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食事を終え、二人は店を出た。辺りはすっかり暗くなっている。
「そういえば、さつきさん家ってどこ?送ってくよ。」
彼が言う。
「いいわよ。その辺の駅で降ろしてくれれば。あとは電車で帰るから。」
「いいよ、遠慮スンなって。送ってく。」
「だって・・・」
「いいから、どこ?」
「うん、東陽町。あなた千住でしょ。いいわよ。」
私の言葉なんて無視して、彼は走り出した。
バイクに乗ってると、ほんと気持ちいい。
私の悲しみも全部、風に吹き飛んじゃえばいいのに・・・
私の腕は、彼の少し細めの腰をとらえている。
耕作さん、天国で怒ってるかしら?
耕作さんが逝ってしまってから3年・・・男の人にこんな風に触れるのって、この人が初めてだな・・・私は、この懐かしいような感触に心穏やかではいられなかった。
耕作さんゴメンね。でも私が愛しているのはいつまでもあなただけよ・・・
彼は私にすごく優しく接してくれる。私の知らない世界を見せてくれる。
一見ぶっきらぼうに見えるけど、ほんとはいつも私に気を使っていてくれて、
すごく優しい人だ。あの人の優しさとは全然違うけど、彼が私を見つめるあの瞳・・・
まぶしそうな、そしてほんとに温かい、優しい瞳・・・
その瞳は驚く程澄んでいて、たまにドキッとしてしまう。
彼は根が優しい人なのよ。私の過去を知って、同情してくれたのね・・・
無理やりに、結論づけた。
私は怖かった。あの人がいなくなってからずっと・・・
あの人を思いながら、でも時折その寂しさに耐えられなくなってしまいそうな時がある。だれかにすがってしまいたい、そう思うことも、無い訳じゃない。
だけど・・・だけどまた居なくなってしまったら・・・
その不安の方が先に来て、結局もう居ないあの人の所へ逃げ込んでしまう。
誘いが無い訳じゃない。だけどやっぱり私の心は、バリアーを作ってしまう。
ほっといて欲しいと思ってしまう。
そんな私のバリアーをスルリとすり抜けてふところに入ってくる・・・
それが柊くん。彼のその、独特の雰囲気に、時折のまれそうになってしまいそうになる・・・
だけど、あれは彼が好意でしてくれてるのであって、私に気があるとか、そういうんじゃないわね。彼、結構律儀だからお礼のつもりね。
看病してやったりしたから・・・
それに、私は今でもあの人を愛している。あの人以上の人なんて、私にはいない。
他の誰かを愛するなんて、絶対に出来るはずない・・・
「ここで止めて。」
さつきが言った。5階建てのマンションの前で、柊は止まった。
ここに住んでんだ・・・独り暮らしにしちゃあ広そうだ。ここにダンナと住んでたんだろーな・・・柊はヤケに感傷的な気分になった。
なんか好きになればなる程、彼女は遠くに感じる。
死んじまった奴には、やっぱかなわねーのかなぁ・・・
「ここ、私のうち」
彼女がメットを外しながら言った。
「ふーん。」
「今日は楽しかったわ。ありがとう。」
彼女がそう言うと、急に雨が降り出した。雨はあっという間に勢いを増していく。
「うわっ、すごいな。」
「カッパ持ってるの?」
「持ってねえ。」
「いいわ、雨が上がるまで、家で雨宿りしていきなさいよ。」
自分でも、意外な言葉だった。耕作が死んでから、男の人を部屋に上げるなんて飯田以外は誰一人、したことがない。
たぶん、何となく無意識のうちに彼と距離を置こうとしていたのかもしれない。
この、柊という青年と。
それに、こんな雨の中を帰れというわけにも行かない。
「いいの?」
柊は内心うれしくなって急いでバイクを止め、彼女の部屋へと足を運んだ。
「どうぞ。」
「あ、おじゃまします。」
「適当にすわって。いま、タオル持ってくるわね。」
そういって、彼女はどこかへ行ってしまった。
これが彼女の空間・・・シンプルに暮らしているのかと思ったら、意外と女らしい。あちこち花の絵が飾ってあったりして・・・ソファや何かも花柄で・・・結構少女趣味?
彼女の匂いがする。きれいに片付いている。
視線をずらしていくと、ローボードの上に写真立てが2,3個並べてあるのに眼が行った。そこにはオフィスで見たのと同じ男がさつきと並んで笑っている。
だんなかぁ・・・まだ忘れてねーんだよなー・・・俺は妙に落ち込んだ。
彼女の中ではまだ生き続けてるんだ。この、フレームから微笑んでいるだけの男が。
そう思うと切なくならずにはいられない。
「これ、タオル。」
彼女が戻ってきた。濡れた服も次いでに着替えてきたようだ。
ラフなパンツスタイルだ。程よく濡れた髪もまたセクシー。
俺って・・・バカ。俺はタオルで濡れた体を拭いた。
「これ、死んだ主人のだけど、よかったらどうぞ。」
そう言って、シャツを一枚俺によこした。
何だか着たくねーよ・・・
「いいよ、なんかワリーから。」
「いいのよ、遠慮しないで。服を乾かしてあげるわよ。また風邪でもひいたら大変よ。」
彼女が笑う。俺は仕方なしにそのシャツを着た。俺にはちょっとばかし大きい。
なんかムッ・・・・
「それが主人よ。」
彼女が写真を指差した。
「優しい人だったの。すごく。」
悲しげな、懐かしいような瞳をする。
わざと俺を家に上げたんだ。何となく俺の気持ちわかって・・・
距離置こうとしてんだ・・・。
「罪な人だな。さつきさんを独りにして、逝っちまったんだから。」
ちょっぴり切なくもあるが、正直な柊の本音だった。
「そうね。」
彼女は少し笑った。
そのあと俺達は、わざとたわいも無い話をした。だけど、何となく話の線は違う方へとズレていった。
話をするなかで、さつきさんの両親が他界している事を知った。
あなたは本当に独りぼっちなんだな・・・
俺は家族の話や何かをした。躊躇したけど彼女が聞きたがった。
「ふーん、じゃあご両親と妹さんと、4人家族なんだ。なんかいいね。兄妹がいて。妹さんかわいいでしょ?」
「かわいかねーよ。気ばっか強くて。」
「私は兄弟すごく欲しかったから、うらやましいな」
「そーかなぁ」
・・・・・・・・・・・
「そんで、俺がクサってる時その藤田って人が俺を拾ってくれたの。」
「ふーん、じゃあ、その人のおかげで今のあなたがあるのね。」
「うん、マジすんげー人なんだ。俺が唯一ソンケーしてる人。あの人みたいな写真撮れる様になりてえ。」
「そっか、いいわよね。目標としてる人がいるって。それで今はどうしてるの、その人。」
「うん、一年前から連絡取れねーんだ。どーしてんだろ・・・」
「そう。」
時間は10時を回っている。
「じゃ、俺そろそろ帰るわ。」
「そう?雨まだ止んでないみたいだけど。」
「いいよ、もう遅いし。だいぶ小振りになったし、そのうち止むでしょ。」
「そうね、シャツも乾いたみたいだし。」
シャツを着替えて、俺は部屋を後にした。
「気をつけてね。」
「うん、じゃ、おやすみ」




