08
「に、逃げられてしまうって……その、ど、どんなお家なんですか……?」
漸く硬直の溶けた私はやっとの思いで声を搾り出した。でも引き攣った頬にひっくり返った声音では動揺を隠し切れなかったみたいだ。
先生は「すみません」と呟いた後、気まずそうに下を向いてしまった。
いやいや、東堂先生?
その、説明は無しで即謝罪ってどういう事でしょうか?
第一、派遣されてくる家政婦さんやお手伝いさんというのは、ある程度の事は許容してくれるものなのでは?
その人達が逃げ出す羽目になるというのは、先生のお家でよっぽどの事態が起きてしまったのだろうと私はうすら寒い想像をして身を震わせてしまった。
「あ、はい。はい。ヒヨちゃん。それは僕から説明します」
今まで先生が何を言っても第三者として楽しんでいたマスターが、急に小学生のように身を乗り出して目を輝かせている。
「あのね、先生の家の事は俺の方が詳しいから。というか、先生は何で家政婦さんが逃げ出すのか良く分かってないと思うし」
「え? そうなんですか?」
「うん。まあ、それも含めて色々説明するね。その為に俺も立ち会ってるんだからさ」
そうだったのか。
いくら今はお客さんが居ないとはいえサボり過ぎだとは思ってたけど、本人は仲介人のつもりだったんだ。
……それにしては随分と楽しんでいる気がするけど。
「俺から話してもいいよね、先生」
「ん……スマン」
あ、先生随分と砕けた話し方してる。もしかしたらこれが素の話し方なのかな。
マスターは高校の後輩らしいし、彼らは私が思っていたよりもずっと信頼しあっているのかもしれない。
「それじゃあ、順を追って話すから−−」
その言葉を皮切りにマスターが語り出したのは、私にとって驚愕の事実だった。