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私達は付き合い始めてから、ちょうど一年が経った。
彼は仕事柄、時間に不規則だったし、私も私で毎日忙しい生活を送っていたから、なかなか約束できず、私達は程なくして、一緒に暮らし始めた。
彼とは価値観がすごく合っていたし、私の仕事、何より私自身をとても理解してくれた。両親共すでに他界していた私は、彼を心から必要としていた。
そして彼は、いつも暖かく私を包んでくれた。
私より4つ年上の彼は、包容力も抜群だった。
私の仕事の愚痴やなんかも、イヤな顔一つせず、いつでも黙って聞いてくれた。
「さつきは好きな仕事やってるんだから、頑張らなきゃ。」
いつもそう言って励ましてくれた。
彼の、私を見つめる優しい眼差しが、何より好きだった。
私は本当に幸せだった。彼に、頼りきっている自分がいた。
彼なしでは、絶対生きられないと、思い始めていた。
「さつき、ちょっと手出して。」
珍しく待ち合わせしようと言った彼は、普段なら絶対行かない様な雰囲気のいいフランス料理店で、デザートを食べたあと私に右手を差し出した。
「うん、何?」
私は手のひらを差し出し、彼の手の上に乗せた。
「そうじゃなくて、こう。」
そう言って、彼は私の手のひらを裏返した。
そして、私の薬指に小さなダイヤの付いた指輪をはめてくれた。
「え?」
「さつき、俺、さつきとずっと一緒に居たい。さつきのこと一生守っていくから、俺と結婚して欲しい。」
そう言う彼の瞳は、驚くほど穏やかな色を浮かべている。
「耕作さん・・・」
私は嬉しくて、嬉しくて、涙が出た。
「ほんとにほんと?一生ずっとそばに居てくれる?私のこと、守ってくれる?一人にしない?」
それは、両親を失ってたった独りぼっちだった私の、願いにも似た、心からの本音だった。
「ああ、絶対一人になんかしない。」
どうしてこんなに優しい表情が出来るんだろうと思わずにはいられない位優しい表情で、彼は微笑んだ。
「約束できる?私、結婚するからには絶対離れたくないんだから。一生、一緒に居たいんだから。」
「約束するよ。俺は一生お前のそばに居る。一生お前と生きていく。例えさつきが離れたいなんて言っても、絶対離さない。」
「私、こんな嬉しいこと生まれてはじめて・・・耕作さん、本当に本当にありがとう。」
それから二ヵ月後、私達は結婚した。私は23だった。
本当に親しい人だけを呼んだ、教会で式を挙げただけの簡素なものだったけど、私は本当に嬉しくて、何より幸せだった。
希望に満ち溢れ、何もかもがバラ色に見えた。
こんな幸せが、永遠に続くと、思っていた。
結婚してから、二年の月日が流れようとしていた。
私達は何よりもお互いを思いやり、そして二人の幸せな時間をおうかしていた。
穏やかな時間が流れていった。
今でも思う。私の人生の中で、あんなに満ち足りた時間は無かったと。
その日も普段どおり、彼の方が先に出掛けていった。
「いってらっしゃい。今日も一日頑張ってね。今日は、早く帰って来れそう?」
玄関で私は言った。
「うん、たぶん。最近たいした事件無いから。」
「そう、じゃあご飯作って待ってる。私も今日は、定時で上がれるから。」
「じゃ、行ってくる。」
そう言って私を見つめる彼の瞳は、優しさに満ちていて、であった頃と全然変わらない。
そして軽くキスを交わす・・・
私達は、必ずいってらっしゃいのキスをしていた。一度も欠かしたことは無い。
それはなんとなく習慣になったものだったけど、私はこのキスを彼のお守りになるように、としていた。
今日も一日彼が、無事で仕事が出来ますように・・・
それは、刑事を夫に持った妻の、祈りにも似たささやかな願掛けだった。