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何もかもがかったるくて、柊はソファに寝転んだ。
さつきさんとの取材が無いのがせめてもの救いだ・・・
こんなんじゃ、写真なんか撮れねーよ・・・
視線を泳がせて何気なく見た新聞の一部に、カメラマンという文字を見つけた。
何となく読んで見る・・・
『元有名カメラマン水死体で発見』・・・東京湾で20日早朝、手足をロープで縛られた水死体を発見・・・
藤田 実さん(49)と判明・・・・
俺は硬直した。ウソだ・・・ウソだろ?
『ヤベーとこから金借りちまって・・・』藤田さんの言葉を思い出す。
俺はショックで訳がわかんなくなった。何でだよ?何で・・・
殺されるなんて・・・そこまでひどいなんて・・・思っても見なかった・・・
大体いくらあったんだ?俺は新聞を読み返した。
2千万円相当の借金があった模様・・・そんなにか?
そんなにあったのか・・・
あの日、俺、なんでもっとちゃんと話聞いてやんなかったんだ・・・
自分の失望で一杯一杯で、藤田さんの置かれた状況を考えるなんて、出来もしなかった・・・ほんとなら、ほんとに思いやりがある人間ならそんな時だからこそ、親身になって助けてあげなきゃいけなかったってのに・・・
金は用意できなかったにしろ、何とか力になれてたかも知れない・・・
そしたら藤田さん、死なずに済んだかもしれないのに・・・
俺は見捨てちまったんだ・・・俺を救ってくれた、あの人を・・・
俺・・・俺・・・
俺は、自分の事が心底嫌になって独りで居る事に耐えられなくなった。
このやり場のない心を、不安な気持ちを、どうする事も出来ない。
さつきさんの、やわらかいほほ笑みだけが、頭に浮かんだ。
「もしもしさつきさん?俺・・・」
「あら柊くん、どうかしたの?声がちょっと元気ないみたいだけど。」
彼女の声に心が震える。
「俺、ダメだ・・・独りじゃいらんねぇ・・・さつきさん、会いてーよ・・・」
「柊くん、どうしたの?柊くん!」
「さつきさん・・・」
「柊くん今どこにいるの?家?」
「うん・・・」
「わかった、今からそっち行くわ。待ってて、じゃあね。」
時間はもう、9時を回っていた。さつきさんは、程なくして現れた。
ピンポーン「はい」
「柊くん、私よ。」
俺は、ドアを開けた。急いで来てくれたんだ・・・
「柊くん大丈夫?」
彼女の顔を見たとたん、俺は、こらえていたいろんな思いが、一気に溢れ出した。
ソファに腰を落ち着けてすぐ、さつきは聞いた。
彼に何かあったことは電話と今の彼を見れば容易に理解できる。
「柊くん、一体何があったの?」
なるべく穏やかな口調で、隣に座る柊に聞いた。彼は頭を抱えている。
「柊くん?」
「さつきさん、俺・・・俺、藤田さんて人の話しただろ・・・」
彼はゆっくりと話し出した。
「うん。」
「藤田さんからあの後、電話あったんだ。」
「そうなの?」
「会おうって言うから俺、嬉しくて・・・でも行ったら別人のようになった藤田さんが・・・
金貸してくれって・・・俺、すごい幻滅したんだ。あの人俺の憧れだったから・・・
何でこんな風になっちまったんだって、あなたを目標にやってきたのにって、あの人を責めたよ。
あの人やばいって言ってたんだ。やばいとこから金借りてるって・・・
俺、ろくすっぽ話しも聞かないで金だけ渡したよ・・・二度と俺の前に現れないでくれって言った・・・見たくなかったんだ・・・あの人のあんな姿・・・そしたら・・・
そしたら今日の新聞に・・・藤田さん、水死体で発見されたって・・・
手足には、ロープ巻かれてたって・・・俺、知らなかったんだ・・・
そこまでやばいなんて・・・もっとちゃんと話聞いてやればよかった・・・俺・・・」
柊は頭を抱え込んだままうつむいている。その背中はとても頼りなげだ
「ちょっと待っててね。」
さつきは毛布を取りに行った。そして毛布ごと、彼をくるんで抱きしめた。
「さつきさん?」
彼は少し震えている。
この人を、ほっとくなんてできない・・・そのままになんてして置けない・・・
「私はね、大切な人を失ったとき、誰かにこうして欲しかったの。こうして・・・」
「さつきさん・・・」
彼が一気にむせび泣いた。さつきは優しく彼を抱きしめた。
私はいつもそうだった。父が死んだとき、母が死んだとき、あの人が逝ってしまったとき・・・誰かにこうして欲しかった。誰かに・・・
だから今は、その痛みがわかるから、せめて今はこうしていてあげたい。
夜が明けるまで・・・夜を越えるより、朝を迎える方が心細いはずだから・・・
どれ位時間がたったろう・・・彼が落ち着きを取り戻し、少し顔を上げた。
「ごめん、俺、なんか・・・かっこわりぃ・・・」
彼は少し笑った。
「別にいいのよ。私がしたくてしてる事なんだから。こんな時は、甘えたっていいのよ。」
私は彼の髪を優しく撫でた。気休めにしかならないかもしれないけど、ただこうしている事に意味があるんだと思う。
少なくとも彼は、私を頼ってくれたんだから。
だから私は、今私に出来る限りのことを彼にしてあげたい。
「うん・・・すんげー気持ちいい。」
そう言って、再び彼が私の胸の辺りに顔をうずめた。
イヤな感じは全然しない。
「なんか、さつきさんの匂い・・・する。」
「そう?私別に香水なんてつけてないけど・・・」
「うん、でもこっからも、こっからも、さつきさんの匂い、する。」
彼は、私の胸元や、くびすじの辺りに顔を寄せた。何だかくすぐったい。
「もう、柊く・・・」
柊はさつきの唇に、唇を重ねた。そう、したかった。
彼女があまりに暖かくて、彼女があまりに優しくて・・・そして愛おしくて。
「柊くん・・・」
彼女は戸惑ってうつむいている。
「ありがと、さつきさん。来てくれて・・・そばに居てくれて・・・俺、すんげーうれしかった。」
俺の言葉に彼女は優しい微笑みを浮かべた。そして解かった。
俺は、この唇を覚えている・・・
結局彼女は、一晩中そうしていてくれた。俺の言葉を静かに聞いて
「あなたのせいじゃないわ。自分を責めないで。」
そう言ってくれた。
「彼だってあなたにそんな姿見せたくなかったと思うわ。だからあなたはすばらしかった頃の彼を目標にがんばればいい。」
彼女の言葉は、ぬくもりは、本当に俺の心を打った。
誰かにこんな風に弱みを見せたのは、初めてかもしれない。
彼女にはそんな自分も不思議にさらけ出せる・・・
俺は、この人を離したくないと、誰にも渡したくないと思った。
こんなに優しいこの人を。
何ともいえぬ安堵の気持ちが全身を包みこんでいく・・・
こんな風に穏やかな気持ちになったのは、初めてだった。
彼女は俺を、そんな気持ちにさせてくれる・・・
“満たされる”という感覚を、俺は初めて知った。
目覚めたとき、俺は彼女のぬくもりの中にいた。
そこは、何より安らぎを感じる場所だった。




