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LIFE GOES ON・・・  作者: shion
第一章 day by day
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6

 別に大したことじゃねぇ・・・いつもなら、簡単に割り切れるはずなのに、柊は、何とも言えない後味の悪い思いを噛み締めていた。

 体中から力が抜けて、イヤなだるさだけが自分を包み込む。

 何であすこまで言ってしまったんだろう、そして、何でこんなにも後悔してるんだろう。

 

 どーでもいーじゃねーか、あんな女・・・いくらそう思おうとしても、このイヤな感じがどうしてもぬぐい去れない。

 そこへ、橘がやって来た。

 

「よっ。」 「おー」

 柊は橘を見ないで宙をながめながら言った。ヤツが自分の横にドサッと座る。

「ふー。やっと終わった。悪かったな、待たせちまってよ。

 そういや今、水野さんとフロアですれ違ったけど、

 何か様子が変だったなぁ。お前、きのー彼女と何かあった?」

 橘が怪訝そうな眼で見ている。                         

 

 きのーじゃねーよ・・・たった今、やっちまったんだって・・・俺。

 

「別に何も。」

 柊はごまかした。

「そっか・・・なら、いいけど。」

 橘は煙草に火をつけ、ため息と一緒に煙を吐いた。

「おまえさぁ、水野さんの事あんまよく思ってねーだろ?」

「え?」

 

 何言い出すんだよ、橘・・・。

 唐突に言い出す橘の言葉に、柊は内心激しく動揺した。

 

「顔に出てんだよ。いっつも。あれじゃあ、彼女も気が付いてるかもな。」

 

 あっそ、だから何だっつーんだよ・・・柊は心の中で言った。

 こうなったら破れかぶれだ。

 

「水野さん可哀相な人なんだから、お前、あんま露骨な態度すんなよ。」

 

 ヤツの言葉にムッとしてしまいそうで、それが顔に出てしまいそうで、それをごまかすために、煙草に火をつけた。

 

「かわいそうって、なにが?」

 

 柊はなんとなく、あの悲しげな彼女の表情を思い出しながら言った。

 

「お前知らねーのか?」

 

 橘が驚いたように身を乗り出す。

「まぁ、ムリもねーよな・・・お前、ここに来てからそんな日経ってねーもんな・・・」

 ヤツは勝手に一人で納得している。

「一年は経ったぞ。」

 柊はムキになっていった。なんだか悔しい。

 

「彼女、未亡人なんだよ・・・あの若さで。

 俺もひとづてに聞いた話だけどよ。

 三年前に、だんな亡くなったらしいぜ。」

 

 ウソ・・・だろ?柊は橘の言葉に耳を疑った。

 俺、ついさっき彼女に、年中喪中なんて言っちまった・・・

 

「何で死んだんだよ・・・」

 ボー然としながら、橘に聞いた。頭の中だけは、グルグル回っている。

「だんな、刑事だったらしいぜ。そいで仕事中に殉職したんだってよ・・・」

「マジかよ・・・」

 

 知らなかった。彼女のあの悲しげな瞳の中に、そんな出来事が隠されていたなんて・・・

『もう三年も経つんだから、新しい人見つけたら・・・』

 美怜の言葉を思い出す。そういやそうだ・・・美怜さんは、ああ言っていた。だけど俺は彼女の指輪を見て、何かショックで腹が立って・・・

 よくよく考えりゃ、そーだと思うのに、悔しくて彼女を傷つけたいって・・・

 俺、何てこと言っちまったんだ・・・

 人には言っていい事と、言っちゃいけない事があるじゃねーか・・・

 知らなかったとはいえ、最低だぜ・・・

 どーすんだよ・・・俺・・・

 何か頭までクラクラしてきた・・・彼女に謝んなきゃな・・・

 だからって今はとてもじゃないけど出来そうもない。

 どのツラ下げて会えっていうんだ・・・

 どーしよう・・・ヤベーよな・・・絶対・・・イヤ、かなり・・・

 

「俺、帰る。」

 そう言って、柊はふらふらとその場を去った。

 

 

 

 部屋に辿り着き、柊はドサッとソファーに倒れこんだ。

 宙をあおぐ。

 さつきの悲しげな表情を思い出す。

 

 あんな風に悲しみに耐えながら生きてる人もいるんだな・・・事の真相を聞いて、今なら何もかも納得できる。

 

 俺は・・・柊は自分の現状を思った。

 

 俺は、カメラ以外には、情熱を注げない。それ以外には、何も感じない。

 ただ、惰性で日々が過ぎていくだけ・・・他人にも、あまり関心がない。

 どー思われたって、別に平気だ。だから、干渉されるのもキライだ。

 付き合った女でさえ、めったに部屋にも入れなかった。

 あれこれ勝手にいじくられて、生活をかき乱されるのがイヤだった。

 大体その女だって、愛していたのかと聞かれれば、どうかと思う。

 そんなことも面度くさくなって、ここ一年は、女も作ってない。

 全てが褪せて見える・・・シラけて感じる・・・

 いつも、渇いた心を持て余している。

 だけど、それが何によって満たされるのか、どんな事なら満たしてくれるのか、それさえも解からない。

 そんな自分に苛立って、バイクを走らせる。

 バイクは俺が抱えているわずらわしさを全て忘れさせてくれる・・・。

 

 柊は、無造作に置いてあるカメラに目をやった。

 

 カメラだけだ・・・カメラを手にしている時だけだ、熱くなれるのは・・・

 ファインダーを通してみれば、世界はあんなにもキラキラと輝いているというのに・・・

 全てが色濃く、違って見えるのに・・・

 

 性格わりぃのは俺だ・・・いつだって自分のことばっかりで、人を思いやるとか、そんな事考えもできねぇ。

 イヤだと思うと露骨に顔に出す。

 平気で相手をキズつける・・・

 

 柊はさつきを思った。

 

 あの人は大人だよな・・・あんなこと言っちまった俺にでさえ、けなげに笑顔を見せたんだから。

 

 つくづく自分がやったことが、幼稚に感じられる。こんな風に日々を送る自分がたまらなく下らなく感じる。

 

 何でこんな風になっちまったんだろ・・・

 解かってる・・・

 まだ、引きずってるんだ・・・

 

 柊はもう一度、さつきを思った。

 俺は、あの人を傷つけちまった・・・

『そうね・・・あなたの言うとおりだわ・・・』

 悲しい眼をしたさつき・・・

 バイクに乗せてやって、あんなにも無邪気にはしゃいでいたさつき・・

 物憂げな表情で、煙草をふかしているさつき・・・

 柊は大きくため息をついた。

 俺、サイテーだ・・・

 心底落ち込んだ。

 

 あの人は十分キズついてんだ。

 何も今さら俺みてーなくだらない人間にキズつけられる必要なんてないんだ・・・

 あの人にあやまんなきゃ・・・何としても・・・

 

 柊は、自分でも意外なほど素直に後悔しながら眠りに落ちていった。


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