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携帯が鳴った。美怜だ。
「もしもし、美怜どーしたの?」
さつきは取材が終わり、後片付けをしながら言った。
「さつき、今何処にいんの?」
「取材で新宿にいるよ。もう終わったけど。」
「そう、私、今銀座まで出てきてんだけどたまには一緒に食事しない?」
美怜が言う。
「うん・・・いいよ。」
ほんとは柊とこれから食事に行こうと言っていたとこだったけど、思わずOKしてしまった。
「柊くん一緒だけど、いい?」
「もちろんよー。デートのとこ悪いけど、たまには私にも付き合ってね。」
「だからデートじゃないって・・・」
「じゃあどーする?ねえ、久しぶりに、吉兆のおでん、食べたくない?」
「食べた-い!じゃ、吉兆で待ち合わせよ。」
「うん、じゃね。」
さつきは電話を切った。
「柊くん、美怜から電話あって、一緒に食事する事になっちゃった。いいよね?」
勝手に約束してしまった事が彼に悪くて、少し気が引けながら言った。
「いいよ。」
柊はニッコリと微笑んだ。
「よかった。柊くんなら、いいって言ってくれると思った。あのね、おでん、好き?」
「うん。」
「そ、じゃあおでんの美味しい店で待ち合わせたから、行こう。」
さつきは笑顔でそう言った。
吉兆は、私と美怜が昔から通っているこじんまりとした居酒屋さん。
おでんの他にも、色々な料理を出してくれる。昔かたぎのオジさんが作っているおでんがサイコーだ。美怜の方が先に来ていて、私たちが入っていくと元気に手を振って、私達を迎えた。
「ほい、さつきちゃん、久しぶり!元気にしてたかい?」
オジさんが気さくに声を掛けてくる。ここに来るのはかれこれ1年振りだ
「オジさんの顔思い出して恋しくなって来ちゃった。ねー美怜。」
「そーそー、今同じ事しゃべってたとこ。」
私達は笑った。
「うす。」
「あら柊くん久しぶり~。相変わらずいい男ね~。」
美怜が変な口調で言う。
「やめなよ、オバさんくさい。」
私がツッコむ。
「あらいいじゃな~い、どうせほっといたってオバサンになっちゃうんだも~ん。」
美怜ちゃん、身も蓋もないって・・・
私達は好きなものをあれこれと頼み、楽しいひと時を過ごしていた。
「・・・でね、彼のお母さんのみさこさんがほんとに気さくで豪快で・・・面白い人なんだあ。あんたにそっくりなの、性格。今、友達してんの。ねー柊くん。」
「うん。」
「ふーん、なんかおもしろいキャラみたいね・・・今度あわせてよ。」
美怜が言う。
「うん、あんたとなら、気があいそー。」
「そうだな。でもお袋、美怜さんに会えるって言ったらすんごい事になりそう、ああ見えて結構ミーハーだから。」
「それに、ある意味すんごい事になりそう。」
「たしかに。」
私達は笑った。
「そーいえば明日の取材、朝一なんだよね。何処で待ち合わせる?横浜だから・・・」
「じゃあ俺さつきさん拾ってくよ、車で。」
「いいわよ。遠回りになっちゃうじゃない。こっちも電車か車で行くわ。」
「いいよ、朝一なんだから。電車混んでるし、二台で行くより一台で行った方がいいだろ。さつきさんの運転、おぼつかねーし。」
「なによ、それ。」
「とにかく明日はおれが迎えに行くから、ね。」
「わかった。」
「ちょっと、二人の世界に入っちゃってるとこ悪いんだけど、あたしもいるのよ。」
美怜がニヤニヤしながら毒づいた。
「なによ、ちょっと仕事の話しただけじゃない。ね、柊くん。」
「うん。」
そう言いながら、柊がさつきを見る目はとても優しい。
「キャーもう!あたしも彼に会いたくなっちゃった~。」
美怜がイヤンイヤンしながら言う。その時柊の携帯が鳴った。
「俺、ちょっと外で話してくる。」
そういって、彼は店を出て行った。
「さつき、変わったね。明るくなった。」
美怜が柊が席を立つと急に穏やかな表情で話し出した。
「そう?」
「うん。愛されてる女って、綺麗になるモンね。」
頬杖を付いて、しみじみと言っている。
「何それ?」
「えー、柊くんよ。なんか彼、包容力がついたって言うか、大人になったって言うか、とにかくすごく雰囲気変わったね。穏やかな眼でさつきの事見ててさー。
あんたのわがまま全部聞いちゃうぞって感じじゃん。
それに、甘えられる人がいてくれるっていいでしょ?さつき。」
「なによ、私が彼に甘えてるって言いたいの?」
「うん。だって甘えてるじゃん。どっちが年上だか解かんないよ見てて。」
「そんな事・・・」
「いいんだよ、それで。あんたは彼の優しさに包まれて、笑顔取り戻してる。
自分でそれに気付いてる?嬉しいよ、見てて。
彼はあんたを受け止めてくれる人じゃん。
あんなに優しい眼差しであんたを見守ってくれてるんだから。」
美怜のその言葉に、さつきは何も言えなくなってしまった。
確かに私は、知らず知らずのうちに 彼に甘えていたのかもしれない。
彼はいつだって微笑んで、私の傍にいてくれる。見守ってくれてる。
彼の優しい笑顔と眼差し、彼の持つ雰囲気は、私にとってとても安心できる場所なっていた。だけど・・・
「だけど怖いんだ・・・」
さつきはポツリと言った。
「そうねぇ・・・あんたの気持ちも解かるけど、自分の背中、押してやんなよ。
思い切ってやってみれば、案外簡単な事なのかもしれないよ。」
◇ ◇ ◇
あの日、美怜に言われた事を私はずっと考えていた。
『あんたは彼の優しさに包まれて笑顔取り戻してる。自分でそれに気付いてる?』
よくよく考えてみると、全くその通りだ。彼の笑顔にひきずられて、私も微笑んでしまう。彼が何でも受け止めてくれるから、どんどん心を許してる。
私の日常は、彼で一杯になってる。彼がいる事が、当たり前になってる。
彼といると、辛い事も忘れられる。彼との時間に安息を見出している・・・
何より、彼の澄んだ瞳に、すい込まれそうになる。
あの、穏やかで優しい視線に、心震わせずには、いられない。
私は、彼が好きなんだろうか?
好きは好き。だけどそれは、愛なんだろうか・・・
彼が私を想ってくれてる気持ちと、同じものなんだろうか・・・
あそこまで自分を想ってくれる彼の気持ちに、応えてあげられたらと思う事もない訳じゃない。だって彼の優しさに、心打たれている事も、事実だから。
だけど、それは愛というよりは、情のような気もする。
正直な所、私はこのままがいい・・・このままで十分・・・
これ以上のことなんて、望んではいない。
だけどそれじゃ、私をあきらめないと言ってくれた彼の気持ちに対して、あまりに身勝手な気がする。彼の気持ちの深さを知っているからこそ余計に自分のわがままで、彼をいつまでもだらだらと付き合わせる訳には行かない。
彼はあの後、それらしいことは何も言わないし、ただ微笑んで傍にいてくれてるけど、彼の気持ちは痛いほど解かってる・・・
見ているこっちが切なくなるぐらい・・・
だけど、耕作さん以外の人を好きになるという事に、抵抗を感じずにはいられない。
そんな事、無理な気もする・・・
っていうか、怖いんだ。また誰かを好きになって、その人をどんな形にせよ、失うのが怖いんだ。
だったらこのままずっと、独りで立っている方がいい・・・
誰かなしでは生きていけなくなるより、最初から独りでいるほうが、いい・・・
誰かにすがって、甘えて、弱くなってしまうのが怖い・・・
若かった私・・・耕作さんと、ずっと一緒にいられると、信じて疑わなかった私・・・
あまりに無邪気すぎた私・・・あの人を、頼りすぎていた私・・・
もうあの頃のようには、人を愛せない・・・
やっと独りで立っていられるようになったんだもの・・・
誰かを愛したら、その人をいつ失ってしまうかと、絶えず不安に怯えながら、生きなくちゃいけなくなる・・・
そんなの、耐えられるはず、ない・・・
あの人の死は、私をあまりにも臆病にしてしまった。
背中など、押してやれるはずもない・・・そんな簡単な事じゃ・・・ない。
このままじゃ、いられないな・・・
そんなの、あまりにずるい気がする。
柊くん・・・
それでも柊を思うと、胸が痛む。
でも、その痛みの訳を、さつきは解かりたくなかった。
複雑な想いの中で、ただただ揺れていた。




