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好きだと自覚したら、あっけないもんだ。
俺はドンドン彼女に惹かれていった。
「さつきさん、明日の取材、バイクで行く?」
そっけない口調と優しい眼差しを織り交ぜながら聞いた。
まだ少しだけ、恋をしている自分自身の感情に戸惑っている。
明日は湘南の方にレストランの取材に行くことになっていた。
海岸線をバイクで走るの、サイコーだぜ。
俺が一番好きなライドコースだ。
「そうねぇ、どうしようかな・・・」
彼女は迷っているようだ。
「海岸線バイクで走ると気持ちいいぜ~。明日は天気よさそうだし、取材二時半からだろ?直帰って事にして、ちょっと走りいかない?」
「そうね・・・たまにはいっか。そうするわ。」
俺と彼女が組み始めてから、半月以上がたった。仕事はちっとハードだったけど、そんなの全然苦にならない。
俺は彼女と行動を共にして、いろいろな彼女を知った。
彼女の性格は本当に俺好みで、何気ない間合いや何かも、相変わらず絶妙だった。
何もかもがしっくりくる・・・そんな人だった。
彼女はいつの間にか‘‘柊くん‘‘と呼んでくれる様になった。
“柊くん”か・・・何となく不満だけど苑田くんよりはいっか・・・打ち解けてきてる事は確かだしな。
彼女の仕事振りもまた、俺は好きだった。
才女って感じだよな・・・俺は自分でも止められない位彼女に惹かれていった。
彼女と行動を共にするようになってから、ボロジーンズにTシャツみたいなカッコもちょっとづつ止めた。
もう25だし、そろそろしおどき・・・みたいなのもあったし、スーツ姿の彼女と、少しでもつりあいを取りたかった。
「ここのお店の方針は何ですか・・・」
彼女が取材を始める。俺はその横で、写真を撮る・・・だんだんと日常と化してくるこの時間が、すごく貴重なものに思えた。
一時間ちょっとで、この日の取材は終わった。
俺は後始末をとっとと終え、彼女を促がした。
「どこ走りに行くの?」
彼女がメットをかぶりながら言う。
「とりあえず、今日は俺にまかして。」
そう言って、走り出した。10分程走ると、視野一面に海が広がった。
海岸線を、ひたすら走った。
「潮の香りが気持ちいいねー」
彼女がはしゃいだ声を出す。
「そーだろ。」
「うん、すごく気持ちいー。」
俺は背中に彼女の柔らかな感触と、彼女の楽しそうな気持ちを乗せて走った。
どんな顔してるのか見てーな・・・なんて思ったりしながら。
道端にバイクを止めて、砂浜に降りることにした。
ちょうど、夕日も沈みかけている。
彼女は素足になって砂の感触を楽しんでいる。
「あーなんか気持ちいいねー、こういうの。」
彼女が手をいっぱいに広げて潮風を全身に受けている。
その姿は、とてもきれいだ。
俺は思わずシャッターを押した。
ファインダーを通して、彼女を見る。
髪をサラサラとなびかせ、夕日が赤く染める水面が彼女の瞳にキラキラと反射して、開放的に微笑んでいる彼女は驚くほど美しい。
そんな彼女に心打たれながら、夢中でシャッターを押した。
俺は、彼女を愛している・・・
そう、確信した。
恋心が愛へと変わった瞬間だった。
それはとても穏やかな感情の流れだった。
そう思ったら、何だかとても素直な気持ちになった。
「もう、まだ仕事してるつもり?」
彼女のかわいいふくれっつらも、パチリ。
「いい加減にしなさいよ。」
彼女がふざけて俺の頭をコツンとたたく。
「わかったって。もうしない。」
俺は、彼女が愛しくて微笑んだ。彼女といると、何もかもがまぶしく見えちまう・・・
それに、彼女のこの、美しい姿を、この目にもしっかりと焼き付けておかなくちゃ。
「海っていいね・・・大きくってさ・・・波の音も潮の香りも、さわやかなこの風も、大好き。」
なんて眩しい人なんだ・・・彼女の横顔を見て、そう思わずにはいられない。
彼女と同じ風を、いつまでも受けていたい・・・
「うん。」
「バイクっていいね、すごく。私も免許取ろうかなー。」
「さつきさんが?今から?ムリムリ。」
俺はふざけて彼女をチャカした。
「何よ、30前のおばさんには所詮ムリってこと?」
彼女がふくれる。
こんなに表情がクルクル変わる人なんだ・・・
「そーは言ってねーよ。たださつきさん、力無さそうだから。」
俺は彼女の細い腕をつかんだ。
「そう?あなただって女みたいな腕してるじゃない。
あなただって取れたんだもん、私にだって取れるわよ。」
「細くったって俺は男なの。力が違うんだって。それにバイクって倒れたの、起こせなきゃダメなんだぜ。小型じゃしょうがねーからそうすっと400のバイクだぜ。
絶対ムリ。それにあぶねーし。」
「そうかなぁ・・・」
彼女は少し不満そうだ。
「走りたい時は俺に言いなよ。いつでも乗っけてやるから。」
瞳が勝手に彼女を見つめちまう。
「まっ、そう言ってくれるなら、そういう事にしておこっか。」
彼女が微笑む。
俺たちは夕日が沈んでいくのを眺めた。