吾唯足知
凛然と、この鷹とともに生きて――。
一昨年の冬、兄を亡くした。
疎遠だったあいつが手紙を寄越して来たのは秋の末。白茶けた便箋にはただ一言、「顔を見せに来い。」とだけ書かれていた。習字の教範を思わせる無感情な書風。奇麗過ぎて、まるで温度が感じられないその字は、無機質そのものの奴を端的に表していた。
久しぶりに連絡してきたかと思えば一方的に呼び付けやがって。随分と身勝手な野郎だ。大体、家を出たのは自分だろうが。何が「顔を見せに来い。」だ、ふざけてやがる。少しは人の都合も考えろ。悪態が口を衝いて出た。
かといって、音信が途絶えていた兄との再会が嬉しくないわけではなかった。八年ぶりになるか。苛立ち半分、嬉しさ半分。会ったらきっと、過ぎた月日なんて忘れてしまう。全て笑い話になるのだろう。流れる景色を眺めていると、そんな風に思った。
年の瀬、漸く訪ねることができた俺の目に飛び込んできたのは、痩せ細って病床に伏した兄の姿。愕然とする俺に対して、当の本人は酷く冷静だった。やつれて落ち窪んだ目、握った手の感触、兄にしては珍しい、淡く笑った顔。「全部お前にやるから。」そう言い残して、奴は逝ってしまった。
兄と過ごせたのは僅か五日だった。ほんのそれだけの時間で八年の歳月を分かつことができる筈も無く。俺にできたことといえば、ただただ、口数の少ない兄の手を握り、時折零す言葉に頷くことだけだった。
「最期にお前の顔を見れて、よかったよ。」
掠れた声で呟く。視界が霞んだ気がした。
喪失感に苛まれていた時、ふと、兄の遺品を見つけた。黒く鋭い目を持ったそれは、ゆったりと横木にとまっていたかと思うと、甲高い鳴き声を上げた。途端、涙が溢れて落ちた。ああ、俺は満たされていたのだ。澄み切った瞳が、凛としたその姿が、俺を諭した。
――だから。今日も、俺は。