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柊は橘となじみのショットバーに来ていた。静かな雰囲気が気に入ってチョコチョコ出入りしている。カウンターに座って、バーボンを飲む・・・
今時の小ジャレた雰囲気というよりは、昔からの老舗というたたずまいのその店は、店全体が木のぬくもりで包まれ、そこにあるテーブルやイス、飾ってある小物の一つ一つに歴史と重みが感じられ、流れてくるジャズのメロディーがなんとも心地よく、柊を落ち着かせた。
50代半ばぐらいだろうか、その店のマスターの持つ雰囲気も、不思議に柊は好きだった。
そんな店だから、客層も常連客が多かった。今日だって、顔ぐらいは知っているってヤツが、何人か来ている。カウンターに客席五つのこじんまりとした店だ。
イヤでも目に付いてしまう。
どちらかというと、ここに来たら、静かにゆっくりと飲みたい柊だった。
しかしこいつが一緒だと・・・柊は橘を見た。
橘は二つ隣の席に座っている2人組みの女に軽いノリで声を掛けている。
あ~あ、また女にちょっかい出してやがる・・・店にきてるうち、何度か一緒になったことのある女だ。
2人とも、はたから見たらけっこうイケてる。
割りと美人だし、スタイルもいい。そのうちの1人が、さっきから意味ありげな眼差しで、こっちを見ている。
はぁ・・・柊は心の中でため息をついた
「おい苑田!美久ちゃん、前からお前の事気になってたんだってよ。」
橘が嬉しそうに耳打ちした。
「だから何なんだよ。」
柊はムッとして言った。
「何なんだよじゃねーだろ。あのコ、この店でもちょっと
有名なかわいい女じゃん。俺は、さきちゃんとこのまま違うとこ飲み行くから、お前も美久ちゃんと、どっか行っちゃえよ。」
「ヤだね。」
好みの女をゲットして、浮かれているヤツをよそに、柊はきっぱりと言った。
「そんなことゆーなよ。なっ、優しくしてやれって。おまえはどーしてそう女に冷たいのかねぇ。あのコなら、申し分ねーじゃん。」
橘がなだめるように言う。
「とにかくヤだね。」
別に女を目当てに飲みに来てるわけじゃない。
「まっ、そーゆうなって・・じゃ、俺は行くから。」
そう言って、橘はとっとと女と行ってしまった。
ったくよぉ・・・
「あの・・・」
その女が声を掛けてきた。柊は何も言わないでその女を見た。
「ご一緒してもいいですか?」
恥じらいながら、彼女は言っている。よくよく見ると、けっこういい女だ。
遊んじまうか?一瞬そう思ったがすぐに打ち消した。
そんなことをしたからって、何が満たされるわけじゃねぇ・・・
なんかくだらねぇ。女なんて、めんどくさいだけだ。
「座っちゃいますね。」
その女が、かわいい感じのしぐさをして隣に座った。その表情は私ってかわいいでしょといわんばかりだ。
「私、前からあなたと一度ゆっくり話してみたいなって思ってたんです。」
彼女が微笑む。しかしその微笑みが、柊の心に響くことはない。むしろげんなりしてしまう。意味のねえ女・・・。
柊は露骨に嫌な顔をした。
「苑田さんっていうんですよね。橘さんに聞きました。苑田さんって、すごくステキですよね・・・」
彼女が勝手にしゃべりだす。
ったく無心ケーな女だな・・・俺がイヤがってんの、ワカンネーのかよ・・・
「私、あなたのこと、すごく気になってて・・・。」
「ワリぃけど、俺帰るわ。」
関わる気なんて更々ない。
柊はその女といることがめんどくさくなって、店を後にした。
もうすぐ11月・・・外の空気はだいぶ冷んやりとしてきた。
街はきらびやかなネオンに彩られ、道行く人でにぎわっている。
だけど俺には全てが色あせて見える。何の意味もない・・・
言いようのない空しさがこみ上げるのを無視するかのように、柊は歩き出した。
次の日の朝、さっそく橘から電話があった。
「お前昨日、美久ちゃんおいて帰ったんだって?美久ちゃん半泣きだったぞ。」
ヤツの声は少し不満そうだ。
「それがどーしたよ。俺はヤダッて言ったろ?あの女置いて勝手に出て行ったの、お前らだろーが。」
ちょっとムッとしながら言い返した。
「そりゃそーだけどよ・・・そんなに邪険にしなくてもよかったんじゃねーか?」
橘が食い下がる。
「その気がねー女に優しくしたってしょうがねーだろ?」
本心からそう思う。
「お前の言うとーりだけどよ・・・ったく、お前が優しく出来る女なんて、
この世にいるのかねぇ。」
ヤツが、少しあきれたような、あきらめにも似たような声で言う。
「おおきなお世話だよ。」
柊は言った。別に女にキョーミがないわけじゃない・・・それなりに遊んでた
時期だってある。だけど・・・
「もう、切るぞ。」
柊はウザったくなって、そそくさと電話を切った。