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「苑田くん!よかった~。まだいた。」
さつきは柊に駆け寄った。
「何すか?」
珍しいこともあるもんだと思いながらも、なるべく嫌な顔をしないように柊は答えた。
俺ってけっこう顔に出ちまうからな・・・相手が嫌いだと。
「苑田くん今日ってまだ仕事ある?」
さつきが不安そうな顔をしている。
なんなんだよ・・・俺、あんたにあんま関わりたくねーんだよ・・・
「いえ、今日はネガ届けたんで、これで終わりっす。」
そう思いながらも、引きつった笑顔で答える。
「よかった!!悪いんだけど、これから一緒に取材行ってくれないかしら?飯田さん、ここに来る途中、事故っちゃったったらしくって・・・。
今、病院から連絡あって、しばらく入院することになっっちゃったらしいの。命に別状ないらしいんだけど・・・どうしても代わりの人、必要なの。お願い。」
彼女は必死にすがるような目で自分を見ている。
ヤだね・・・柊は思ったが、終わりといってしまった手前、まさかあんたが気にいらねーからイヤだと言う訳にも行かない。
「いいっすよ。」
しょうがなく、引き受けた。
「ありがとう。助かるわ。」
彼女の表情からは不安の色は消え、ぱっと明るい表情になった。
その表情に一瞬ドキッとしながらも、柊はそんな事は微塵も顔には出さない。
「御礼はするから。ちょっと待ってて。急いで支度してくるから。」
そう言って、彼女は走り去っていった。
ここの専属になってから1年以上たつ柊だったが、彼女と組んで仕事をするのは初めてだった。さつきはいつも、
飯田という50過ぎのベテランカメラマンと組んで仕事を
していたから。
あの女と仕事ねえ・・・
柊は少し気が重かった。
なんか相手すんの、疲れそー。嫌いな女に優しく出来ねーよ・・・。
そんな風に思っていると、彼女が支度を終えて、やってきた。
「ところで、今日の取材って何すか?」
我ながら無愛想だと思いながら、柊は聞いた。
「うん。今日はね、特集ページの自由に生きる女たちって取材で、作家の花園 美怜を訪ねるの。私の友達よ。
場所は、千葉の市川。彼女の自宅がそこにあるの。
車あるから、それで行きましょう。」
さつきは柊に気を使いながらも、スラスラと答えた。
イヤなんだろうな・・・
彼の表情を見ていると、そう思わずにはいられない。
2人は駐車場へと向かった。
新橋の大通りに面したこのビルの駐車場は、すぐ隣にある。入り口を出てすぐ、さつきが足を止めた。
「参ったな・・・飯田さんと連絡とるのにすったもんだしちゃったから・・・約束の時間まであと40分しかないのに、これじゃあ時間までに着けないわ・・・彼女、今日はこの後も取材たて込んでるって言ってたし・・・」
ここは新橋だ。しかも今日は月末。道は何処を走ったって渋滞している。
「参ったわ。今日を逃したら、締め切り間に合わない・・・」
さつきは1人言のようにつぶやいた。
「俺バイクで来てますけど、よかったら乗ってきます?」
柊は、ぜったいそんなことしねーだろと思いながらも、一応言ってみた。
なぜなら彼女は黒のタイトスカートのスーツをきて、ハイヒールをはいていたから。
意地悪だな・・・俺も。
「ほんと?よかったわ。バイクなら、間に合うわね。」
さつきはニッコリと笑う。
おいおいウソだろ?だってあんた、ミニスカートはいてん
じゃん。しかもタイトの。
柊は、あっけにとられながら心の中で言った。
「ヘルメットはあるの?」
「はぁ・・たまに人乗っけるんで、バイクにつけてあります。」
しらねーぞ。どーなったって・・・
「そっ?じゃあ問題ないわね。行きましょ。」
さつきはスタスタと歩き出した。
問題ありありだろーが。あんたバイク乗っけてもらった
ことねーのかよ・・・
自分から言い出してしまった事に後悔してる様な、ちょっと面白そうな様な、複雑な気持ちで柊は彼女の後を追った。
「じゃ、乗って。」
柊はバイクにまたがり、ヘルメットを彼女に渡した。
「うん・・・」
彼女はバイクを目の当たりにして、少し引きつっている。
なんかいつもスカシタ女のこういう顔見るのって、妙に
小気味いい・・
柊は、ほくそえみながら、エンジンをかけた。
どうしよう・・・さつきはかなり動揺したが、この際仕方ない。
時間は刻々と過ぎていってしまう。さつきはヘルメットをかぶり、スカートを少したくし上げてバイクにまたがった。
「これって何処につかまればいいの?」
エンジンの音にかき消されないように、さつきは大きな声で言った。
やっぱ初めてなんだ・・・バイク乗るの。
そんなことを思いながら、
「とりあえず、ここにつかまって。」
柊は彼女の手をとり、自分の腰にその手をまわした。
「うん。」
彼女の顔は見えないが、戸惑ってる感じは柊にもわかった。
なんだ、ちっとはかわいいとこあんじゃん・・・
柊は、自分の腰に手をまわしてはいるものの、妙に腰が引けている彼女に、少しだけほほえましい気持ちになった。
「もうちょっとくっついたほうがいいっすよ。でないと、パンツ丸見えだ。」
少しからかってやった。何だか彼女が、急に身近な存在に感じられる。
「えっ、そうなの?そうよね・・・」
さつきは柊の背中にギュッと自分の体をくっつけた。この歳でパンツを見られるなんて、そんな恥ずかしいことだけは絶対出来ない。
彼女の感触を背中に感じた柊は、変な気分になった。
なんか妙に柔らかい・・・そして彼女の香りが、ヘルメット越しにふんわりと漂ってきた。
女の匂い・・・柊はドキっとした。
「これで見えないかしら?」彼女の言葉に「たぶん大丈夫。」とだけ
答えた。彼女は下着を見せまいと、腰までぴったりと自分にくっつけている。
その感触が妙に生々しくて・・・胸も当たってるな・・・そう思った自分にはっとした。
なんだよ・・・女なんか何人も乗っけてんだ。何を今更ドキドキしてんだ、俺・・・。
自分のドキドキに訳のわからぬままギアに視線を落とす。
さつきのあらわになったキレイな脚が、目に飛び込んでくる。
余計にドキドキ・・・何やってんだ、ホント俺・・・。
「じゃ、行きますよ。」
柊は、そんな気持ちを振り払うかのように走り出した。
取材先へ向かう途中、信号待ちやなんかになると、横を走る車の男の視線が、一気にさつきの脚へと注がれた。中にはニヤニヤしながら露骨に見ているヤツもいる。
・・ったくヤらしい目でジロジロ見てんじゃねーよ・・・
柊は、自分でもよく解らなかったが、何故かその視線にやけに腹が立った。
季節はもう秋。普通に歩く分にはシャツ一枚でもいいのだが、バイクに乗ってる柊達にはジャンバーは、必須アイテムだ。バイクを走らせうける風はけっこう冷たい。柊はバイクを道に横づけして、さつきにジャンバーを脱いで渡した。
「これ、脚にかけときなよ。」
「えっ、いいの?だって寒いでしょ。あなた、そんな薄いシャツ一枚しか着てないじゃない。」
自分にジャンバーを渡してくれている柊を見て、さつきは言った。
彼はホントに薄手の長袖Tシャツ一枚しか着ていない。
「いいよ、俺は大丈夫。脚寒そうだし・・・それにヤだろ、ジロジロ見られんの。」
柊は、いつに間にかタメ口になっている自分に気がつかないでそう言った。
たぶん、彼女が仕事を頼んできたことと、バイクに乗るのが初めてな彼女が頼りなげで、自分のほうが優位に立っている様な気がしていたのかもしれない。
「うん、ありがとう。正直、どうしようかって思ってた。」
さつきはぶっきらぼうだけど、優しい彼の気持ちが、とても嬉しかった。