強くないんだ。いや、生き残ろうとすることについてはとても強い。だが、滅びには弱いんだ。滅びないように生き残ろうとする。個人でも群でも」

「だがな、セヴァロ」

 ラジーニは充分にセヴァロの言葉を聞いてから口を開いた。

「これは避けられない滅びだ」

「あぁ。だからこそ、知らないことが救いになる」

 セヴァロはそこで一旦言葉を区切った。

「天の書トリロジーには、こうある。この世は、天の国における富を築くためにある。労苦こそが天の国における富となる。この世の富は、天の国における負債となる」

「知っているとも。都合のいい教えだな」

「まったくだ。だが天の書トリロジーのこの言葉を抜きに、現在を考えることはできない。つまり、人間は労苦のために生まれてきている。だが、使い捨てではむしろ面倒だというので、仕事とプライベートを分けて考えようとした。さらには法律も作ってね。あくまで結局は天の書トリロジーや他の文書をベースにしているが」

「君の仕事は労苦なのか? 天の国に富を築いているのか?」

 セヴァロは首を横に振った。

「天の書トリロジーに言うなら、築いていないだろうな。これは仕事じゃないんだ」

「知っている。生き方だろう?」

「そう、生き方だ。君もだろう?」

「そうだな」

 ラジーニはうなずいた。

「生きる糧を得るために労苦を受け入れるのだとしたら、私はそんな生は何も感じずに捨てるよ」

「そんなことを言っていいのか? 教父という立場で」

「まぁ、君にだからというところもあるが。生きるために糧を得て、糧を得るために生きるのだとしたら、ならばその生にどういう意味がある? そんな生など……」

「同感だな」

 またラジーニはうなずいた。

「だが、天の書トリロジーにはこうもある。自らを殺めることは天の国への入り口を閉ざす。便利なものだ。労苦を受け入れろ。そうでなければどうなってもしらないぞとな。生が大切だなどということは、結局はただそういうことだけだ。前提や根拠、理由と、それらのための手段について混乱させているんだよ」

「君が、いや先代もそう言っているのは知っている。まぁ、この街の全員がね」

「神を見出すというのは、そういうことだろう?」

「生は手段であるとね」

 ラジーニの言葉を聞き、セヴァロは溜息をついてから続けた。

「だがね、この街以外では、そうではないんだ。この街の人は、やることはやってきたと受け入れるかもしれない。たぶん受け入れるだろう。だがね、この街以外では、そうではないんだ」

「先代ならどうしただろうな……」

「君が望むなら聞いてみてもいいが。いや、その必要はないな。君の意見に、つまり知らせるということに賛成するだろう。わかった。こちらも相談を望むような人に門戸を開いておこう」

「ありがとう」

 ラジーニは数秒の間を置いてそう答え、通信を切った。


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