3
「水野さん、3番に電話入ってるよ。警察の人から。なんか急用みたい」
同僚の美香が、怪訝そうな顔で言う。
何だろう・・・私はなんとなく不安になりながら、電話に出た。
「もしもし、水野の奥さんですね?」
「はい。」
聞いたことのある声。彼の上司の友枝さんの声だ。
彼はすごく慌てている。
何だろう、変な胸騒ぎがする・・・胸の中がザワザワとザワついて言い知れぬイヤな感じが全身を襲う。
「奥さん、落ち着いてよく聞いてください。実は水野が・・・・今日強盗事件があって・・・その犯人を捕獲する際、犯人ともみあいになって・・・犯人が持っていた包丁が胸に刺さって・・・たった今、息を引き取りました。」
何を言ってるの・・・この人・・・。何を言ってるの・・・
全く状況が飲み込めない。
「奥さん!聞いてますか?しっかりしてください!」
友枝さんがおえつしながら言っている。
「は・・・い・・・」
「水野は今、S病院に安置されています。とにかく急いで来てください。」
「はい・・・」
私はボー然と受話器を置いた。
「水野さん、大丈夫?何かあったの?」
私の様子をじっと見ていたらしい美香が、すぐに言ってきた。
「変な事言うのよ・・・あの人が死んだって・・・病院に来いって・・・」
全てが真っ白だ・・・全てが遠い所の出来事のように思える・・・
「何ですって!病院って、どこの病院?」
美香の血相が変わる。
「S病院だって・・・」
「何ボーっとしてんの!とにかく、すぐ行きなよ。」
「うん・・・・」
何も、考えられない・・・
「ほら、タクシー拾ってあげるから、早く!」
美香に促がされるまま、私はタクシーに乗った。
「S病院まで!急いで!!」
美香が運転手に告げ、ドアを閉めた。病院へ向かう車の中で、
私は何も考えられなかった。
病院へ付くと、友枝さんが出迎えてくれた。その顔は、涙でぐちゃぐちゃだ。
何を泣いてるの・・・
「奥さん、こっちです。」
友枝さんは私の手を引いて、ぐんぐん歩いていく。
「あの・・・」
私は放心状態で言った。
「犯人の包丁が運悪く心臓に刺さって・・・ほぼ、即死状態だったんです・・・
救急車の中で、息を引き取りました・・・
最後に消え入るような声であなたにすまないと伝えてくれって・・・・」
友枝さんは涙をぬぐわず、ずんずん進む。
「ここです。」
そこには、白いシーツで覆われた、何かが横たわっていた。
線香の匂いが、やけに鼻につく・・・
「あなたに逢いたかったでしょうから・・・」
友枝さんがむせび泣きながら言っている。ほかに数人、人が居るようだ。
私はゆっくりと近づき、そして白い布をそっとめくってみた。
そこには、青白い顔をした、あの人が眠っていた。
「眠ってるだけよ・・・」
彼の頬にそっと触れてみる。その頬は、驚くほど冷たい・・・
「耕作さん、起きて・・・私さつきだよ・・・・来いって言われてあなたに逢いに来たよ・・・一緒に帰ろう、冗談はもういいから・・・おきてってば!」
私は何度も何度も彼をゆすった。反応は・・・ない。
状況がよくのみ込めない・・・
「耕作さん、起きてよぉ、今日は早く帰るって・・・そう言ったでしょ?」
いくら呼びかけても、返事は返ってこない。
彼がただ、そこに横たわっている。
「ウソよ・・・ウソ・・・耕作さん、早く起きて!冗談キツイよぉ・・・
今日は早く帰ってくるって・・・そう言ったじゃない!ヤだよ・・・起きてってばぁ・・・耕作さん!ねえ耕作さん・・・約束したじゃない!
ずっと一緒にいるって・・・耕作さん!耕作さん!」
私は人目もはばからず、叫び泣いた。全てがめちゃくちゃだ・・・
そのあとの事は、あまり覚えていない。
お通夜のことも、お葬式のことも・・・記憶はうつろだ。
ただ、もう抱きしめてくれる温かいあの腕はやっぱりどこにも無かった。
『がんばれよ』と、言ってくれる、『さつき』と呼んでくれる
あの優しい声も私を包み込むような穏やかな笑顔も、
もうどこにも無かった。
彼はもういない・・・
何処をさがしても、彼はもう、いないのだ。
私は、独りになった・・・