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二人は、20代のカップルを中心に最近話題になっているお洒落なクラブ系のバーの取材に来ていた。
店内を撮影し、そしてその店の経営者に、インタビュー形式での取材を始めた。まだ開店前で数人の従業員しかいない。
溝口と名乗るその男は30そこそこの、長身のいかにも夜の仕事をしていますといった感じの格好ではあったが、
とても洗練された、美形な顔立ちの男だった。
さっきからさつきを新しい獲物を見つけたハンターの様な眼で、じっと見ている。
「それであなたはここのバーを利用する客層としては、どういった年代をターゲットとして考えているんですか?」
さつきが、テーブルの一つに向き合う形で腰掛け、その男に質問を始めた。
さつきの質問も、ジーッと彼女を見つめたまんま、彼女から少しも視線を外さないで薄ら笑いを浮かべながら、その男は聞いている。
「あの・・・」
さつきが質問の答えが返ってこない事に困った顔をしながら言っている。
いけすかねえヤローだな・・・
柊はその男を苦々しい気持ちでファインダーを通して見ていた。
大人の魅力を全面にかもし出して、すんげーロコツに彼女を誘ってやがる・・・
「あなたの様な、美しくて、とても魅力的な、大人の女性ですよ。」
その男はフェロモン全開で彼女の前に見を乗り出し、頬づえを着いてニッコリと笑った。
「それじゃあ答えになってない様な気がしますが・・・」
さつきは動じない様子でニッコリと微笑みを返している。
「いやーそんな事無いですよ。ここが、あなたの様に美しい人でいっぱいになったら、最高ですから。まあ、あなたの様なきれいな人は、そうそういるとは思えませんけどね。」
「はぁ・・・それはどうも。お世辞として、受け取っておきますわ。」
彼女はわざと笑顔を作って言っている。
「お世辞なんかじゃないですよ。お世辞は言わない主義なんで。今度一度、仕事抜きでゆっくり話でもしませんか?」
ひょうひょうとした態度で男は続ける。
でも、眼はマジだな・・・柊は思った。
「それでは次の質問に行かせて頂きますね。」
彼女が無視して仕事を続ける。
「ぜひとも一度・・・」
男が食い下がっている。
さすがにしつこいな・・・柊はいい加減、腹が立ってきた。
さつきは意味の無い作り笑いを浮かべている。
こんなヤロービシッと言ってやりゃぁいーのに。
こっちは仕事で来てんだ。
ったく何考えてんだよ・・・
柊は、わざと大きく咳払いをした。男が一瞬こっちを見て、フッと鼻で笑って再び彼女をうっとりとした眼で見つめている。
柊はさつきに目をやった。さつきは動じることなく、落ち着いている。
この手の事は慣れたもんだと言わんばかりだ。
モテるんだろーな、この人・・・真に受けるどころか、相手にもしてない。
柊はそんな彼女の姿を見て、かたくななんだと思わずにいられない。
こんな事がちょくちょくあったって、それにグラつく事無く一途に死んじまっただんなの事だけを愛し続けてるんだ・・・
その事実を目の当たりにして、少し切なくなった。
しかしムカつくのはこの男・・・さつきさんの手でも握りそうな勢いだぜ・・
ったく青っ白い顔しあがって・・・もう少し太陽にでも当たれってんだ・・・
オメーみてーないけすかねえヤローはその手のチャラチャラした女でも口説いてろってんだ・・・まじめなこの人にちょっかい出すなってーの!この、フェロモンもやしめ!!
「すいません、写真撮れないんでちょっと引っ込んでもらえますか?」
柊はムッとしながら言った。
「それは申し訳なかったね。さあ、どっからでも撮ってくれ。」
溝口という男は、柊をチラリと見てバカにしたように再び鼻で笑った後、大人の、独特のスマートな身のこなしでスッと引いた。
柊はその態度にムカッ腹がたったが、感情むき出しで言ってしまった自分が、ヤケに子供じみているようにも思えた。
「それではさっさと取材してしまいましょうね。」
彼女は左手を口元に添えて頬づえをつきながら、さとす様な、なだめる様な笑顔で溝口に言った。
溝口は、そんな彼女を見てため息を一つはいて、その後は素直にインタビューに応じ始めた。
柊は写真を撮りながら思った。
さつきさんは何でこんなイケスカねーヤローにもムッとする事無く、ニコニコと対応してんだろう・・・確実に迷惑だと思ってるくせに・・・
相手がイヤだとあからさまに顔と態度に出してしまう柊は、そんなさつきが少し理解できなかった。
ハッキリ言ってやれってーの・・・
取材が終わった後、柊はさつきに聞いた。
「さつきさん、何でハッキリ言ってやんないんすか?」
「何が?」
「何がってアイツ、ロコツに口説いてたじゃないっすか。」
「何言ってんの、あんなの社交辞令でしょ。」
彼女が気さくに笑う。
「そーかなぁ・・・」絶対違うと思うけど・・・
「それに、取材するのに相手怒らせる訳にはいかないでしょ。」
彼女の言葉に、柊は納得せざるを得ない。
「そんなモンすかね・・・」
「そんなモンよ・・・」
彼女は大人な笑みを浮かべた。柊は、自分1人がヤケに子供じみてる気になってしまう。
んなこといったって、たかだか4コしか、年チガワネーじゃん・・・そんなに違いはねーはずだ・・・でも、確かにそーだよな・・・
仕事相手とケンカしたってしょーがねーもんな・・・
サラリとかわす・・・それが大人ってモンか・・・
柊はさつきを通して、自分の感情を押し殺してまでも相手に合わせなければならない時があるという事を、改めて、教えられた。