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滅亡前の1ヶ月

作者: すねじい

1 プロローグ


 20XX年6月、地球に超巨大隕石が衝突するとの発表が出された。


 隕石の大きさは、直径600㎞を超えるとされ、これまでシミュレーションされてきた隕石の、遥か上をいく大きさである。


 これまでの隕石衝突のシミュレーションでさえ、地球は壊滅する、との見方がされてきただけに、今回の発表は、人類にとって絶望的な事実となった。


 発見された当初、地球に衝突はさせまいと、各国の技術を結合して、隕石の軌道を変えようと試みた。しかし、凄まじいスピードで接近してくる、600㎞もの物体の力を変える技術力は、まだ人類に与えられてなく、数々の試みは失敗に終わっていった。


 そして、いよいよ衝突まで残り1ヶ月となった先日、もう手は残されていない、との発表が出されたのだ。


 政府は、残された時間は精一杯生きましょう!まだ希望を捨ててはいけません!、と力強く語っていた。


 加えて、犯罪増加を抑えるため、本当かどうかわからないが、今から犯罪を犯した人物は、問答無用で即日死刑に処す、という発表もされた。


 最後に、我々は誇り高き生物である。最後まで人間らしく生きましょう、と言って言葉を締めた。


 隕石衝突まで残り1ヶ月。


 あなたなら、何をして過ごしますか?


2 1ヵ月前


1 


 隕石が衝突するとの報道を受けて、世界中がパニックに陥っている。


 もちろん俺の周辺でも、天地が引っくり返るほどの衝撃が走ったようで、皆一様に、残りの時間はどうしようか?と躍起になっていた。


 学校は当然閉鎖となり、会社勤めをする社会人も、多くの人が退職していった、という報道がされた。もう助からないという事を悟ったのだろう。だからせめて、残りの時間は自分のために使いたい、という当然の考えであると思う。


 そんな中、俺の父は律儀な人なのか、単に意見の言えない人なのかわからないが、社長に来るな、と言われるまでは会社に行く、と今日も朝7時に家を出ていった。もう給料は入らないのにね、と父を見送る母の表情は、寂しげであったと同時に、こんな人だから結婚したのよ、と言っているようにも見えた。


 俺は学校が閉鎖されます、という報告を聞くまでもなく、行かない事に決めていて、その事を母に告げると、普通はそうよね、と笑っていた。2つ下の、来年卒業を控えた中学生の妹は、俺とは違い、最後まで通おうとしていたようだ。


 隕石の衝突が、1ヶ月後に迫ったという報道を受けたその日から、テレビ番組は全て、過去の番組を再放送するという形式に変わった。


 祖父母を加えた家族6人で、昔大人気だったバラエティ番組を見ながら夕食を取っていると、父がこんな事を言い出した。


 「彼女とは上手くいってるのか?直也」


 彼女とは、高校で初めてできた同級生の子で、付き合ってまだ2ヶ月しか経っていない関係だ。


 俺は、あとどのくらいの時間を一緒に過ごせるのだろう、と考えて悲しくなった。


 残り1ヶ月。その時間は両親や友達、そして、大切な彼女と一緒に、悔いのないように過ごそう。



 俺はこの日、15時過ぎに起床した。パソコンを開いて、ニュースサイトにアクセスした。隕石の衝突が1ヶ月後に起こり、地球は高確率で滅亡します、という事が、でかでかと書いてあった。


 俺はニュースサイトを閉じると、いつものように動画サイトを開いて、お気に入りの面白動画やアニメ動画を見始めた。


 1時間もすると腹も減り始め、冷蔵庫に入れてあった冷凍の唐揚げと、冷えたご飯を温めた。唐揚げを電子レンジから取りに行く時に、


 「祐介、たまには一緒に夕飯食べないか?」


 と父に言われたが、素っ気なく、いいよ、と答え、部屋に戻って1人で食べた。


 両親はつい先日仕事をやめ、毎日家でテレビを見て過ごしている。


 遠く離れた地に嫁入りした姉は、残りの時間はこっちの家族と共に過ごす、と泣きながら電話を掛けてきたらしい。


 俺はその話を、部屋の扉越しに母から聞いた。その時も興味なさげに、わかった、とだけ答えた。

 

 俺がこの生活を送るようになってから、もう5年目になる。大学を卒業し、それなりの企業に就職したが、人間関係や仕事が上手くいかず、8ヶ月で退職した。その後、実家に帰ってきて、ずっと自室に引きこもった生活を送っている。


 姉の結婚式にも、理由を付けて出席しなかった。こんな俺に、両親は未だに優しくしてくれるが、その優しさが逆に辛かったりもする。


 こんな事態になっても、家族と一緒に食事を取る事もせず、1人パソコンの前に座り、1日を終える。


 こうして何も変わらぬまま、残り1ヶ月も過ごす事になるだろう。


 正直地球が滅亡するという事を聞いた時は、自分にとって願ってもない事だ、と不謹慎にもガッツポーズを取ってしまった。


 これで自分の人生も終えられる。


 人生勝ち組の奴らざまあみろ、と。


3 2週間前



 巨大隕石衝突という、人類史上空前の大発表から、2週間が経った。


 この2週間の間、昼間は学校の友達や彼女と共に過ごし、帰ってきては家族と夕食を取り、その後しばらく一緒にテレビを見て、部屋に戻って就寝する、といった生活を続けてきた。


 この日も同じように、昼間は幼稚園の頃からの親友の家に集まり、同級生5人で、延々と馬鹿話やら昔話やらをしてきた。


 つい半年前までは、こんな楽しい時間が、いつまでも続くと思っていた。それが、4ヵ月前に今回の巨大隕石が発見された、というニュースが流れ、2ヵ月前に地球に衝突する軌道だ、とわかり、そして2週間前に激突は避けられない、と発表された。


 それからは街中、日本中、世界中が大パニックになった。少しでも安全な地へ逃げようとする人もいたが、どこへ逃げても一緒だという事は明らかだった。


 ならばせめて、残りの時間は楽しく、悔いのないように生きよう、という風潮になっていった。


 一番心配された犯罪の増加だが、政府の発表が効いたのか、日本人の国民性なのか、予想されたよりは多くないらしい。それでも、以前よりは増えているらしく、テレビ番組の合間には、政治家や有名タレントが登場し、


 「犯罪行為はやめましょう。私達は人間です」


 と訴える、犯罪抑止狙いのコマーシャルが流れた。


 同級生との話は盛り上がり、気付けば18時を過ぎていた。


 急いで家に帰ると、既に父も帰宅しており、夕飯が用意されていた。妹に、遅いよもう~、と言われ、悪かったよ、と苦笑いしながら食卓に着いた。


 この日は、大好きなハンバーグだった。後1回は食べたいな、などと思いながら箸を進め、3杯ものご飯を胃に流し込んだ。 


 夕飯を食べ終わり、俺はソファに座って、10年前に放送された料理番組の再放送を見ていた。するとお風呂から上がった祖父も一緒になって座り、神妙な顔つきで話しかけてきた。


 「大変な事になったなー」

 「うん」


 俺が答えると、祖父は少ない髪を、タオルでワシャワシャと拭き始めた。


 「オラなんかはいいけど、直也みたいな若い子達はかわいそうだよな」


 この地域の方言では、自分の事をオラ、というらしく、昔から面白いな、と思っていた。祖父はリビングを1周見回した。いつも、この時間にはまだいるはずの妹がいないのが、気になったようだ。


 「由美はもう寝たのか?」

 「部屋で電話でもしてるんじゃない?」

 「そうか。由美なんかはまだ15年しか生きてないのにな…… 本当何の罪があるんだか……」


 祖父が俯く。


 「みんな一緒だから仕方ないよ」

 「直也は強いな。もう割り切れてるのか?」

 「割り切れてるわけじゃないけど…… どうせ結果は変わらないんだし、だったら最後まで楽しく生きたいから」

 「そうか、じゃあオラも最後まで楽しく生きてやるさ。変な話してごめんな。おやすみ」


 そう言うと、祖父はタオルを洗濯機の横の籠に入れ、寝室へと入っていった。


 その後しばらくテレビを見た後、風呂に入り、22時前に自分の部屋に戻った。そしてベッドに横たわり、早く掛かってこないかな、とそわそわしていると、電話が鳴った。


 「起きてる?」

 「起きてるから電話に出たんだよ」


 いつもの会話から始まる、至福の時間がやってきた。


 「今日は何してた?」

 「んー、敏行の家に集まって、みんなでバカ話してた。美香は?」

 「私は妹と一緒に映画見てきたよー」

 「相変わらず仲良いんだな」

 「何だよ、いいじゃんかー」


 1時間弱、他愛もない話をして、電話を切った。


 美香とは2ヵ月前の春から付き合っている。綺麗系の顔立ちに反して、明るく誰とでも仲良くできる性格なので、学校の人気者だった。そんな美香の事を、1年の時から好きだったが、告白する勇気もなく、2年に進級してしまっていた。


 今回の事態を機に、どうせ地球が終わるなら、との気持ちで思い切って告白した所、奇跡的にOKを貰ったのだ。


 美香と付き合うようになってから、毎日が楽しくて仕方ない。だからこそ、こんな日々が失われるのが、本当は怖い……


 出来る事なら、家族や友達、そして大切な美香と一緒に、ずっと生きていたい……



 今日はいつもより早く目が覚めた。時刻を見ると、昼の12時を回った所。

 

 起きたらまずはパソコンの電源を入れて、インターネットを開く。相変わらずニュースの一欄は、隕石衝突の件で埋め尽くされている。  


 俺は、例のごとく動画サイトにアクセスして、外人がバカをやる瞬間を捉えた動画を視聴する。


 この動画を見つけたのは、隕石が発見された、という発表があってから4日目の事で、以来毎日のように視聴している。


 動画の外人は、ロケット花火を尻の穴から発射したり、逆立ちでランニングマシンに乗ったり、エアバッグで自分の体を飛ばしたり、その文字通りバカな事ばかりやってる外人に、いつ見ても笑ってしまう。自分もこんな風に楽しく生きてみたいな、という思いを馳せながら、しばらく鑑賞した。


 その後、様々な動画を見て時間を過ごした。普段は押し殺すように、口元で笑いを堪えるばかりだったが、今日は笑い声を気にする必要もない。面白いと感じたら、手を叩いて大笑いし、楽しんだ。


 というのも、昨日の夕方から両親は、遠く離れた地で暮らす姉の元へ向かったからだ。もう最後だから、と一応俺にも声を掛けてくれたが、行くわけないだろ、と心の中で思いながら、冷たく断った。


 両親は、地元の名物の、動物を象った最中と、孫へ上げるおもちゃをお土産に、2泊くらいしてくる、と告げて昨日の17時過ぎに、家を出ていった。


 残された俺は、両親が出ていった瞬間、厄介者が消えたかのような気持ちになり、気分が向上した。こんな日はもうない、との思いから、中々寝付けず、やっと寝れた、と思ったら、すぐに目が覚めてしまったわけだ。


 18時前までインターネットをして過ごし、宅配ピザを頼んで腹一杯になった所で、母親からメールが来た。


 「夕飯はもう食べた?留守番よろしくね」


 返信するのを躊躇ったが、変に心配されても困る、と思い


 「大丈夫だよ」


 とだけ返信して、携帯を置いた。


 1人で過ごせるのは後1日。明日は何をして過ごそうか、と思いながら風呂に入り、珍しく0時前に就寝した。


 目が覚めると、時刻は午前7時前。昨日よりも更に早く、会社勤めをしている頃のような時間に目が覚めた。俺はカーテンを開けて外を見る。久しぶりに見た朝日が、眩しく輝いていた。


 携帯に目を向けると、メール受信を知らせるランプが光っていた。確認すると、母からだった。きのう俺が送ってから、20分後に返信されていた。内容は、


 「それはよかった。お姉ちゃんに最後に伝えときたい事はある?」


 というものだった。家族の恥である俺が、姉に伝える事なんてあるわけがない。


 俺は母親からのメールを削除すると、ベッドに腰を掛け、何となしにアドレス帳を開いてみた。登録人数は、たったの12件。


 両親を抜かした残りの10件は、就職支援センターが3件と、ネットで知り合った女の子が2件、後はよく使う通販会社や古本屋が5件というもので、そこにリアルな友達や知り合いの名前は、1人もない。


 自ら連絡を絶つようになってから既に5年。友達や知り合いが今、どのような生活を送ってるか知る由もない。


 5年前、会社を退職した俺は、やけになり携帯を叩き壊した。2ヶ月後に新しいものに変えたが、それ以降誰から連絡があっても無視し続け、約3年前に、俺への連絡は完全に断たれた。


 最後に連絡をしてくれたのは、26歳の時に、同級生だった鈴木だ。幼稚園から高校まで一緒で、親友だった杉山貴志の父親が亡くなった、という知らせだった。


 通夜に参加しないか?というメールだったが、行けるわけがない、と返信もせず、メールを削除した。


 そのメール以降、誰からの連絡も来ていない。来るのは迷惑メールと、就職支援センターからの電話と、両親からだけだった。 


 転職して、人生修正できたら、杉山貴志にだけは謝りにいこう、と考えて、当時は必死に資格の勉強をしたり、面接に赴いたりもした。


 しかし月を増すごとに、やる気が減少していき、とうとう1年前からは何の活動もしなくなってしまった。


 5年前から、何の状況の変化も得ていない自分に、心の底から呆れ返り、心の底から落胆する毎日だった。自分なんか早く死んだほうがいい、と何度思っただろうか。


 今回ようやく、自分とさよならできる、と考えると、死の恐怖より安堵感のが優ってしまっている。


 俺は結局、早くに起き、最後の1人で過ごせる日だというのに、朝からパソコン前に腰を掛けて過ごし、気付けば19時になっていた。


 夕飯何を食べようか考えていると、またも携帯が鳴った。この時間に連絡してくるのはあの人しかいないな、と携帯を開くと、案の定母からだった。


 「明日帰ろうかと思っていたけど、明日は新幹線がものすごく混むという事なので、今日帰る事にしました。帰りは遅くなるので、鍵は閉めといてね」


 今日帰って来るのか……


 まあ、別に1人になっても、やれる事が変わらないのはわかったし、別にいいか。


 俺は言われた通り、玄関の鍵を閉めると、カップラーメンを食べ、風呂に入った。


 部屋に戻ってくつろいでいると、早起きしたからだろうか、猛烈な睡魔が襲って来た。俺はそのまま、20時過ぎに眠りについてしまった。 


 翌朝5時前に目が覚めると、部屋の隅に封筒が置いてあり、中には姉からの手紙と、3万円が入っていた。


 俺は手紙を封筒に戻し、押入れの小物入れにしまうと、3万円をサイフに入れ、再び眠りに付いた。


4 1週間前



 9時40分


 俺はバスで、新幹線が停まる地元で一番大きな駅に着いた。


 駅前の噴水周辺に置いてあるベンチに腰を掛け、到着を待つ。


 待ち合わせの時間には、まだ大分時間がある。1分でも早く会いたい、という気持ちから、少々早く家を出過ぎたようだ。


 駅前というだけあって、周囲は賑やかだ。若いカップルから、老夫婦、小さい子供を連れた家族から、高校生くらいの集団の女の子達まで、様々な人が行き交っている。


 みんな、あと1週間で自分という存在がなくなるというのに、やけに明るい。そう見えるだけで、本当は自分みたいに、内心怖がってるんだろうな、と思うと、みんな嘘つきに見えてきた。中には俯いて、生きる気力をなくしたみたいに歩いてる男性もいたが、その人のが、自分に正直に生きている、と感じた。


 あと1週間しかないのか……


 なるべく考えないようにして過ごしたいが、日が近づくにつれ、どうしても頭をよぎってしまう。昨日も早く寝ようと、美香との電話が終わったら、すぐに布団に入ったが、美香とあと一週間で会えなくなるのか、と考えてしまった瞬間、怖くてたまらなくなり、寝付くのに2時間も掛かってしまった。


 おかげで今日は少し寝不足だ。しかも今日は、雲一つない快晴で気候も丁度よく、嫌でもウトウトしてしまう。


 俺が着いてから15分ほど経った。もうすすぐ待ち合わせ時間だなー、と思っていると、後ろから少し早めの足音が聞こえた。


 俺は直感し振り返ると、


 「おまたせ、直ちゃん。ちょっと寝坊しちゃったから、走ってきたよ」


 笑顔で息を切らした美香が立っていた。


 美香は俺とは違い、いつも待ち合わせ時間ギリギリに登場する。そんな美香に対し、


 「遅いよ、もうー」


 というのが、俺の楽しみでもあった。


 2人は、手を繋ぎながら駅前通りを歩くと、美香の行きたがっていたファッションビルに入った。


 2時間近く店内を回ったが、結局美香は何も買わなかった。


 時刻は12時になり、お腹も空いたので、ファーストフード店に入る事にした。


 俺はハンバーガー2個とポテトとコーラ、美香はハンバーガーと烏龍茶を注文した。

 

 ラッキーな事に、禁煙席の一番端っこが空いていたので、そこに座って食べ始める。


 朝から何も食べていなかった俺は、勢いよくハンバーガーを頬張り、ポテトを間に摘み、コーラで流し込んでいく。


 美香は、そんな俺を笑顔で見つめながら、ハンバーガーを少しずつ千切って食べていた。


 「そんだけで足りるの?」


 俺が、ポテトを数本鷲掴みにしながら聞く。


 「うん。足りるよー」


 美香が軽快に答える。


 「嘘つけ。そんだけで足りるわけないだろ?」

 「アハハ、バレた?実はちょっと太ったから、ダイエットしてるんだよね」

 「ダイエット?後一週間しかないのに?」


 咄嗟に言葉が出てしまった。一瞬場の空気が澱む。数秒の沈黙が流れた後、


 「女の子はさ、最後まで綺麗でいたいんだよ。好きな人に、自分を好きなままでいて欲しいしね」


 美香はそう言うと、烏龍茶のストローに口をつけ、飲み始めた。俺は、ごめん、と言って、残りを食べた。


 腹を満たした2人は、その後映画を見て、夕方の駅前通りを、用もなくブラブラ歩いた。


 「ねえ、私達もあんな風になりたいね」


 美香がほっぺたを掻きながら言う。あんな風にとは、先ほど見た映画のカップルのように、という意味である事はすぐにわかった。


 映画の中身は、身分の違う男女が、様々な困難を乗り越えながら結ばれる、といったありきたりな内容で、俺は上映中、何度もあくびを堪えるのに必死だった。


 美香はというと、最初から最後まで、画面に目が釘付けとなっており、終わった後も、しばらく感傷に浸っている様子だった。


 「なれるに決まってるだろ」


 このまま時が続くなら……


 俺は言葉を放った後に、どうしようもなく寂しい気持ちになった。


 顔には出さず、1時間ほど歩いた所で、17時を知らせるチャイムが鳴った。


 俺は、美香を駅のホームで見送ってから、バスに乗り、家路に着いた。


 家に帰ると、ようやく仕事を辞めてきた、という父が、1個300円もするシュークリームを買ってきてくれていた。


 俺は、そのシュークリームを夕食の後に食べると、1番目に風呂に入り、就寝した。


 後1週間で、本当に自分が死ぬんだ、という事が未だに信じられないでいた。



 9時30分


 俺は1人電車に乗り込み、目的地に向かった。


 電車はあっという間に満員になり、俺の座っていた4人掛けの座席にも、人が座ってくる。到着するまでは外の景色を眺めていようと思っていたが、俯いて寝たふりをしてしまった。


 やはり、人目が気になってしまう。誰かが俺の事を見ている、と考えてしまった瞬間、心臓が張り裂けそうなくらい緊張し、上手く話せなくなったり、胃が痛くなったりしてしまい、顔を上げていられなくなるのだ。


 おまけに辺りは、何人かのグループやカップルばかりで、俺みたいに1人でいる人間なんかいない。内心、何だあいつ、と笑ってるんだろうな、と思うと、やっぱりこんな時間に外出なんかするんじゃなかった、と激しく後悔した。


 今まで、人目を避けて、暗くなってからしか外出しなかった俺が、なぜ今日になって、昼間から外出しようと思ったのか?


 理由は、1週間前に姉から貰った3万円で、最後にやっておきたい事があったからだ。


 それは、テレビ放映されるまで待っていよう、と思っていた映画を見る事だ。1週間後に地球は滅亡する。だから当然、今上映中の映画が、テレビで放送される事はないわけだ。


 最後に見ておかないと後悔が残る、と思った俺は、2日前に見に行く事を決意した。


 両親は、外出してくる、と言ったら、驚いた様子で顔を見合わせた。そして優しく、気を付けてね、と送り出してくれた。


 自分でも、昼間から外に出る、という日が来るとは思ってもみなかった。最後まで部屋で過ごして、終わりを迎えよう、と考えていた。


 こんな気持ちになったのは、姉からお金を貰ったから、という理由の他に、死を受け入れたから、という理由もあると思う。どうせ死ぬんだから、もう人目を気にする必要もない、と。


 そういえば死を受け入れた人間は、痛覚が麻痺するという話を聞いた事があるが、今の俺はそんな感じなのかもしれないな、と思っていた。


 しかし、いざ外に出てみると、楽しそうな人間ばかりで、もっとどんよりした空気が流れてるだろう、と思っていた俺は、恥ずかしさで、今すぐにでも死にたくなった。


 とても痛覚が麻痺した人間とは思えない。人間は死ぬまで感覚が残っているんだな、と寝たふりをしながら思った。


 電車は20分ほどで、俺の目的地である、新幹線が停まる大型の駅へと着いた。


 着きました、というアナウンスが流れ、人がゾロゾロと降りていく。俺はその流れが収まったのを見計らってから、扉が閉まる寸前で電車を降りた。


 駅前に出ると、太陽の眩しい光と、たくさんの人の波に、目が眩みそうになった。


 俺は、早い所行こう、と駅前にある噴水を抜け、映画館へ向かう。 


 その途中、噴水前のベンチに座っていた若い男性の元に、丁度恋人が到着し、お互い笑顔になっている場面を見てしまい、更に気分が落ち込んだ。


 映画館に着くと、窓口で今日見る映画のタイトルを伝え、チケットを購入する。


 トイレに行った後、館内へ入り、真ん中から少し後ろの、一番左端の席に座った。


 映画は、近未来を描いたロボットアニメで、昔から大好きだった。大人から子供まで人気があり、公開されて2ヵ月も経つが、今日も家族連れからカップルまで、様々な層が見に来ている。


 俺はなるべく周りを見ないように、上映時間まで待った。自分の隣の席に人が座ると、またお得意の寝たふりをして過ごした。


 時間になり、館内が暗くなった。俺は顔を上げ、画面を見つめた。


 色んな映画の予告が流れた後、本編の上映が始まった。


 俺は身を乗り出した。久しぶりに興奮している。こんな気分が向上したのは、本当に何年かぶりかの事だ。


 開始から2時間半、映画は終了した。予想以上に面白くて、終始興奮した。しかし、実は今回の映画は一部目で、来年二部の公開が予定されていた。そのため、エンディングは次回に繋がる終わり方となっていて、館内のお客さんから、惜しむ声が上がっていた。


 当然俺も、続きを見たい、という心境に駆られ、面白かった、という満足な気持ちよりも、この続きは見れないのか、という残念な気持ちの方が強かった。


 地球が滅亡するのはありがたいが、せめて次回作は見せてくれ、と無茶な願いを心の中で唱えながら、映画館を後にした。


 お金も大分余り、お腹も空いていたが、早く家に帰りたかったので、急いで駅に向かった。駅に着くと、まだ14時前。


 次の電車は12分後に来る。ベンチに座って待っていると、母からメールが来た。


 「久し振りの外出で疲れてない?帰りは何時頃になりそう?」


 俺は、もうすぐ帰るよ、と返信して、電車の到着を待った。


 時間ピッタリに電車が到着し、来た時と同じように、人がゾロゾロと降りていく。それに反して、乗り込む人は少なく、座席は大分空いていた。

 

 俺はすぐ近くの、2人掛けの席に座った。扉が閉まり、電車が動き出す。


 帰りは、行きとは違い、人目も少なく、誰かが隣に座る心配もあまりないので、存分に外を眺める事が出来た。


 およそ、10年ぶりに乗った電車から見る景色は、新鮮だった。新しく出来た高層ビルに、改装された洋服店、良く通ってたゲームショップの近くには、大きなシュッピングモールが建っていた。次々と見えてくる昔にはなかった建物に驚くと同時に、潰れたと思われる飲食店や電気店も目立った。


 その中に、廃校になったと思われる学校が目に入った。茶色く濁ったプールに、何年もほったらかしにしてるであろう建物の周辺からは、無数の草花が伸びていた。


 そういえば、俺が通ってた小学校が、来年で廃校になるらしい。


 20年前の小学生だった頃に比べて、在校生が3分の1になったみたいで、廃校もやむをえない、との判断が出たようだ。


 あの頃の同級生のみんなは、今どうしてるだろう?


 28だから、結婚してる人も多いんだろうな。


 親友だった貴志は?同じサッカークラブに入っていたみんなは?好きだったはるかちゃんは?


 会いたくはならないが、どうしてるのかは、無性に気になった。


 いや、人生順調にいってたなら、本当は会いたくて仕方ない。


 でも今の俺には、どう考えても、みんなに合わす顔が見当たらない。


 このまま誰とも会わずに、終わりを迎えよう……


 自宅の最寄り駅に電車が停まると、俺は急いで降りて、家路に向かった。


 家に着いたのは、15時少し前。


 俺が玄関を開けると、両親は揃って居間から顔を出し、どうだった?と聞いてきた。 


 俺は、別に、と冷たく答え、部屋に戻って、ベッドに横たわった。


 つくづく自分が嫌いになる。

 

5 3日前



 19時


 俺は夕飯を食べた後、自宅を出てバスに乗り、30分ほど走った場所にある停留所で降りた。そして歩いて5分ほどの場所にある公園に着いた。ここは、鉄棒が2つと、タイヤで出来た跳び箱が1列あるだけの、小さな公園だ。


 俺が着くとすぐに美香がやってきた。


  「おまたせー」


 相変わらず明るい元気な声で、俺を安心させてくれる。


 昨日も会ったばかりだが、今日の朝、目が覚めたら、また顔が見たくなってしまった。夜なら大丈夫との事だったので、美香の自宅から近いこの公園で、短い時間しかいられないが、会う事にしてもらった。


 学校に通ってた時は毎日顔を会わしていたから、これでも全然物足りないくらいだ。


 しかも3日後には……


 「今日は全然待たなかったよ。わざわざ時間取ってくれてありがとう」

 「全然大丈夫。私も直ちゃんに会いたかったし」


 2人は公園に1つだけ置いてある、青色のベンチに腰を掛けた。


 「直ちゃん、夕飯もう食べた?」

 「食べてきたよ。美香は?」

 「私も食べた。今日はこぼさずに食べれた?」


 美香が、いじわるな可愛らしい笑顔で聞いてきた。

 

 美香が、俺の事を直ちゃんと呼ぶようになったのは、2回目のデートの時だ。ファミレスで昼食を取っている最中、俺が注文した料理を上手く食べる事が出来ず、床に落としてしまった。


 美香はその様子を見て、何か弟が出来たみたい、と言って笑っていた。


 以来俺の事を、ちゃん付けで呼ぶようになり、人前で呼ばれると恥ずかしかったりもした。


 2人は他愛もない話を、繰り返し話した。


 気付けば、時刻は21時を過ぎていた。


 「やばい!もう、こんな時間だ。そろそろ帰らなくちゃ。直ちゃんも、バスがなくなる前に帰らないと」


 美香が携帯の時刻を見ながら言った。


 バスの最終時刻は21時31分。確かにそろそろ話を終わらせないと、間に合わなくなる。


 俺は心を決めて美香を見つめた。


 「なあ、美香?」

 「うん?どうしたの?真面目な顔になっちゃって」


 美香が照れ笑いをする。


 「俺、美香の事大好きだ!キスしたい」


 言った後、顔から火が出るくらい恥ずかしくなった。


 美香が黙ってこちらを見ている。俺は息を深く吸った。


 「美香の事が大好きだから、キスさせてほしい!」


 真剣な眼差しで見つめて、返事を待つ。


 「何?聞こえない。もう1回言って?」


 美香が、またお得意の意地悪をする。2回も言ってるのに、聞こえないはずないだろ。


 「大好きだ!キスしよう!」


 美香が抱き付いてくる。


 「うん。いいよ」


 そのまま口づけを交わし、抱き合う。


 「私のこと好き?」

 「大好きだ。美香は?」

 「私も大好きだよ」

 「よかった。キス……断られるかと思った」

 「断るわけないよ。ビックリしたけど、うれしかった」

 「この先も、美香とずっと一緒にいたい」

 「私も」


 幸せな一時だった。このまま永遠にこうしていたい、と思った。


 時刻を見ると、バスの時間までに、まだ少し時間があった。俺は美香を家の玄関まで送った後、停留所に向かった。


 5分ほど待っていると、バスが到着し、乗り込む。座席に座ると、排気音と共に、バスが発車した。


 外の風景を見ながら、バスが到着するのを待つ。その間、頭の中は美香の事で一杯だった。


 美香を初めて見た時の事、初めて話した時の事、初めて笑った時の顔。


 好きになったのはいつから?


 覚えていない。気付いたらずっと好きだった。俺以外にも、美香を好きな男は山ほどいた。それだけ魅力的な女の子だったから。まさか俺なんかが、あの美香と付き合えるようになるとは、思ってもみなかった。


 今回みたいな事態にならなければ、告白なんて一生できなかったかもしれない。


 自分も美香もいなくなる。


 そう思った瞬間、告白しなければ、との思いに駆られ、勢いで告白した。


 「はい。よろしくお願いします」


 笑顔でそう答えてくれた。美香のその顔を見る事が出来たのは、地球が滅亡するおかげ、というのもある。


 そう考えると、複雑な気分だ。


 俺はバスを降りると、家までの距離を走って帰った。うれしくなって、体が勝手に動き出してしまった。


 付き合ってから、もうすぐ3ヶ月


 俺はとうとう、美香とキスを交わす事が出来た。


 コンコン


 11時を少し過ぎた頃、部屋のドアを叩く音がした。


 俺はパソコンで見ていた動画を停止すると、ドアに近づき、少し開ける。外にはエプロン姿をした母が立っていた。


 「ごめん。起きてた?」

 「何か用?」


 俺が聞くと、母は茶色の封筒を渡してきた。


 「はい。これ」

 「何これ?」


 俺は封筒を受け取る。封筒は分厚い。その中身が、お札である事は明白だった。


 「これは?」

 「祐介の今後のために残しておいたお金だよ。まだ奇跡が起こるかもしれなかったから、残しておきたかったんだけど、もうダメみたいだから……最後に好きな事して使いなよ」


 少し作り笑いをして言うと、母はじゃあ、と言ってドアを閉めた。


 封筒の中身を確認すると、50万も入っていた。


 俺はそのお金を見ながら、使い道について少し考えた。もう、既にやっておきたかった事は済んでいる。欲を言えば、まだ買いたい物や食べたい物はたくさんあるが、わざわざ外出してまでではない。あの人波の中、1人歩き回るくらいなら、このまま家で引きこもってた方が、随分マシだ。俺は使う予定はないな、とお金を封筒にしまった。


 それが終わると、今度はこのお金が、どれほど大きな額か、考えるようになった。


 共働きだった両親は、1ヶ月前まで週5日は家にいなかった。父は去年40年以上働いた会社を定年となり、今年から工事現場で働いていた。母は工場の倉庫で仕分けの仕事をしていた。


 このお金を稼ぐために、どれだけ頑張ったのだろう。冬の寒い中、白い息を吐きながら、外を歩く母を見た時は、胸が苦しくなった。


 2人とも、もう60を過ぎている。本当なら俺が一家の支えとなり、2人を楽させてあげなければいけない立場だ。


 息子はニートのまま、晴れ姿もみられず、この世を去る。


 両親は今、どれほど残念な気持ちだろう……


 俺が家でパソコンや寝てばかりの生活をしてる間も、働いてこのお金を作ってくれた。


 そんなお金を、好きなようになんか、使えるわけがない。


 俺は封筒を引き出しにしまうと、再びパソコンの前に座り、動画を見始めた。


 時計を見たら、20時になろうとしていた。


 あれから、結局パソコンの前で1日を過ごした俺は、何となくテレビを付けた。


 昔大好きだったバラエティ番組が放送されている。小学校の頃、毎週欠かさず見ていた番組だ。

 

 俺は懐かしくなって見始めた。が、内容が全然頭に入ってこない。


 ただボーっと画面を見つめてるだけで、頭の中は違う世界に入っていた。


 この1週間、これまでに考えなかった事をたくさん考えた。


 昔の事、同級生の事、両親の事、そして自分自身の事。今まで向き合ってこなかった現実の問題が、嫌でも頭の中に入ってくる。


 とうとう3日後には地球がなくなる。それは同時に自分という存在がなくなる、という事だ。


 最初に話を聞いた時は、正直うれしい気持ちが強かった。引きこもるようになって、友達とも連絡を絶つようになってから、現実逃避をして毎日を過ごしていた。本当は心のどこかで、社会復帰を諦めてる自分がいた。自分なんか不必要な存在だから、早く死んだらいいと思っていた。しかし、自分で命を絶つ度胸はない。


 1人では死ねないが、みんな一緒に死ぬのなら願ってもない、と思って、この1ヶ月過ごしてきた。


 しかし、今はどうだ?


 会いたい人、話したい人、謝りたい人がたくさんいる。


 このまま死んでいいのか?


 死んで後悔しないのか?


 絶対する……


 死ぬ前に、やっておかなくてはいけない事が残されている。


 俺は命令されたかのように身体が勝手に動き出し、しばらく開けていない押入れの中を必死に探した。


 確かまだ捨ててはいなかったはず。どこかの引き出しに、入れたままになってたはずだ。


 あった。


 小学校の時の卒業文集。


 死ぬ前に、貴志に謝っておきたい。


 最後に話したい。


 家に……電話してみよう。


 もしかしたら、もう実家にはいないかもしれない。でも誰かが電話に出てくれたら、貴志の連絡先を教えてもらおう。


 俺は決意して、携帯電話で実家の番号に掛けた。そして、


 「はい、杉山ですけど」


 若い女の人の声だ。


 「あ、あの……貴志君はいらっしゃいますか?」

 「はい、いますけど。どちら様ですか?」

 「昔の同級生で、浅田祐介と言います」


 女の人は、少しお待ちを、と言って受話器を置いた。懐かしい保留音が聞こえてくる。


 携帯のなかった小学校時代、良く聞いたっけ。


 僅かな時間、懐かしさに浸っていると、誰かが受話器を取った。


 「もしもし」


 懐かしい声が聞こえた。過去何万回も聞いた声だ。ここ数年は聞いてないが。


 「あ、あの……」

 「祐介……か?」

 「……」

 「久し振り」

 「う、うん」

 「今まで連絡来るの待ってたよ。元気してたか?」

 「うん……ごめん」


 俺は緊張で、言葉が震えていた。

 

 「さっきの人と、去年結婚したんだ」

 「あ、そ、そうなんだ」

 「本当は、お前にも結婚式出てもらいたかったんだけどな……」

 「ごめん……」

 「もう済んだ事だからいいって」

 「あ、あと、親父さん亡くなったのに、通夜にも行かないで、今まで連絡しなくて、ごめん……本当にごめん……」

 「それも済んだ事だから気にするなって。謝ってばかりだな」


 貴志の笑い声が聞こえた。俺は涙が溢れてきた。泣いてるのを悟られないように、必死に隠した。


 「今奥さん妊娠しててさ。秋に、産まれる予定なんだ」

 「え?」

 「男の子か女の子かわからないけど、楽しみだよ」

 「そっか……おめでとう」

 「産まれたら連絡するから、1度見に来いよ」

 「わかった。絶対、行くよ」

 「じゃあ、またな」


 俺は貴志が受話器を置くまで切らなかった。受話器を置く音が聞こえてから、携帯を耳から話した。


 最後に話せてよかった。謝る事が出来て、本当に良かった


 長い間引っかかっていた心のもやもやが、1つ消えた。


6 前日



 俺は起きると、朝ご飯を食べるために、居間に向かった。時刻は朝の8時を回った所だ。


 居間に入ると、家族はもう俺以外みんな起きていて、テレビ画面に見入っていた。俺も朝ご飯を食べるのを後にし、ソファに座りテレビを見始めた。


 画面を見つめる家族は暗い。誰も一言も発しようとしない。


 衝突を明日に控えたこの日、人口衛星が捉えたという隕石の様子が公開された。スローで捉えた巨大な隕石は、凄まじいの一言で、そのまま地球を飲み込んでしまいそうなほどだった。


 朝からずっとこの映像が繰り返し流れていて、アナウンサーや評論家などの人間は登場しない。数日前に撮ったであろう隕石の映像を、ただひたすら流している。そしてその画面下には、


 もはや滅亡は免れない


 と書かれていた。家族はこの文字に言葉を失っている。


 父も母も、祖父も祖母も、妹も、茫然としてるといった感じだ。


 恐らく世界中誰もが、同じような感じだろう。皆明日という日が来るのを恐れ、悲しみ、絶望し、悟りながら、思い思いの最後を過ごしているはずだ。


 今日まで、奇跡を信じて生きてきた人もいるだろう。俺も心のどこかでは、奇跡が起きるのを信じていた。しかし、わかってはいたけど、いざ明日に控えると、恐怖は計り知れない。


 色々な出来事が頭を駆け巡り、怖くてたまらなくなった。


 その内、祖父が重い空気を変えるため、努めて明るい口調で言葉を発した。


 「なあ、今日の夜は何食べる?オラはすき焼きなんか食べたいな」


 祖父が懸命に場の空気を明るくしよう、といった意図を、家族も感じ取ったのだろう。続いて父が話し、母がそれに応えたりして、場は若干和やかになり、みんなして食べたいものを上げていった。


 その結果、俺が食べたいといったハンバーグと、妹の大好物の寿司に決まった。


 普段なら絶対一緒に出ないであろう豪華な夕食に舌鼓を打ち、我が家の最後の晩餐は終わりを告げた。


 それが終わったら、最後に会っておきたい人がいる。


 俺はシャワーを浴びて身支度を整え、バスの停留所に向かった。しかし、当然バスなど走っているわけがない。俺は気合を入れて、走って一昨日行った公園へと向かった。


 どうしても最後に会いたい。


 必死に走る事1時間以上。足がパンパンになりながらも、一昨日より少し早くに公園に着いた。美香に着いた事をメールで送り、ベンチに腰を掛けて到着を待つ。すると、


 「わっ!」


 という声が後ろから聞こえた。俺はビックリして、


 「うわっ!」


 という叫び声と共に立ち上がってしまった。


 「ハハハ、ビックリした?」


 振り返ると、無邪気な笑顔の美香がいた。ベンチの裏の木陰に隠れてたみたいだ。


 「ビックリさせるなよ」

 「ごめんごめん」

 「頭に葉っぱついてるし」

 「えー、取ってよ」


 俺は美香の頭に付いた葉っぱを取ると、2人でベンチに腰を掛けた。


 「夕飯食べた?」

 「食べたよ。今日は焼肉を腹一杯食べた。直ちゃんは?」

 「食った食った。寿司とハンバーグ」

 「何それ?贅沢すぎるでしょ」


 美香と話せるのもあと僅か。この声が聞けるのも、今日で最後か……


 「そういえば直ちゃん少し太ったよね」

 「そう?まあこの1ヶ月、好きな物食べてたからな」

 「そっか。顔が丸くなったよ」

 「だから今日走ってきたんだよ」

 「えー本当に?!大丈夫?」

 「うん、大丈夫。そういえば美香も太ったよな」

 「太ってないよ。失礼な」

 「ウソウソ、冗談だよ」


 美香との会話は楽しいけど、明日の事を考えると、悲しくなる。


 「美香と付き合うようになってから、もうすぐ3ヶ月だな」

 「うん。そうだね」

 「俺と付き合って、どうだった?」

 「どうだったって何?」


 美香が口に手を当てて笑った。可愛くて仕方ない。この笑い顔が見れるのも、あと僅か……


 「いや、その、毎日の生活変わったかなって。俺は、あの、毎日がめちゃくちゃ楽しくなったからさ」


 言葉が返ってこない。美香の方を見ると、俺をジッと見つめていた。俺もそれに応えて美香の顔をジッと見つめた。すると、美香がいきなり、俺のほっぺにキスをしてきた。


 「私も毎日楽しくて、幸せだったよ」


 そう言うと俺の手を握って、肩に頭を寄せてきた。


 この幸せな時間は、もうすぐ終わりを告げる


 もっと一緒にいたい……


 死ぬなんて嫌だ……


 このまま1つになれずに死ぬなんて、嫌だ!!


 俺は左手で、美香の頭を自分の方に抱き寄せた。美香はそれを、嫌がる事なく受け入れてくれる。


 「なあ美香。いよいよ明日で終わりなんだな」

 「……そうだね」

 「今日まで明るくしていようって思ってたけど、もう耐えられないや……」

 「うん……」

 「美香と会えなくなるだなんて、考えたくない……」

 「うん……」

 「俺、もっと美香と一緒にいたいよ。もっと話したり、遊んだりして、美香と一緒に年を取っていきたいよ……」

 「私もだよ。今日で終わりとか本当は嫌だ…… 嫌だよ!」


 美香がワーッと泣き出した。こんな姿は初めて見る。いつも明るかったあの美香が。


 俺は美香の方を向き、キスをした。美香もそれに応えて、瞳を閉じた。


 普通なら、ここでしばらくキスをした後、美香を送り、バスで帰り、寝る前にメールや電話をして、そしてまた次の日に笑顔で会う。そしていつかは……


 しかし、今日しかない。俺には今日しかないんだ。


 そう思った瞬間、身体が勝手に動き出し、やってはいけない行動を取ってしまう。


 俺は美香と1つになりたい欲望を抑えきれずに、美香の胸に手を伸ばした。


 しかし、美香も俺を好きだと言ってくれた。俺と一緒にいれて幸せだと言ってくれた。


 驚きはすれど、嫌がるはずがない。


 そう思った。


 だが、次の瞬間。


 パーン!


 俺の左頬が熱くなった。右手を振り切り、顔を真っ赤に染めた美香が、俺を睨み付けている。


 「最低!いきなり何すんの?!」

 「だって、もう今日しかないんだよ?最後に美香と1つになりたいよ」

 「だからっていきなり…… 今日は私とそういう事する目的で来たの?」

 「違うよ。違うけど……」


 沈黙が流れる。


 「もういい」


 美香が俺から背を向け、歩き出してしまった。


 嫌だ、嫌だよ。美香とエッチできずに死んでたまるか!


 俺は帰ろうとする美香に抱き付き、無理矢理胸を触り、下腹部に手を伸ばした。


 「本当にやだ!やめてよ!!」


 強い力で突き放され、俺は地面に座り込んでしまった。美香はそんな俺を1度も見る事なく、そのまま走り去ってしまった。


 俺は走り去る美香を、茫然と見つめる事しかできなかった。


 これまで積み上げてきたものが、音を立てて崩れた瞬間だった。


 まあいいさ。どうせ明日、地球は滅亡するんだから。



 『祐介元気にしていますか?最後にあなたと話したのは、もう何年前になるでしょうか? 


 最後に話せなかった事が残念で悔やまれます。 


 どうか最後まで、お父さんとお母さんをよろしくお願いします。


 またいつか、家族で会話を交わせる日がくる事を、楽しみにしています』


 姉からの手紙の内容はそれだけだった。想像していたより、遥かにあっさりとした文章だったが、心にずっしりと重く突き刺さった。


 俺は手紙を封筒にしまい、押入れに戻すと、その後、テレビを付けた。


 隕石を捉えた映像が公開されていた。画面下には、滅亡は免れない、と書かれてあった。


 隕石の映像は、昔見た、水中カメラが捉えたという、巨大生物が通り過ぎる瞬間の映像を思い出させた。本当に明日終わるのだ、という事を改めて感じ、とてつもない不安感が襲ってきた。


 1ヶ月、いや、2週間前までは考えられなかった感情だ。


 俺なんかこのまま死んでもいい、から、まだもう少しだけ生きてみたい、に変わっていたのは、もはや疑いようもない事実だった。


 俺は少し散歩をしてくる、と両親に告げ、家を出た。両親は笑顔で見送ってくれた。


 街は閑散としている。まあこんな時に騒げる奴なんかいないと思うが。


 幸せであればあるほど、死ぬのが怖くてたまらないだろうな。つい最近まで死にたかった俺が、こんなに恐怖を感じてるんだから……


 俺は家の周りをぐるっと、昔を懐かしみながら歩いた。


 貴志が父親になるのか。昔からは考えられないな。


 裕紀は今何してるだろうか?昔はよく一緒にバカやったな。

 

 そういえば高山君は医者になったらしい。すごいな。


 初恋のはるかちゃんは何してるだろうか?もう結婚してるかもしれないな。


 昔からの親友、よく遊んだ同級生、好きだった女の子、様々な人が、俺の頭の中に飛び込んでくる。


 また、みんなに会いたいな……


 また、昔みたいに、みんなと笑い合いたい。


 だけど、今の俺にはそんな資格はない……


 両親はこの5年、どんな気持ちだったかな。俺の事考えるの辛かっただろうな。


 せめて、最後に心からの謝罪をしよう。それしかできないけど、このまま終わりにはできない。


 俺は何かデザートでも買っていこうと、コンビニに向かった。


 しかし、当然のようにシャッターは閉まっていた。当たり前か、と思いつつ、一応同じ地域にもう1つあるコンビニへも行ってみた。が、同じく閉まっていた。


 仕方なく諦めて、自宅に戻る事にした。


 すると、コンビニを少し行った所、小学生の時、通学路だった場所の周辺に、少し明かりが付いているのが見えた。


 近づいてみると、そこは俺が、物心つく前からやっている小さい和菓子屋さんだった。もうとっくに辞めていると思っていたのに、あろうことか今日、こんな日に店を開けているなんて。


 俺は店の扉を開け、中に入った。カウンターには団子やどら焼き、柏餅などの商品が並んでいる。


 少しして、店の奥から、おばあさんとおじいさんが顔を出した。おばあさんが、


 「こんな時にお客さんとは嬉しいね」


 とにっこり笑うと、おじいさんもそれに頷き、同じくにっこりと笑った。


 久しぶりに両親以外の笑顔を見た気がする。

 

 俺は商品を一通り見まわして、その後、店の名物だという苺大福を指差し、


 「これを3つ下さい」


 と伝えた。2人は紙袋に苺大福3つと、サービスだという柏餅3つを入れてくれた。俺が、

 

 「ありがとうございます」


 と頭を下げると、2人は、


 「こちらこそ最後にありがとう」


 と笑顔で頭を下げてくれた。俺ももう一度頭を下げると、店を出て、急いで自宅に戻った。


 自宅に戻ると、居間へ顔を出し、


 「大福買ってきたから一緒に食べよう」


 と言った。母は嬉しそうな顔をしてお茶を入れてくれ、父は俺が持っている紙袋を覗き込み、ありがとう、と言ってくれた。


 こうして3人で何かを食べるのはいつ以来だろう?思い出せない。それほど長い間、俺はこの人達と距離を取っていたのだ。


 2人は、実に美味しそうに、そしてうれしそうに、苺大福と柏餅を食べてくれた。


 食べ終わると、俺は2人に今までの事の謝罪と、感謝の言葉を述べようと、姿勢を正した。


 と、その時、母が俯き、涙を流し始めた。


 突然の母の涙に、俺は戸惑い、慌てて父に目を向けた。


 父は俺と目が合うと、うん、と頷き、優しい笑みで母を見つめている。


 俺は伝えようとした言葉を飲み込み、一度部屋に戻った。そしてパソコンを抱え込むと、再び居間に入った。


 母の涙は既に止まっていたが、その目元は、赤く腫れていた。


 きっと今まで、俺の知らない所でたくさん泣いていたんだろうな。


 俺はパソコンを居間のテーブルに置いた。


 「直也何するの?」

 「どうせテレビは同じのしかやってないと思って」


 俺はパソコンを起動させて、DVDを再生させた。


 「おお、懐かしいな」

 「本当だね」


 2人の声が上がる。パソコンの画面には、今から20年近く昔、食事の時間に、家族でよく見ていたバラエティ番組が流れている。


 この日は久しぶりに、家族3人で夕食を取り、昔を懐かしみながら笑い、夜遅くまで一緒に過ごした。


 気が付くと、時刻は23時を回っていた。


 2人とも、俺が部屋に戻るまで待っていてくれているのか、眠そうに目を擦りながら、画面を見ている。


 俺は立ち上がり、


 「じゃあ、そろそろ寝るよ」


 と言って、パソコンの電源を落とした。父が、じゃあ俺達も寝るか、と言うと、母が、そうね、と頷く。


 俺はそんな2人に目を向けながら、パソコンを抱え込んだ。そして


 「今までありがとう」


 とだけ告げて部屋に戻った。2人の顔を見なかったので、どんな顔をしてたのかわからない。


 本当はもっと言いたい事、言わなければいけない事がたくさんあったが、今日はこれしか言ってはいけない気がした。謝るのは、また、いつか……、と心の中で呟いて、布団に入った。


 いよいよ明日で終わりか……


 怖くないか?


 怖い。死にたくない。


 後悔はないか?


 ある。後悔だらけだ。


 悲しくないか?


 悲しい。またみんなに会いたい。


 最後に何か言いたい事はあるか?


 もし、また生まれる事が出来たら、今度は後悔しないように、精一杯生きると誓います。そして今度こそ、両親に親孝行したいと思います。


7 当日


 おはようございます。時刻は朝の8時を回った所です。本日は私、小川智治が最後まで実況していきたいと思います。


 みなさん、思い残す事はありませんか?


 みなさん、悔いはありませんか?


 みなさん、今まで幸せでしたか?


 今日をもって地球は滅亡する。これはもはや免れない事態でしょう。私も悔しいです。悲しいです。怖いです。


 今日の朝まで、この場に来る事を悩みました。しかし、アナウンサーとして仕事を続けて30年。自分の最後はやはりここしかないな、という事で決意してこの場に座っております。


 どうか最後までよろしくお願い致します。


 隕石はもうすぐ大気圏に突入するとの事です。恐らくあと10分もしないうちに衝突し、我々の命の灯が消えるまで、30分もないでしょう。


 もはや人類に逃げ場はありません。


 本当に無念でなりません。まだまだ生きて、みなさんの前に現れたかったです。


 もし生まれ変わって、またみなさんと同じ時代を生きる事が出来たなら、その時はどうぞよろしくお願いします。


 いよいよ、隕石は肉眼ではっきりとわかるくらい接近してきました。


 すさまじい速さで大きくなっていきます。もう、すぐそこまで来ています。


 みなさん、心の、心の準備はよろしいでしょうか?


 今までありがとうございました。


 さようなら……


 ……


 (ん?何だ?)


 (全然、衝突する気配がないな)


 (どうしたんだ?)


 なっ!


 い、隕石が、隕石が空中で分解しました!


 無数の小さな破片となって、地上に降り注いでいます!


 なんという事でしょう。信じられない事が起こりました。


 我々の死は、確実にすぐそこまで来ていたのです。


 しかし、奇跡が、紛れもない奇跡が起こりました。


 神はまだ我々を生かしてくれるようです。


 みなさん、今日という日を忘れずに、明日からも、いや、今この時から、1分1秒を全力で生きましょう!


 最後まで何が起こるかわからないのですから。


8 その後


 こんにちは


 地球滅亡の危機から3ヵ月が経ちました。


 世界は落ち着きを取り戻し、街は活気にあふれています。


 季節は秋に入り、暑さも大分和らいできました。


 私は来年受験する高校を決め、勉強に追われる毎日です。勉強は大変ですが、合格に向かって頑張ってます。


 今日はお父さんが、会社帰りに、大好きなお寿司を買ってきてくれるみたいなので、楽しみです。お兄ちゃんはハンバーグが良いとふてくされてましたが。


 お兄ちゃんは大好きだった彼女と別れ、しばらく落ち込んでいましたが、最近ようやく立ち直れたようです。昨日は他校の女子とデートに行くと、自慢げに語ってました。帰ってきた時の様子から察するに、上手くいかなかったみたいですが。


 街には様々な人が、今を精一杯生きているのが伝わってきます。


 私の目の前に、お腹の大きな妊婦さんと旦那さんが通りました。これから新しい命が産まれるんだな、と考えると私までうれしくなってきます。


 そして引っ越しのお兄さんは、汗を流して荷物を必死に運んでいます。頑張ってくださいお兄さん。さっき妊婦さんと一緒にいた旦那さんと、同じ歳くらいかなあ。


 日本は今日も平和です。


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[一言] 滅亡までの日常がほどよい緊迫感を持って書かれていてひきこまれました。 最後にそうなるのかな、と予想できてしまったのですが、それでも楽しかったですし、最後のだから今を大事に生きてます、という希…
2014/02/14 18:50 退会済み
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