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私、このままここに居ていいのかしら・・・
さつきは気まずかった。
ビールを買って届けてそのまま帰ろうと思っていたのに、そのもくろみはあっけなくついえ、今や完全に帰るタイミングを逃してしまった。
それに、さっきまで柊とやっていた事を考えると妙に罪悪感で一杯だ。
あーあ、私って柊くんのキスって拒みきれない・・・どうしてなんだろう・・・
彼のキス、イヤじゃないんだ私・・・っていうか何も考えられなくなっちゃう・・・
自分の中の“女”の部分が勝手に反応してしまう・・・
ある意味よかったわ、お母さんが来てくれて・・・でないとあのままだったら・・・
あの人にあの雰囲気で迫られて、拒めなんていうほうがムリよ・・・
さつきは自分自身が全く理解できない。行動と感情がちぐはぐな気がする。
あんな事をしたら耕作さんに対して罪悪感で一杯になるのに・・・
「あなたはほんとに柊とは付き合ってないの?」
さつきがそんな風に思っていると、柊の母である彼女がおもむろに切り出した。
「えっ、はい・・・」
さつきは一瞬ドキッとして、うつむいた。
「そう・・・」
「おかあさま・・・・あ・・・」
「みさこでいいわ。」
「コホン、じゃ、みさこさん、私も一度結婚して、一通りの親戚づきあいやその他の経験や何かは、してきました。
ですからみさこさんの、親御さんの気持ちはある程度解かっているつもりです。 付き合いとかって、やっぱり当人同士だけの問題ではありませんから。
大切な息子さんが私みたいな年上の、しかも夫に先立たれた様な女なんかにうつつを抜かしたら、いい気がするはずありませんもの。
その辺は、ちゃんとわきまえてるつもりです。
だから、そういった事はありませんので、何も心配なさらないで下さい。」
さつきは正直な自分の気持ちを言った。
本当にそう思うから。さっきの事で少しの後ろめたさはあるけど、彼とは絶対そんな風になったりしない。
これからは・・・
彼には歳相応のふさわしい人を見つけて欲しい・・・
「でも柊はあなたに夢中ね。」
みさこは確信しきった顔でそう言う。
「はあ・・・」
「私にはね、解かるのよ。あの子があなたを見つめる瞳を見ていたら。これでもあの子の親だから。」
みさこは思った。
柊のあの眼・・・あんなに穏やかで、優しい眼が出来るようになったんだ・・・
いつもふてくされて、冷めてて、煩わしさを持て余していたようなあの子があんなに優しい表情を・・・
そして彼女は、あの子にあんな眼をさせる人・・・
みさこは自分の息子にあんな表情をさせるさつきという人に、興味を持った。
知りたいと思った。それに、美人で賢そうな彼女に、何だか好感が持てる。
変にチャラチャラしたバカ女より、こーいう苦労を知っている人の方がよっぽど安心だわ・・・
何より自分の息子の見る目を、信じてみたい気もする。
「はい・・・すみません・・・」
「あなたが謝らないでちょうだいな。そっか・・・じゃあ、あの子が口説いてるとちゅうってことね。」
みさこはニヤニヤと笑っている。
「はい・・・でもそれは一時の事で、彼もそのうち眼が覚めると思います」
さつきはそう言ったけど、何だか彼女は聞いてないみたいだ。
「みさこさん?」
「わかったわ。私何だかあなたが気に入ったわ。うちのバカ息子があなたを振り向かせる事が出来るか解かんないけど、そんな事はこの際どーでもいいわ。ねえさつきさん、私達、これから友達として付き合ってみない?」
みさこはいたずらっぽく笑った。好奇心旺盛なみさこは、思った事はすぐ実行に移さないと気がすまない。それが彼女が嵐のような女たるゆえんだ。
急に何言い出すんだろう、この人・・・。私の事、イヤじゃないのかしら・・・
普通イヤよね・・・息子がこんな年上の、夫と死に別れたような女に惚れちゃったら・・・さつきは思った。
みさこはニコニコと笑っている。彼女の本意が見えない。
普通じゃないわよね・・・この人。普通、こんな事言わないわよね・・・
だけど、みさこのかもし出す雰囲気でさっぱりした性格なんだろうという事は、何となく読み取れる。
それに、彼女の笑顔に悪意は無さそうだ。
物静かな柊くんとは正反対のタイプね・・・なんか、かわいい人だな・・・
さつきは、少女の様に屈託なく笑うみさこを見て、その笑顔が、何だか好きになった。
この人とだったら、別に気兼ねなく姉妹みたいに付き合えるかも・・・
それにこの勢い、美怜に似てる・・・
親近感を覚えずにはいられない。
柊の事ははっきり言ってどう対応していいか解らないというのが今のさつきの本音だが、自分にこんな風に好意を寄せてくれているこの人の申し出を、どうも無下にはしたくない。
というか、断れない勢いな気もする。
それに、身寄りの居ないさつきは、この姉御肌のみさこの申し出が、何だかとても、嬉しかった。
・・・何かこういうのも、アリかな・・・
「ええ、そんな風に言っていただけるなんて、嬉しいです。そうさせて頂きます。
私、両親は他界してて・・・一人っ子だったんで、ずっとみさこさんみたいなお姉さん、欲しかったんです。」
さつきは微笑んだ。
「まあ、そんな嬉しい事言ってくれちゃって・・・」
こうしてさつきと、柊の母みさこの、奇妙な友情がスタートした。
柊が急いでビールを買って戻ると、妙にテンションの上がった二人がケラケラと笑って話をしていた。
「あの・・・」
「おお柊!帰ってきたか!あたし、さつきちゃんと友達になる事にしたから。」
みさこが気さくにいう。
「そう言う事だから。」
さつきも笑う。
なんだ?俺が居ない間に、何があったんだ?
こっちは焦って帰って来たってのに・・・
二人は俺の存在なんかムシして、異様に盛り上がっている。
「そうそう、それでね、あの俳優がいいのよまた~」
「あーその人私も好きー」
お袋と無邪気に笑うさつきさんもまた、いーなー。
俺よりお袋と親しくなっちまってどーすんだよ・・・なんて思ったりもするけど、ほんと、こういう彼女も、いい。
「コラ柊!さっきからすんごいアホヅラしてさつきちゃんに見とれてんじゃないの!
あんたみたいなデキが悪い男じゃ、さつきちゃん、振り向いてなんかくんないんだから、ガハハハ~」
お袋よ・・・あんたって・・・・さつきさんも、ゲラゲラ笑っている。
なんかいいなぁ、こういうのも。
柊は妙に微笑ましい気持ちになった。
彼女が身近に感じる。彼女の気まずそうだった雰囲気が、ほどけて行くのがわかる。
俺に対する視線も、とても優しい。
お袋の、嵐のような性格も、たまには役に立つんだな・・・そう思いながらも、
俺はお袋に感謝せずにはいられなかった。
さつきさん、俺、あなたを想っていてもいいだろ?
だってあなたは俺のキスに、応えてくれた。
そりゃちょっとは強引だったかもしれないけど、
あなたは好きでもない男にキスされて、
身をまかせるような女じゃないだろ?
そんな女じゃないって、それだけは確信できるんだ。
あなたという女性を、知っているから・・・
だから俺、あなたを想っていてもいいだろ?
傍にいてもいいだろ?
静かに、そっとなら・・・
見つめているだけなら・・・
結局その日は、二人とも家に泊まっていった。
翌朝、さつきさんは着替えがあるからと、朝早く家を出た。
俺は送ってくって言ったけど、せっかくお母さんが来てるんだから一緒にいてあげてと、1人で帰っていった。
一緒にいてやれって、お袋ガーガー寝てんだけど・・・
さつきさんを下まで送って部屋に戻ると、お袋は起きていた。
「あ、起きてたんだ。」
「うん・・・」
「コーヒー飲む?」
俺はお袋に言った。
「うん。」
「さつきちゃん、いいコだねぇ・・・」
コーヒーを啜りながらお袋は言った。
「ああ。」
本当にそう思う。
「柊、あんたマジなんでしょ。頑張りなよ。ああいう心にキズを持った人は大変だろうけど・・・」
お袋の眼は、優しい色を浮かべている。
「うん。いいのか、お袋?」
俺は色々な意味を込めて言った。
「いいよ。柊、結構見る目あるじゃない。
あんな出来た人はお前にはもったいない気もするけどね・・・さつきちゃん以上の子が、あんたの前に現れるなんてないだろうし・・・
それにまっ、あの人を振り向かせる事が出来るか、あんたの腕の見せ所だね。」
そう言って、お袋は静かに笑う。やっぱ母親なんだな・・・俺は思った。




