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さつきは泣きながら、彼の部屋を飛び出した。
何よ、何よ・・・何であんな事言うのよ・・・
耕作さん、耕作さん・・・
逢いたいよ・・・逢って抱きしめてよ・・・
涙が止めどなく溢れる。
がむしゃらに走っていたが、力尽きてトボトボと歩き出した。
『死んじまった奴をどんなに想ったって、抱きしめてなんかくんねーじゃねーか』・・・彼の言葉を思い出す。
わかってる、わかってるけど・・・
それでも、だから余計に耕作への想いは、募るばかりだ。
誰かが自分の心を手に入れようとすればする程、さつきは耕作だけが、彼の愛し方だけが、恋しくなってしまう・・・
彼を愛し続けている自分を、守りたくなってしまう・・・
さつきはカバンにいつも忍ばせてある彼の写真を取り出した。
彼は静かに微笑んでいる。
耕作さん、どうして逝ってしまったの?どうして私を独りぼっちにしたの・・・答えて・・・答えてよ・・・
返事など、返ってくるはずも無い。
わかっていても、彼を責めずには居られない。
日々を送っていて、どんどん彼の匂いは消えていった。
彼がそこにいた形跡は、どんどん無くなっていった。
彼のシャツ、彼のクツ、彼の歯ブラシ・・・主を失った物達が、寂しそうにひっそりとたたずんでいる。
そして私の心・・・寂しくて辛くて不安で・・・
やり場の無い、この心・・・。
きっと私の心はあの時に、彼と一緒に死んでしまったんだわ・・・
なのに、何でこんなに苦しいの・・・寂しいの?辛いの・・・そして痛いの・・・。
私はもうずっと、絶望の淵を彷徨っている・・・。
彼はもういない。それは事実。どうしたって、変えようが無い。
確かに最近では、夫のことを考えて沈んでいるより、柊と過ごす時間を楽しんでいたのかもしれない。彼の瞳や、優しさに魅せられ、彼の見せてくれる世界に触れ、心が少しずつ動き出そうとしていたのかもしれない。
実際さっきの彼のキスだって、イヤじゃなかった。
その事に、自分が一番驚いていた。
だけど・・・私はこのままでいい。前になんか進みたくない。
私が愛しているのは耕作さんだけ・・・
他のものなんか・・・新しい人なんか、いらない。
誰だってダメ・・・
あんな風に人を愛する事なんて二度と出来ない。二度としたくない。
もう、愛する人を失うなんて、たくさんだわ・・・
耕作が残していったキズは、あまりに大きい。
「あなたとの思い出があれば、生きていけるわ・・・」
写真で微笑む彼に向かって、そう言った。
さつきさん・・・柊は彼女を想った。
泣いてたな・・・そう思うとさっきの官能的なキスの感触も、どこかへいってしまう。
俺は彼女を愛してる。心からそう思う。傍にいたい、抱きしめていたい。
いつも笑顔でいさせてやりたい。全てを守り、包み込んでしまいたい。
彼女は俺に、いろいろな事を教えてくれた。
彼女といると、世界が輝いて見える。やる気が沸いてくる。
ただ傍にいたい。それだけだ。なのに、何であんな風になっちまうんだ・・・
かたくなに死んじまったダンナの事だけを想っている彼女。
あの人が外せないでいる薬指の指輪・・・
好きになればなるほど、彼女を遠くに感じる。
その距離を、イヤという程思い知らされる・・・
俺なんかじゃダメなんだろうな・・・やっぱり・・・
おーい、さつきさんのダンナ!あんたは今、何を思って天国から彼女を見てるんだ?もどかしい想いでいるのか?キスした俺に怒ってんのか?
俺ならもし、彼女を残して死んでしまったら、どんな想いで彼女を見つめるだろう・・・あの、悲しみの色を浮かべる彼女の表情を、どんな想いで見つめるだろう・・・
終わっちまったんだろうか・・・・俺の恋。




