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LIFE GOES ON・・・  作者: shion
第七章 DAY BREAK
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3

 俺とさつきさんは、同じ日々を過ごしていった。

 しずかに、穏やかに時間は流れていった。

 

 俺はこんなにも大切に日々を生きようと思ったことは、今までない。

 さつきさんの死んじまったダンナの事や、非業の死を遂げた藤田さんの事を思うと、そう思わずにはいられない。

 そしてさつきさん・・・俺は、一番大切な、何かを見つけたんだ。

 ずっと探していた、大切な何か。

 水野さつきという、かけがえのない存在。

 俺の人生の満たされていない部分を、全て埋めてくれる女性・・・そして、このかけがえのない女性と過ごす時間を、大切に大切に生きていきたい。

 誰かを愛する喜びを、俺に自信をつけさせてくれた女性・・・

 

 あなたの心を、どうしても手に入れたい。どんなに時間がかかったって絶対手に入れる・・・

 

 それは、自分でも信じられない位激しくもあり、そして穏やかな愛情でもあった。

 

 あなたの瞳に、俺は今、どんな風に映っているんだろう・・・

 

 今やこんなにも自分の心を支配している愛しい人を、柊は温かい瞳と切ない想いで見ていた。

 

 

 

 

 二人は会社の飲み会にきていた。今日集まったのは総勢15人。

 部署の半分以上の人が集まっていた。いい加減みんな出来上がってきている。

 柊は、始めはさつきの隣で飲んでいたが橘に呼び寄せられ、はじのほうで二人で飲んでいた。

 

「どうなんだよ、水野さんの方は?」

 橘がコソッと耳打ちした。

「どうって・・・とりあえずフラれた。でもあきらめない。」

 柊は笑った。

「結構がんばるねえ。ちょっと前までの女に冷たい柊くんは、一体何処へ行ってしまったんでしょう。」

 橘がチャカした。

「うるせぇ、ほっとけ!・・・でもなんか・・・わりぃな・・・橘・・・。」

 柊は何となく謝った。

「な・に・が?」

 橘がふざけて言った。

 その時、さつきの方に強く引き寄せられるように柊は目をやった。

 好きな人の危機や行動は、どうしてすぐに気が付いてしまうんだろう・・・

 

 彼女は部署でも有名な酒癖の悪い中年親父沖田に、絡まれていた。

「いや~しっかし水野はほんと、いい女だな~。独りでいるの、もったいね~よ。

 なんだぁ?指輪なんかして、ま~だダンナ引きずってんのかぁ?

 そんなんとっとと忘れちまえ!死ンじまったモンはしょ~がね~だろ?」

 沖田はさつきに寄りかかりながら言っている。

 

「沖田さん、飲みすぎですよ。」

 さつきは引きつりながらもやんわりと沖田の手をどけた。

 

「い~や!お前未練たらしいぞ!こんなんいつまでも付けて・・・外しちまえ!ほら・・・」

 沖田は再びさつきに寄りかかり、今度は指輪を掴もうとしている。

 

「おい!やめろ!みっともねーぞ!」

 何を思うより先に行動していた。

 柊は駆け寄り、沖田の腕を掴み上げた。

「イって~な!なにすんだ!お前にはかんけ~ね~だろ?」

 沖田は柊の腕をふりはらった。

「カンケーも何もねぇんだよ!いい歳こいてみっともねぇことしてんじゃねーよ!」

 沖田はかなり先輩だ。だけど今はそんな事はどーでもいい。

「生意気な奴だな~。俺はほんとの事言ってるだけじゃね~か。いつまでも未練たらしいんだよ、バカバカしいだろ?死んじまった奴をいつまでも想ってるなんてよ。」

 その場の出来事を、もはや誰もがかたずを飲んで見守っている。

 

「何だとこのヤロー!」

 柊は沖田に掴みかかった。橘と数人の男子社員が止めに入ろうとする。

「なんだよ!」

 沖田は挑発するように言う。

 

「さつきさんの心の痛みもわかんねーで無心ケーな事言ってんじゃねー!

 そんな風に言う権利は誰にもねーんだよ!」

 

 ぶん殴ってやる!こんなヤツ・・・

 

 柊は静止を振り切り、拳を振り上げた。

 

「やめて!」

 そう叫んだのはさつきだった。涙を一杯ためた、さつきだった。

 柊は渋々手を下ろした。

 

「ったく、ほんと生意気なガキだぜ・・・」

 沖田は捨て台詞をはいた。

「いい加減にしろ、沖田。」

 そう言ったのは、トイレに行って戻ってきた編集長だった。

「苑田、お前水野連れて帰れ。ここはいいから。」

 編集長が柊を促した。

「解りました。でも、その前に謝れよ!さつきさんに謝れよ!」

 

 柊は沖田に言った。

 こんな風に理不尽にさつきを傷つけた沖田をどうしても許す事は出来ない。

 彼女の悲しいまでの愛を、無神経に踏みにじったこの男が。

 

「いいのよ、柊くん・・・いいの・・・」

 さつきが言う。

 

「よかねーだろ!!」

「沖田、とりあえず水野に謝れ。」

 編集長が言った。

「なんすか・・・編集長まで・・・」

「なんすかじゃねえ!お前、いい加減にしろ。ここに飯田のおやっさんが居なかった事がラッキーだったと思えよ。おやっさんが居たら、こんなんじゃ済まなかったろうからな。」

 編集長の言葉にさつきの事情を知る誰もが納得した。

 飯田は誰かがさつきに対してその手の事を言ったら、呼び出し、血相を変えて怒り、そして脅す。

 

「わるかったな・・・水野。」

 沖田は渋々謝った。さつきは泣きながら「いいですから」と言った。

 

 

 

 柊はさつきを連れて店を出た。何も言わず無言で車を走らせた。

 消化しきれないムカムカが全身を包んでいる。これこそ吐き出しようのない、当たり所のない感情だ。本当は思い切り叫び出したい位だ。

 さつきは何も言わず、ただ涙を流している。

 

 それでも、そんな彼女の心の痛手を思うと居ても立っても居られなくなった。

 自分の感情どころじゃない。

 柊は不意に車を止め、そしてさつきを抱きしめた。

 

「柊くん?」

 さつきが震える声で言った。

 

「毛布はないけど、さつきさんの涙が止まるまでこうしてるから。」

 

 静かにそう言った。彼女の涙の分だけ、彼女が夫を愛してるんだって思うと胸が痛いけど、俺的には結構ショックだったりするけど・・・こうしていてあげたい。

 なんか切ねーな・・・俺。

 

「ごめん・・・ありがと・・・」

 さつきは一気にむせび泣いた。彼の胸はとても暖かい。

 涙が止めどなく溢れた。

 

 でも、何のために泣いてるんだろう・・・

 どうしようもない想いを引きずっている自分のため?

 それとも、あまりに切なすぎる柊くんのため?

 柊くん・・・切ないよ・・・あなたはなんて切ない人なの・・・

 こんな私にここまでしてくれるなんて・・・あなたの想いを解っていてどうする事も出来ない私の為に、こんな事までしてくれるなんて・・・

 バカだよ・・・一体、何を守りたかったの・・・・?

 ほんとは自分が一番それを望んでいるんだろうに・・・

 

 

 

 ◇         ◇        ◇

 

 

 

「さつきさん、ちょっと早いけど、飯食って帰ろうよ。」

 柊はさつきに言った。今日の取材は車で来ていた。

 彼女、今日はこのまま直帰するって言ってたし。

「ダメよ。今日はみさこさんに招待されてるでしょ。」

「俺、聞いてないけど・・・」

「そうなの?だから車で来たのに。てっきり知ってるのかと思った。

 みさこさん、柊くん誘ってなかったんだ・・・柊くんも行く?」

 彼女が無邪気に笑う。その笑顔にホッとする。

「当たり前だろ。俺の実家なんだから。」

 

 彼女はあの後、しばらく泣いて、そして「ごめん、ありがと」と小さく言った。

 次の日からは、いつも通りの彼女だった。

 少しは役に立てたんだろうか・・・それとも、ムリしてるだけかな・・・

 とにかく、彼女は笑っている。

 とりあえず、それでよしとするか・・・

 

 

 

「あら、柊も来たの?」

 お袋が、わざと残念そうに言う。

 

「何だよ、たまに息子が帰ってきたってのにその言い草は。だいたいさつきさん誘っといて、何で俺に声掛けねーんだよ。」

 

 俺がそんな事を言っていると、おやじと妹の美夕が中から出てきた。

 

「おーさつきさん、よく来たね。みさこから話は聞いてるよ。いやーほんとに美人さんだなあ。」

 おやじが俺を押しのけて、さつきさんを招きいれた。

 

「うわーさつきさん、今晩は。妹の美夕でーす。」

 美夕まで俺をムシ。ったくこの家族って・・・

 

 さつきさんは俺の家族とすっかり打ち解けて、楽しげに会話を弾ませている。

 おやじと美夕がさつきさんを取り合っている。

「ちょっと、さつきちゃんはあたしの友達なんだから。」

 

 お袋が彼女を呼んで、何やら料理講習会が始まった。俺はそれを微笑ましい気持ちで見ていた。

 

 

 

「さつきさん、すんごいキレ-な人だね。頭も良さそうだし。なんであんなステキな人が、ムスくれて柄の悪いお兄ちゃんなんかと付き合ってくれてんだろー。でも、あんな人がお姉さんになったら、ワタシ嬉しい。」

 美夕がコソッと俺に言う。

 お前・・・話が先に進みすぎてるぞ・・・

 っていうか、爆走してるぞ・・・この性格は母親譲りだな・・・俺もそうなったら、ほんと嬉しいけど。

 

 彼女は今日、指輪を外してきてくれた。その事が、俺は嬉しかった。

 あの人の心の中で、何かが少しずつ変わろうとしてるんだ。

 あの夜以来手も握らしてくんね-けど・・・なんてな・・・

 

 それでも今はこれでいいんだと柊は思う。

 

 一生かけたって、あの人を振り向かせてみせる。

 今はただ、傍らで見つめていられればいい。もう、がっついたりしない。

 気持ちを押し付けたりしない・・・正直、微笑むあの人を見て、抱きしめたい衝動に駆られたりするけど・・・それを抑えるのに、結構必死だったりするけど・・・。

 何より、彼女が誰かにすがりたいとき、そばに居るのはいつも俺でありたい。

 どんなに切なくても・・・彼女の涙の元は、死んじまったダンナだけだと解っていても・・・

 

 

 

 

 柊くんの家族は、みんな気さくで本当にいい人達だった。

 みさこさんはあの通り美人で豪快で・・・お父さんもロマンスグレーでとってもステキなのに不釣り合いに性格が面白くって・・・美夕ちゃんも柊くんとはあんまり似てないけど美人で人懐っこくて・・・柊くんはお母さん似で、美夕ちゃんはお父さん似なんだね・・・

 みんなは私の事情を知ってるみたいだった。

 みさこさんの性格じゃ包み隠さず話していたのだろう。だけど、それを知っても尚、快く私を迎え入れて温かく接してくれた柊くんの家族に、胸が一杯になった。

 こんなステキな家族を持つ柊くんを、羨ましくも思った。

 今日、耕作さんが死んでから、初めて指輪を外した。

 何となく、そうしなきゃいけない気がした・・・

 それは、私にとっては勇気のいる事だった。ずっとお守り代わりにしてきたし、結婚してから一度も外した事がなかった。だけど、わざわざこれを付けては皆には会っちゃいけない気がした。

 

 耕作さん、ごめんね・・・

 

 というか、あの夜以来指輪をつけること自体、気が引けていた。

 あまりに切なすぎる柊くんの想い・・・

 『さつきさんの心の痛みもわかんねーで無心ケーな事言ってんじゃねえ!

 そんな風に言う権利は誰にもねーんだよ!』

 あの言葉を思い出すと胸が締め付けられる。

 言った自分が一番切なかったろうに・・・

 あの言葉に、あの後抱きしめてくれた彼の気持ちに、彼の想いの深さを見た。

 

 彼は変わった。こんな中途半端な私の態度を責めたり、問いただすなんて事は一切しない。

 私に気持ちを押し付けたりもしない。いつもただ微笑んで、そばに居てくれる。

 そんな彼との空気が、いつの間にか居心地のいいものになっている・・・

 すごくズルイ気がするけど・・・

 だけど彼が何も言わないから、この心地いいひと時に、つい甘んじてしまう・・・

 彼がいつも笑顔をくれるから、私もつい笑顔になってしまう・・・

 

 

 

 

 ◇        ◇         ◇

 

 

 

 

「柊くん、お昼何にする?私はパスタがいいって言ったけど、やっぱりカレーも食べたい気がする。」

 取材の合間、彼女が言う。

「どっちでもいいよ。さつきさんの好きな方で。」

 俺は答える。こんな会話が最近の俺達の日常だ。

 彼女はこのごろ小さなかわいいわがままを、幾つも言う。でも俺は、そんな彼女がたまらなく愛おしくて、何でも聞いてあげたくなってしまう。普段は大人っぽく振舞ってるけど、ほんとは甘えん坊で、すごくかわいい女性なんだ。

 彼女はそんなわがままを、少しずつ俺にぶつけてくる。

 そして彼女のかわいいわがままや態度を、いつも微笑ましい気持ちで俺は受け止めていた。何より彼女が俺に甘えてくれてる事が嬉しかった。

 ある意味心を許してるって証拠だし・・・

 

 あなたの心のより所になりたい・・・あなたは独りじゃない。俺がいる。

 

 それに、彼女との時間は、俺になんとも言えぬ充実感を与えてくれる。

 

 こんな風に待つのもいいさ。誰かを待つってのも悪くない。

 

 俺はあなたの心が溶けるまで、いつまでだって待てる・・・。

 

 あてどもないくせに俺は、自分でも不思議な位、前向きだった。


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