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今日は彼の命日。もう、4年になるんだね。私、あなたと同い年になっちゃったよ・・・さつきは、彼のお墓に静かに手を合わせた。
お墓参りは嫌い。だって、彼が死んでしまったって事、思い知らされるから・・・
「さつきさん、毎年、ありがとうね。」
耕作の母秀子が、やんわりと微笑みながらさつきに言った。
「いいえ、妻ですから、当然です。」
きっぱりと言うさつきを見て、秀子は彼女がまだ、息子を引きずっている事を確信し、悲しい気持ちにならずにはいられない。
こうして会うのは久しぶりだ。
耕作が亡くなってしばらくは、ちょこちょこと会っていたけれど、最近では、故意に会わないようにしていた。
息子が死んでしまった以上、彼女をこの家に縛るのは、やってはいけないことだと思っていた。
それに、彼女にも、新しい人生をやり直して欲しいと、願ってもいた。
彼女に新しい幸せを掴んで欲しいと・・・
「あの子が死んで、4年も経ってしまったわねぇ。」
秀子は遠くを見つめていった。二人は墓地の一角の、見晴らしのいい所に佇んでいた。耕作の父徳治は、お坊さんと話しこんでいる。
「そうですね・・・」
「さつきさん、お仕事の方は頑張っているの?」
「はい、相変わらず忙しくしてます。すみません。ご無沙汰しちゃって。」
「いいのよ、そんなの。そう・・・それは良かったわ・・・。ねえさつきさん、どうか、気を悪くなさらないで聞いてちょうだいね。」
秀子は穏やかな口調で切り出した。
酷な事を言おうとしている。独りぼっちのさつきに。
その事は痛いほど解かっている。でも、彼女を立ち直らせるためには、
そうしなければならない。
秀子は覚悟を決めた。
「何ですか?」
「ええ・・・あの子が死んでもう4年。そろそろ水野の姓を、外された方がいいんじゃないかしら。」
「どうしてですか?私が水野を名乗ってちゃ、いけませんか?」
さつきは必死になって言っている。
「いいえ、ちがうのよ。ちがうの・・・あなたまだ若いんだし、いつまでも、あの子に縛られて生きてちゃ、いけないと思うのよ。」
「そんな、お義母さま!私、今でもあの人を愛しています。これからだって、ずっと・・・」
「でもねさつきさん、あの子はもう、あなたになんにもしてやれないのよ」
その目はすごく、穏やかだ。
「そんな事・・・」
「私ね、考えたの。あの子が今、天国で何を考えているかしらってね・・・
自分の死に苦しんで、前を向けないあなたを見て、きっと悲しんでると思うわ。
あなたが心配で、成仏出来てないかも・・・」
秀子はクスッと笑った。
「だからね、さつきさん、もう、あの子を自由にしてやってね・・・そしてあなたも、新しい人生を見つけなさいな。
いつまでも、あの子に縛られていてはダメよ。あなたは生きてるんだから。」
秀子は静かに締めくくった。
「お義母さま・・・」
さつきはこみ上げる涙を抑える事が出来なかった。
何で?何でみんなして、同じ事言うの?
私、生きていたくなんかないよ。
いつまでも、耕作さんを想っていたいよ・・・そう誓ったんだもん・・・
なのに・・・耕作さん、あなたは今、どう思ってるの?
私はあなたを、縛っているの?耕作さん、耕作さん・・・教えてよ・・・
日曜日、さつきは飯田の退院祝いで、彼の家に招かれていた。
綾子がしきりに、料理の支度をあれこれとしている。手伝いをしようと台所へ行きかけたさつきに、
「お前は今日は俺の相手をしろ。」
と、飯田がビールを注いだ。
「飯田さんダメじゃないビール飲んじゃ。退院してきたばっかりでしょ?」
さつきは言った。
「いいのよ。今日だけね。さつきちゃん来てるから。昨日もおとといも、我慢したのよ。」
綾子が、気さくに笑う。
「そーいうこった。お前も飲め!」
「だから私、そんな飲めないって・・・」
フフッ・・・耕作の義母に言われた事にすごく落ち込んでいたさつきは、この何気ない、でも温かな雰囲気にホッとしていた。
「俺が居なくたって、ちゃんと仕事出来たみてーだな。」
飯田がビールを飲みながら言う。
「なぁに、それ?」
さつきはお酌をする。
「苑田から聞いたんだ。お前はちゃんと仕事こなしてたって。」
ああ、柊くん・・・ね・・・
「俺の写真じゃなくたって、何の違和感も無く仕事出来ただろ?」
そういえば・・・そうだ。
「うん・・・」
「お前もそろそろ、俺を卒業しねーとな・・・」
「なによそれ・・・」
飯田は勝手に何かを悟ったような顔をしている。
「そいでほんとの意味で、立ち直んね-とダメだ・・・」
「・・・」
「いつまでも過去の思い出にしがみ付いてちゃ、ダメだ。
ちゃんと前をみて、生きていかなくちゃ・・・
俺だっていつまでもお前と一緒に仕事が出来る訳じゃねえ。お前はお前の力で、きちんと歩いて行かなくちゃ・・・そうだろ、さつき。
それにお前がいつまでも過去を引きずって生きてたんじゃ、耕作さんだって浮かばれねーってモンだぜ」
「何よそれ・・・何よ・・・なんで?みんなして同じような事言って・・・そんなに耕作さんを忘れなきゃいけないの?私が忘れたら、彼が生きてた証がなくなっちゃうじゃない!」
さつきは声を荒げた。
何でみんな同じ事を言うんだろう・・・
「そうじゃねえ、そうじゃねえぞ、さつき。
耕作さんを心の中から消しちまえって言ってるわけじゃねえ。ただ、もうその思い出だけにしがみ付いて生きてちゃダメだって事だ。」
「わかってる!そんな事、わかってる・・・だけど・・・だからってどうしろって言うの?どうにもできないよ・・・怖くて・・・不安で・・・」
さつきは涙をボロボロとこぼした。
「さつきちゃん、私は女だから、あなたの気持ち、よく解かるわ。だけど怖がってたんじゃ、何も始まらない。」
綾子が割って入ってきた。
「始めたくなんかないよ・・・」
「わかる。でも、始めなくちゃダメよ。それが生きてる人の、責任ってもんだわ。20数年しか生きられなかった耕作さんの分まで、幸せになる責任が、あなたにはあるのよ。」
綾子がめずらしく、きっぱりとした口調でそういった。
「幸せになって、耕作さんを安心させてあげなさいな。」
さつきは返す言葉が見つからなかった。見つからなかったって言うより
涙が止まらなくて止まらなくて・・・声を上げて泣いた。
わかってる・・・わかってるの・・・このままじゃいけないことなんて・・・
だからって、この気持ちを、やり場のないこの心を、悲しみをどうしろっていうんだろう・・・
この、ぽっかりと空いた心の穴を、他の何でも埋める事なんて出来はしないって言うのに・・・
耕作さん、どうしてあなたはもう、いないんだろう・・・




