5
次の日、柊はネガを仕上げて彼女の所へ持っていった。
違う彼女の一面を見たせいか、足取りも若干軽い。
「うす。」
柊は彼女のデスクに行き、少しはにかみながら声を掛けた。
「あら、苑田クン、昨日はありがと。」
さつきが顔を上げ、やわらかく微笑む。
いつもはイヤミだと思うその微笑みも、自分にまっすぐ向けられるとなんだか妙に心地いい。
「これ、昨日の。」
そう言って、ネガの入った封筒を彼女に渡した。
「うん。」
彼女がそれを取り出し、チェックしている。彼女を撮ってしまった分は、もちろん外して来た。その真剣な目つきに、柊は少し緊張した。
「うん、どれも良く撮れてる。美怜の人間性、良く出てるわ。」
さつきが少し顔を上げ、ニッコリと微笑む。
合格点が出たらしい。
少しホッとする。
「でもどうしようかなー。どれがいいかしら・・・」
彼女がネガを見たまま、迷っている。
柊は自分も見ようとネガを覗き込んだ。
髪の毛が少し触れる・・・彼女の匂いがふんわりと漂ってくる・・・、
その彼女の香りに、何ともいえない気持ちになりながら、それを隠して、
「これなんか、いいんじゃないっすか?」
と指差す。
「そうね・・・私もそう思うわ。よし、じゃあこれに決めるわ。」
彼女が微笑む。その柔らかい笑顔に、何だかとても嬉しい気持ちになる。
ふと、彼女が左手の薬指にはめている指輪に眼がいった。
なんだ結婚してんのか・・・
それに、ショックを受けてる、自分がいる。
何だよ・・・俺・・・。
「ありがとう。ご苦労さま。また何かあったら、お願いね。」
彼女はそう言って、さっさと仕事に取り掛かってしまった。その態度は昨日と違って、ちょっと冷たい。
柊はあっけに取られてしまった。
というより、フツフツと湧き上がる自分の気持ちに訳が解らなかった。
きのうの親しみやすかった彼女は、何だったんだろう・・・。
柊は、挨拶もそのままに、オフィスを出た。
「やっぱヤな女じゃん。」
柊は、ムショーにムカついて、ロビーを歩きながら独りで
ブツブツ言っていた。
何なんだよあの女・・・
都合のいい時だけ甘えてきあがって・・・
自分でも理解不能な感情に戸惑って、柊は怒りの
ほこさきをさつきに向けるしかない。
彼女が結婚しているという事が、自分で思う以上にこたえている。
何か、すんげームカムカする・・・それに頭までガンガンしてきた・・・言い様の無いムカムカを柊はただ持て余していた。
「よっ」
橘が肩をたたいて来た。よく会うよな、お前って・・・。柊がフテクサレたまま思っていると、橘が肩を組んで話し出した。
「聞いたぜ。お前、昨日水野さんと仕事したんだって?
チョーうらやましー。チキショー!!なんで俺に回ってこねーんだよ。」
橘はホントに悔しそうだ。
何がうらやましいんだよ・・・あんな女。
さつきの話はハッキリ言って今の柊には地雷だ。
「別に偶然だよ。急に飯田さん来れなくなって、そこにたまたま俺がいただけ。」
柊は内心ムカムカしていたが、それを悟られるのがイヤで平静を装って言った。
「ふーん。まっいいや。今急いでこれ置いてくっから、お前ちょっとそこで待ってろ。話聞かせろよ。」
橘がそう言って、行ってしまった。
全然うらやましかねーだろ、あんな性格わりー女・・・あんな女の話なんか、したくねーっつーの・・・。
柊は近くで軽く昼食を取って、駐車場へと向かっていた。橘は待ってろと言ったけど、今はとてもじゃないが、そんな気分じゃない。
ゲッ、カギがない・・・どこやったっけ・・・自分の行動を思い出してみる。
そうだ・・・あの女のデスクに置き忘れたんだ。ヤダな・・・取り行くの。
あんな女の顔なんか、今は見たくねーや。
柊は、何でこんなにもさつきが結婚しているという事に腹が立つのか、自分でも解からなかった。
いや、ほんとは解り掛けているけど、それを認めたくなかった。
カギがねーと帰れねーしな・・・。
仕方なしにさつきの所へ、カギを取りに行くことにした。
しかし、彼女はいなかった。
「ここにおいてあった俺のカギ、知らない?」
近くのデスクに座っている女の子に声を掛けた。
「えっ、気がつきませんでしたけど・・・」
「水野さんは?」
「たぶん喫煙所だと思います。ちょっと行ってくるって言ってましたから」
「あっそ。」
待ってろといったワリには橘はまだ話し込んでいる。
柊はそんな橘を素通りして、いつもの場所へと向かった。
彼女はそこに1人でいた。すごく悲しげな表情をして、遠くを見つめている。
柊がたまに見かける彼女の顔だ。
今日は一段と、その悲しみの色が色濃く出ている。
その顔を見たら、よけーにムカムカしてきた。
何だよ、あの顔よぉ・・・“私が世界で一番不幸です”みたいな顔しやがって・・・。
「俺のカギ、知りません?」
ムッとしたまま声を掛ける。
「えっ?」そう言って自分を見上げた彼女の眼から、涙がこぼれ落ちた。
その涙に、柊は再びムカッとした。
何泣いてンだよ・・・しらじらしい・・・。
「カギね・・・気が付いて追いかけたんだけど、あなた何処にもいなかったから・・・」
さつきがさり気なく涙をぬぐいながら、カギを差し出す。
「飯食ってたんですよ。近くの飯屋で。」
自分でも顔に出まくってるんだろうなと思いながらも、
それを止める事など今の柊には出来ない。
「何怒ってるの?私、何かしたかしら?」
冷静な態度と声で、彼女が静かに言う。その態度が自分を馬鹿にしてるみたいで、彼女に一瞬でも何かを期待していた自分が信じらんなくてそれに今ごろ気づいた自分にすごく腹が立って、そして落ち込んでいる自分にもっとイライラして、なんかムショーにムシャクシャして・・・柊は彼女を傷つけたくなった。
「別に。」
吐き捨てるように言う。
「別にって、怒ってるじゃない。私、あなたを怒らせるようなことした覚えは無いけど、なんなの?」
彼女はなおも冷静だ。その冷静さが、今の柊には何よりカンに障る。
自分1人が踊らされたみたいで、悔しくて仕方ない。
そしてそれは、柊をキレさせるのに、十分だった。
「あんたのその目が気にいらねーんだよ!普段はさらりさらりとしてるくせに、一人になるとキズ付いたような眼してボーっとして・・・
裏表ありすぎんだよ!満たされてるくせに。
ホントの私は不幸なの・・・でもミンナの前では見せないわってか?
バッカじゃねーの?そういうの、見ててムカムカするぜ。
いっつもそうだよな。あんたって。そーいうのってケナゲに見えねーんだよ、ちっとも!
自分が世の中で一番不幸だとでも思ってンの?
ったく暗いんだよ!年中喪中みてーな顔しやがって!!」
柊は彼女に対する、そして自分に対するイラだちを全部
ブチまけた。
何もかもイライラする・・・。
彼女は、驚き、あっ気にとられていたが、
「そうね・・・あなたの言う通りだわ・・・」と悲しそうな眼でフッと笑ってその場からいなくなってしまった。
あーあ・・・言っちまった・・・俺ってば、何やってんだろ・・・。
その場に残された柊の、最初に湧き上がった感情だった。
傷つけたくて言った言葉なのに、いざ言ってみると、スッキリするどころか、イヤな余韻だけが体中を包んでいく・・・
別に彼女が何したわけでもねーってのに・・・
なんであすこまで言っちまったんだ・・・俺。
バカみてーじゃん・・・八つ当たりなんかして・・・
彼女をキズつけたってどーなるってもんでもないのに・・・思いっきり言っちまった・・・
後悔の波が押し寄せてくる。
いや、別にイーじゃねーか。
女なんかどーせいっつも傷つけてんだ、
今更一人増えた所でどーってことねぇ。いつもの事だ・・・
俺はそんなヤツだ・・・
これ以上落ち込みたくなくて、そんな自分を認めたくなくて、柊は必死に自分にそう言い聞かせた。




