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愚かしくも愛おしき  作者: 宮沢弘
第四章: マスコミ
12/22

4−1: トム・オブライエン

 チーム・ミーティングがら二週間が経った。

 メンバーが持ち寄った構成は、どれも似ていた。擦り合わせ、いくらかは追加し、そして何を注釈とするかの議論が行なわれた。ゲーランに頼み、教材に用いられているものを元としつつも、行列や確率計算の記述が楽になるようなプログラミング言語の実装も行なわれた。

 問題はハザウェイ教父の説教をどこに置くかだった。議論の結果、冒頭と最後に二分割して、書くことになった。導入であり、結論であるように書くことになった。

 記事のタイトルは、「土は土に、灰は灰に、塵は塵に」とした。

 ドラフトが書かれ、共有され、改訂され、校閲がなされた。

 そして、それは公開された。


 公開から一週間、国際宇宙局がSciFiの出版に乗り出したとも言われた。記事には探査機の木星スイングバイの失敗と、重力波の検知が含まれていたため、啓蒙のための活動を始めたとも言われた。膨大な参考文献リストを着けるという手法は、創作においても珍しい手法でもなかった。国際宇宙局は、それらについてはノー・コメントを通していた。そして、その記事は、タイトルから "The EAD" と呼ばれるようになった。


 * * * *


 ラジーニの書斎で、ポンと着信音が鳴った。

「ラジーニ、元気そう…… でもないな」

 キーボードを叩いて、ディスプレイに現われた顔は、そう言った。

「やぁ、トム」

 ラジーニは微笑んだ。少なくともそうしようとはした。

「それで?」

「『それで?』じゃないな。The EADは読ませてもらったよ」

「ははん」

 やはり表情は「それで?」と言っていた。

「君が書いたんじゃなければ、急いで契約して映画会社に持って行くか、うちの局で作るか、さもなければC級のシナリオに直してC級の映画制作や配給の会社に持って行くところだ」

「あぁ。それで?」

 トムは身を乗り出した。

「君の誘いにとぼけたことは謝る。その上で、うちの局の特番に出てくれないか?」

「あぁ、それはゲーランの方が相応わしくないかな」

「いや、駄目だ。The EADではゲーランたちはあくまで監修だろ? 編者であり著者である君の方がいい」

 トムはそう言ってから体を戻した。

「話題作の著者ってわけか?」

「その線から始めようと思っている」

「話題作と言っても、実際に話題作というわけでもないだろ? SciFiだしな」

 ラジーニはゆったりと椅子に座っている。

「ラジーニ、SciFiで終らせるわけにはいかないだろう?」

「だから説教が必要だって言うなら、ハザウェイ教父が適任だ」

 ディスプレイに映った男は、しばらく顎に指を沿わせていた。

「おい、ラジーニ・テイガー。勝手に『仕事は終った』とか思っているんじゃないだろうな」

「仕事は、とりあえず終ったよ」

「終ってなんか…… ちょっと待てよ。いや、本当に終わったのか?」

 トムの後半の声は、弱くなっていた。

「あと何日だ?」

 弱い声のままトムは訊ねた。

「ゲーランたちの予想だと、あと九日だな。公開してから二、三日経って、そう言っていた。その部分を追加しようかとも思ったが、ハザウェイ教父が強く反対してね」

 ディスプレイの中で、男は溜息をついた。

「なんてこった」

「あぁ。スクープのつもりだったら、残念だったな」

「何か俺にできることは?」

「さぁ、どうだろうな」

「できることは……」

 トムはカメラを見ず、考えていた。その指はまた、顎を撫でていた。

「できることは…… あるぞ」

 そう言い、カメラに目を戻した。

「ラジーニ、俺たちはなに屋だ?」

「科学ジャーナリスト」

 短かくラジーニは答えた。

「いや、そっちじゃない。俺たちは、こっちはTV屋だ。全部がケーブルになってるわけじゃない。地球に無数のアンテナを持っている。衛星もな」

「それで?」

「全てを送るんだよ」

「どこへ? そして九日で?」

「それは問題だが。だとしてもだ」

 ラジーニは椅子から身を起こしかけていた。

「ラジーニ、君に次の仕事を頼みたい。書いてくれ。The EADを何回も送ろう。追加したかった章も送ろう。だが、君が最期を書くんだ。それがこの仕事の君への報酬であり、条件だ」

「セヴァロは何と言うかな」

「勝手に言わせとけ」

「混乱が起こるぞ。被害に遭う人だっているだろう」

「それもこっちが送る。それも含めての人間だ。地獄が待ってたって上等だ。どうせ地球の地獄だ。たかが知れてる」

 ラジーニとトム・オブライエンは笑っていた。混乱は起こるだろう。それを引き起こしたのが自分たちだとしても、たかが地球の地獄だ。人間の、そして地球のことをともかく残せるなら、鼻歌でも出る程度のものだ。

「よし。手配してくれ」

 ラジーニは力強く答えた。


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