3−5: 妻と
ラジーニとナオミが自宅に戻ると、ジェームズはもう帰っており、TVを観ていた。
二人は各々の鞄をソファーに置き、ジェームズを抱くと、キッチンへと向かった。
食事に合間には、二人はジェームズに今日の様子を訊ねた。
いつもの日常だった。
食事の後、ラジーニは書斎に向かった。
「洗い物は、すまないね」
「これくらい大したことじゃないから」
ナオミは食器やフライパンを食洗機に入れながら応えた。
ラジーニは書斎の机の上から、3綴りの新品のリーガルパッドを取り、また本を一冊ひょいと退けると手に馴染んだペンを取った。
それらを手に、ラジーニはリビングに戻った。TVは音量は小さいものの、つけたままだった。
リビングでは、ナオミがキーボードに接続したディスプレイを睨み、また、ジェームズがスレートにキーボードを接続し、またノートを広げて何やらやっていた。
「算数の勉強か?」
ラジーニはスレートを覗き込んだ。
「うん。xを2回とか3回とかかけると、変なグラフになる」
ジェームズがテキストの式を操作するのを眺めながら、ラジーニは答えた。
「ふーむ。確かに変なグラフになるな。大発見かもしれないぞ」
「お父さんがそう言うときは、ちっとも大発見じゃないんだ」
ラジーニもナオミもそれを聞いて軽く笑った。
「いやいや、お前にとっては大発見だろ?」
「それはそうだけど。まぁいいや。他も試してみる」
「そうするといい」
そう言い、ラジーニはナオミの隣に腰を降ろした。
ラジーニは一冊めのリーガルパッドに青いボールペンで何やら書き出した。
「構成?」
ナオミはそれを覗き込んだ。
「うん。とりあえず要素を書き出してと思ってね」
しばらく、ナオミとジェームスがキーボードを叩く音と、ラジーニのペンの先がカチカチとペンの口に触れる音、紙を繰る音、あるいは紙を引き剥がす音が続いた。
「お茶にしましょうか」
ナオミがふと言い、立ち上がった。
「あぁ」
ラジーニはそう答えてから、書いていたページを睨み、大きく斜線を書き、そのページを引き剥がし、丸めてゴミ箱に向けて投げた。
テーブルではジェームズがまだ何かやっている。
ナオミはソファーの前に置いたサイドテーブルにカップとポットを載せた。
「何か詰まってるの?」
お茶を淹れながらナオミは訊ねた。
「あぁ。ラリッサとかがどういう原稿を出してくるのかは、まぁ大まかには想像がつく」
ラジーニはパッドに残っている紙をめくり、ナオミに見せた。
「ただ、そもそもとしてどこから説明が必要なのかとかね」
ナオミはそれを見ながら、カップの一つをラジーニの前に置いた。
「まぁ、結構始めのところから結局必要なんだろうけど」
ラジーニは身を起こし、カップを取った。
「それに、セヴァロの説教も、どういう感じのものなのかは今日のミーティングで想像がつく。それで、セヴァロの説教をどこに、そしてどう置いたらいいのかと思ってね」
「あぁ。突然説教だけを出しても」
ナオミはそう応えて、一口飲んだ。
「うん。でも、それも方法の一つなのかもしれないとは思っている」
「他の原稿にしても、何か考えていることはあるんでしょ?」
「何となくはね」
「記事への注釈付けの機能にこだわっているものね」
ラジーニはもう一口飲んだ
「うん。本当に始めのところから書くよりも、いくらかは注釈に置い出した方が読み易いかなとは思っている。一つの画面で読める方が便利なことも多いから。ちょっといいかな?」
ラジーニはそう言うと、カップをサイドテーブルに置き、ナオミのキーボードとディスプレイを手にした。
「たとえば、こういうサービスとか」
ラジーニは自身がボランティアで、あるいは趣味で書いているページを表示させた。あるパラグラフの横にカーソルを動かすと、ノートのタイトルが濃く表示された。そこでリターンキーを叩くと、本文が少し小さく、また少し左に寄り、ノートの内容がページ遷移なしに表示された。
「ね?」
ナオミはうなずいた。
「それで、もう一つ気になっていることがあって」
ラジーニはジェームズを見た。
「今の教材はジェームズがやっているように手を加えられるだろ?」
「そうね」
「それで読み手がいろいろな条件を検討できるようにしたほうがいいかなとも思っているんだ。もちろん、内容そのものの改変が行なわれたら困るけど。でも、自分で試したものを見て、それに他の人が試したものも見れたらと思うんだ。そのためには、注釈に限ってそれができればいいんだけど。試すための記述の方法がね。要はプログラミング言語を設定するっていう話になるんだけど。一般にはどれくらいの、あるいはどういう記述がわかりやすいのかなと思って。教材に使われているものが結局いいのかもしれないけど」
ナオミは静かに笑った。
「頼むから笑うなよ」
「いえ、だって…… もう原稿は集まっていて、本文については問題じゃないっていうような話みたいに聞こえるから」
ラジーニはキーボードをナオミに返した。
「まぁ…… 実際それに近いんだよ。どうやってうまく伝えるか。もう、問題はそこなんだ」
ラジーニは溜息をついた。




